癒したぁ、なんだや

 11, 2017 00:10
わが家の春ブク用jpg
       小川村のわが家


高齢化、過疎化の進んだ村で、
田舎暮らしをしていたときのエピソードです。



天文台や宿泊施設、スポーツセンターなど、
村には、かつての村興し事業で建設された数々の箱物がありました。
その赤字運営で莫大な借金を背負ってしまった村が、
癒しの里づくり」という地域活性化のための新たな構想を打ち立てました。

村人から募集されたアイディアは次のようなものでした。
●北アルプスの眺望を目玉としたロマントピア街道構想。
●景観整備と花の名所構想。
●ホタルの里づくり

ところがいざ実行となると、原材料費を除く労力の一切が、
村人の永続的な勤労奉仕に依存されようとしていました。
なんのことはない。
予算の乏しい村政にすれば、苦肉の策だったのでしょう。
住民の声を反映する企画だと強調すれば、
労働力は提供してもらえると、たかをくくっていたのかもしれません。


「癒したぁ、なんだや?」 

懇談会の最中、一人の爺さまが勇気をふり絞るように質問しました。
(´ー`*)ウンウン…もっともな質問だと、誰もが感じたようで、
答えを待つ人々の視線が、司会者に注がれました。

「えぇ~、安心するというか、満足するというか……」

役場職員が慎重に言葉を選びながら答えました。

「誰のためにするだぁ。観光客のためだか?」 

すかさず、爺さまが聞き返しました。

「いや、観光客のためだけじゃなく、私たちも癒されるため……」

一瞬、座がしらけ、村人たちの様々な反応が飛び交いました。


懇談会は混迷を極めました。

「おらぁ足も腰も痛てぇ。
それでも畑やらねぇと飯の食い上げだ。
まずは、おらぁを癒してもらいてぇ」

爺さまの本音に、大爆笑が沸き起こりました。

ボランティア精神といえば聞こえはいいですよね。
ですが、出来栄えを問われることのない作業には、
美的センスや、一貫した継続性は望めません。
陰口を恐れ、高齢者のほとんどが足腰の痛みを堪えて、
地区の草刈や清掃に参加しているのが現実なんです。
居住域の環境整備。それも何年も継続する勤労奉仕となると、
中途半端な挫折や、責任転嫁の風評が立つことは目に見えていました。

「全面的な勤労奉仕じゃなくて、
人材センターなどで支払われる時間給の5割や3割の報酬。
または村内店舗の割引買い物券などを発行して、
楽しみという付加価値をつけたらどうでしょう?」 

私が提案してみました。
聴衆は頷き、役場職員はポーカーフェイスを装いました。

結論として、実行されたのは『花の名所』づくりのみ。
もちろん名所というレベルではなく、畳一畳ほどの花壇で、
半年もすると雑草に覆われて見る影もなくなりました。

神戸や、東北大震災以来、流行語のようになった『癒し』という言葉を、
これほど不適格に、無様にスローガン化した役場職員の意識……。
現金収入のない村人の暮らしぶりをイメージすることなく、
労働だけを強いる、職員の意識こそが問題だったわけです。


かつて長野県知事だった田中氏は、 → 異色の知事
経費のかかる知事公社を処分すると決めました。
それを小川村がもらい受け、長野市内から村に移設しました。
その昔、長野県知事の1人が村出身者だったという理由だけで、です。
それまでに国の補助金で多くの箱モノを造り、
その全てが経費倒れしている矢先の、知事公舎移設でした。
移設費用は元より、その維持管理費に莫大な金をかけて借金を増やし、
地域活性化の労力は、100%ボランティアで、って?……(。・?_?・。)ムゥ

このときの、オバちゃんの心境…。
この村の役場職員って、なんでこうもボンクラ揃いなんや!
(○`ε´○)! 脳も心も錆びついてんのんか!
泰阜村にでも行って、学んで来んかい!
っと、まぁ、松竹喜劇風に憤っていたのでした。

★泰阜村は、同じ長野県下の過疎の村。
 早くから地域包括医療を実施。
 山村・都市交流プロジェクトを立ち上げ移住者を手厚く保護。
 その経営戦略は近隣の手本になっていました。


その昔、マズローという学者が、
人間の欲求5段階説を発表しました。
生存できるか否かに始まり、衣食住が満たされると、
社会的な地位や名誉に至り、後に慈善を行いたくなる、というものです。

確かに世界情勢の多くは、
『マズローの欲求5段階説』を証明しています。

例えばIS国。
いまでこそ世界中の若者が参加していますが、
初期の戦闘員の多くは、金銭的な待遇の良さが理由だったようです。
イスラム諸国では失業率も高く、
若者たちの雇用が確保されていません。
高校や大学卒の優秀な若者が就職できないと、
社会や政府への反感や怒りに変わります。
で……”ジハード(聖戦)”という都合の良い理由を見出し、
大義と共に、好待遇の義勇兵(聖職者が推奨)という仕事に、
のめり込んでいくのですねぇ。
衣食住が足りていれば、過激な輩は少数派だったかも……。

ふと思います。
日本は、平和です。
ワンちゃん猫ちゃん飼って、動画見て、
『癒されるぅ…(*´~`*)。o○ 』ってな暮らしですよね。
飢えるどころか、ダイエット意識満々ですよねぇ。
物心ともに老後に不安があったとしても、さほど深刻ではありません。
その証拠に、政界やスターのスキャンダルとか見聞きしたら、
ついネット検索して結末を見るでしよう?

誰のこと(・_・?)……って?
決まってるでしょう。 わ・た・し・です。(。・?_?・。)ムゥ…

ですが、その反動として必ず……。
『まずは、おらぁを癒してもらいてぇ』と言った爺さまの顔を、
イスラム国の聖戦に加わる若者たちを、
落ち着く先の見えないシリア難民を、
化学兵器で殺されたシリアの子供たちを、
命からがら脱北する北朝鮮の人々を想って、
一挙に落ち込むのです。(´-﹏-`;)


さ~て……ここからが本日の核となる話です。


昨今、何かというと『癒し系○○○』とか、
癒しの宿や、癒しの里とか宣伝されますが、
皆さん、それらに違和感、覚えません?

ってか……『癒し』って、なんでしょう。
どんな状態か、ご存知でしょうか?

ワンちゃん猫ちゃんと戯れたり、自然に触れ、
音楽などを鑑賞して得られるハッピィ感は、癒しというより、
安らぎや、 くつろぎを表すリラクゼーションじゃないでしょうかね。
癒しとは本来、病気が治る(癒える)ですし‥‥。

ですが人々は、『癒し』というニュアンスに熱狂します。
なぜでしょうね。

思うに……。
心の奥深く、
根深い不満があることに気づいていながら、
自らの内面に向かい合うことを拒み、
無意識に代償性の安らぎを求め、
癒されている“つもり”に浸っていたい?

そんなふうに思いません?
「自分は、こうしたい」と明確に判っていても、
欲求不満を解消したいと思っていても、
それを実行するためのエネルギーや、
環境変化(物心ともに)に伴う「恐怖」が、
結論を先延ばしにしているみたいな……。


!(・。・) おっと……偉そうに! ですよね。
そういう私も、若い頃はさんざん気を紛らわせました。
迷うばかりで決断、実行できなくて、
ヨガや、プール、登山など、どんなにのめり込んだことか……。(o´_`o)ハァ・・・

で、癒されたかというと、ぜ~んぜん!
つかの間の安らぎを得たに過ぎませんでした。(^_^ ;)
もっとも、端から『癒し』なんて大層なこと、求めていませんでした。
単なる気分転換、気晴らし、安らぎです。


では、本来の癒しとは何か……。
どんな状態になると、人は心底、癒されるのでしょう?

それはズバリ安心でしょうね。

とりたてては求めなくなる。
あるがままで幸せ。
自分への絶対的な信頼。

それが、安心……。
心が安らかな状態だと思います。

そこで、本来の癒し(安心)を得るための方法です。

自らの心や感情に正面から向かい合い、
見て見ぬふりしている「恐怖」の正体を掴み、 
その呪縛から解放されることでしょうね。
言いかえると、その決断と行動が起こるまで葛藤は続き、
決して癒されることはないと思います。


ですが、こんなふうに突き詰めると、たいていの人が、
『いいの、いいの、諦めてるし…』
と言います。

これ、諦めているのではなく、
代償性のメリットを優先させてるんですよねぇ。
(保証された収入、体裁、都合の良さ、etc。)

もちろん、それもいいと思います。
ただ、それを優先しているのは自分をだと、判ることが大切です。
自覚があれば、
相手ばかりを責めなくなります。
自覚があれば、
自分の本当の望みが見えてきます。
なにがなんでも、と、叶うものなら、の、
情熱の差が鮮明になります。
で、執着の強い方が、あなたにとっての癒し(安心)だと、
心底、解るわけです。(決して諦めているのではない)( ˘ ³˘)



今日の記事は、『鍼灸オバちゃんの田舎暮らし18話』の中から
編集し直したものです。



人生の戦いはすべて、僕たちに何かを教えてくれる。
敗北でさえもそうなのだ。
人生の意味とは、自分がやりたいと思うことをすること。
今、沢山の人々が、生きるのをやめています。
この人たちは怒りもせず、泣きもせずに、
ただ、時間がすぎるのを待っているだけです。
         パウロ・コエーリョ



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COMMENT 15

風子  2017, 04. 13 [Thu] 19:09

Re: ウナさんコメントありがとうございます♪

>『老ける脳と老けない脳』・『がんで余命ゼロ』といわれた私の『死なない食事』
 『安全な食品の見分け方』……。

(((ʘ ʘ;))) すごぉ!

> 上記三冊に共通することが
> あれを食うな、これを喰え、これが真贋だ・・・です

あはは、よくご存じで!
その系列の本、10冊読んだら10冊とも、主義主張はバ~ラ、バラだと思います。
その昔、世界の三大栄養学博士の本読んで、
三人の見解が合致している部分のみを信じたものです。

>番茶でシッコじゃ~じゃ~
> 五分搗き米と糠味噌漬けでお腹いい調子
> 深呼吸でお目めぱっちゅり

理想的じゃありませんかぁ。
まっ、あと海藻類くらいでしょうね。

> 風子さんに措かれましては
> 具体的な『食養』も書かれては如何ですか?

いいゃぁ、今は、なんのこだわりもないんです。
というのも‥‥。
栄養学辞典って、1000人の栄養学博士動員して10年くらいかかります。
ってことは、私たちが読んで得た知識は10年前のもの。
一方で、栄養学は10年スパンで、振り子運動やってます。
それこそ北極と南極くらい違うことを平気でいうわけです。
植物性マーガリン推奨 → バター推奨 → 三大不飽和脂肪酸 → オメガ3系統
→ オメガ3とオメガ6の比率こそ重要。
ほんま、(●`∧´)ええ加減にせぇよ!って世界です。  

このぶれ方、脂に限りません。なんでも…です。
未だ、山菜なんかの栄養素は解明されてません。
そこまで手が回らないというわけです。
一方で、自然界の植物も内容成分が刻々と変化。
それまで食されていたものが、ある時から毒を含むようになったり、もあります。

そんなわけで、博士たちが編集した栄養学、最近は信じなくなりました。
地場ものというか、身近に、大量に採れるものが体にはいいと思います。

> まだまだ、おいらは未熟でしゅ

おいらも仲間でしゅ。
医学も、ですが、栄養学も、まだまだ解らないことだらけ。
どっちも10年スパンで、右往左往なんですよねぇ。
振り回されるだけ、あほくさ~い!
ってか、意識のの在り様方が、よっぽど大事じゃなかと? ((´∀`*))あはは。

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はしびろこう・ウナ  2017, 04. 13 [Thu] 17:53

腹八分目、脳まだ半分・・あはは

お早うございます
(13日18時です)
手元に数冊の本が一部雑誌も

・『老ける脳と老けない脳』
八四歳のお方が書かれた本です

・『がんで余命ゼロ』といわれた私の
『死なない食事』

です
未だ読んではおりません
なにやらのい間違いを見つけることが怖くて・・・でしゅ

あと
・『安全な食品の見分け方』と云う、
雑誌もあります


上記三冊に共通することが
あれを食うな、これを喰え、これが真贋だ・・・です



入った毒を如何に消去するとは
誰も言いません


知らないからでしょ?


チクロ、サッカリン、はたまた『紅茶きのこ』
これ等で育ったおいらたちは強い
ばい菌は敵ではない!・・・食い殺す!でしゅ・・あはは

(おいらの梅婆ちゃんは、紅茶きのこ?)
(あんなの飲むならナメクジをしゃぶったほうがましさ!・・だとか)


おいら
これだけは家康


番茶でシッコじゃ~じゃ~
五分搗き米と糠味噌漬けでお腹いい調子
深呼吸でお目めぱっちゅり
あはは


風子さんに措かれましては
具体的な『食養』も書かれては如何ですか?

まだまだ
おいらは未熟でしゅ
お導きの程を・・・・・
あはは。



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風子  2017, 04. 13 [Thu] 14:57

Re: 🔓コメさんへ

そうでしたかぁ‥‥。
けっこうインパクト強いので、ま、まさかとは思ってましたが((´∀`*))
『私は何者』……脳がらみでしょうが、楽しみですね。

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風子  2017, 04. 13 [Thu] 05:17

Re:ひまわりさん、おはようございます。


(´ー`*)ウンウン おっしゃる通り、愛するを越して執着(依存)すると、ろくなことはありませんね。
子供が巣立って結婚でもしたら『ああもした、こうもしたのに……のに…』と嘆く母なんて、
その典型ですよね。
男女の仲もしかり。尽くしたことが執着(依存)になって愛憎なんてことに。

<(世間にはびこる「癒し」は単に商品を売るだけが目的。ペット然り。)

これは、本当にそのままですね。癒しは『商品化』されてます。
深層心理をうまく利用したビジネスの多いこと。
ペットに限らず、セミナー、セッション、マントラ売るスピビジネスって、この典型ですよねぇ。

>本当の心の安らぎは自らの内との対話なくしては得られません。
> 上っ面だけを繕っても何も解決はしないのと同じですね。そういうご時世ですが、、、。

ひまわりさんの暮らしぶりは、まさに心身共に『エコ暮らし』だと観ています。
言葉や文章で理想を並べる人は多いですが、人にも物にも執着せず、
それを実践しているひまわりさん……尊敬してますよ。(*^▽^*)


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ひまわり  2017, 04. 12 [Wed] 18:52

こんばんは

他者からの「癒し」は、それに依存してしまう体質をはらんでいると思います。(小さな子供やペットなんかはその典型です。)

なぜなら、それらによって得られる「癒し」は本当の癒しではないからです。

「癒し」を欲する私には何かの原因や欲求があるわけで、それを解決せずに本当の「癒し」は得られないでしょう。(世間にはびこる「癒し」は単に商品を売るだけが目的。ペット然り。)

風子さんがおっしゃるように本当の心の安らぎは自らの内との対話なくしては得られません。

上っ面だけを繕っても何も解決はしないのと同じですね。そういうご時世ですが、、、。

Edit | Reply | 

風子  2017, 04. 12 [Wed] 05:35

Re: ウナさんおはようございます!

> 『癒し』とはあくまでも状態を言うものである
> 主も無ければ従もない

(((ʘ ʘ;)))ほぉ!……哲学的で、恐れ入りやしたぁ。
『癒し、というから間違える・『癒す』とすることが正しい』
!(・。・)確かに。
さすがウナ海神!
酔ってても、的は外さぬ千里眼……なぁ~んちゃって。 あはは。

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風子  2017, 04. 12 [Wed] 05:26

Re: デコさんへ

( ̄~ ̄;) ウーン……間違いとかではないんだけど、
『癒し』って、じっくりと時間をかけて、
心身ともに根本治療に至る……みたいなニュアンス。
だと、思います。(^_^ ;)

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デコ  2017, 04. 12 [Wed] 04:58

そうかぁ
。。本来傷が癒えるとか言いますもんね

間違った使い方をしていたのかもしれないっ

傷を癒すために
他の行為で癒されにいく

そのような行動をとる
。。これは間違いなんだろうか??

難しいなぁ( ;∀;)

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はしびろこう・ウナ  2017, 04. 11 [Tue] 20:38

癒しというから間違える

『癒す』とすることが正しい

相手を思い遣り怪我から回復してほしいとか
涙を拭いてほしい、とか
苦しみから救い出そうとか
それらの全てをあらわせらえれば、ッ!舌噛んだ!
癒すには自分と相手がいる
『癒し』とはあくまでも状態を言うものである
主も無ければ従もない
ここは何処?私は誰?状態です
聊か酔ったおいらがの勇み足でした
コメントは明日の朝、改めます

ただ
なにか一言言いたかっただけです
あはは。

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風子  2017, 04. 11 [Tue] 19:03

Re: バーソさん、こんばんわ♪

> いったい何部屋あるのか分からないほど大きい家ですね。

1F……10畳×2、15畳×2、25畳×1 2Fは天井の高い、昔の蚕部屋です。
広すぎて暖房効率最低。途中、工事して部屋を仕切りましたぁ。

> 私もあまり使いたくない言葉です。でもちょっと心配になり、
> 過去記事を検索してみたら、なんと7つの記事に入ってました。(笑)

((´∀`*))ヶラヶラ……流行語のような言葉の数々、時代ですよねぇ。

> やはり泣く子と地頭とトランプには勝てない場合や、
> 他者の気持ちを優先する人のほうが妥協するという場合もありそうです。

(*′☉.̫☉)う、うまい!……なにも言えない。(*´ェ`*)

バーソページのコメント返し読んで、いつも感じてます。
バーソさんは他者に対する気遣いが半端じゃない。
きっちりと自らの考えを主張しながら、必ず、
コメンターの期待以上の『答え、反応』を示す人ですよねぇ。
そこにも“他者の気持ちを優先する”バーソさんの思いやりが溢れ、
毎回、感心していますよ。(驚嘆レベル)

だからこそ、最終的に妥協もできる。
バーソさんは、ご自分で思っている以上に霊的進化してますよ。
アミの度数計700?……٩(ˊᗜˋ*)وイエーイ

> 私は気晴らしなどしないほうですが、それも実行力がないせいですかね。(笑)

本日の記事……。
≪とりたてては求めなくなる。あるがままで幸せ。自分への絶対的な信頼。≫
この通りの人だからですよ。
謙遜意識、旺盛な人生だったようですから、
たぶん、ご自分では意識していないでしょうが……。
世辞でもなんでもない。本当のことですよ。(*^▽^*)

Edit | Reply | 

☆バーソ☆  2017, 04. 11 [Tue] 18:27

こんばんは~

いったい何部屋あるのか分からないほど大きい家ですね。
花はもちろんですが、屋根も白壁もきれいです。
中ほどに白いチューリップもありますが、花の趣味は日本調のようですね。

いやし、ゆとり、やすらぎ、くつろぎ、いたわり、気配り・・・
本来はいい言葉ですが、安易に使われ過ぎて安っぽくなっていて、
私もあまり使いたくない言葉です。でもちょっと心配になり、
過去記事を検索してみたら、なんと7つの記事に入ってました。(笑)

根深い不満があっても、それに浸っているのは、
問題を解消したいエネルギーがないせいと変化への恐怖もあるせいという話。
確かに、意欲と実行力の不足があり、執着心が弱い場合や、
代償性のメリットを優先させている場合もありそうです。
そしてその他に、やはり泣く子と地頭とトランプには勝てない場合や、
他者の気持ちを優先する人のほうが妥協するという場合もありそうです。

一般的にはそういう場合は、代償となる気晴らしでごまかすのでしょうが、
それをしない人が心の底に鬱が溜まり《癒し》を求めるのでしょうか。
私は気晴らしなどしないほうですが、それも実行力がないせいですかね。(笑)

Edit | Reply | 

風子  2017, 04. 11 [Tue] 15:39

Re: デコさんコメントありがとうございます

あのぉ……『癒し』という言葉は、元来、病気が治る、傷が癒えるとか、の意味だから、
甚だしい痛み、壮絶というか、深刻な状態からの回復という意味があって……(^_^ ;)
あまりにも乱用され、軽く使われ、キャッチフレーズ化されると、
本来の『癒し』の意味が失われると思うので~す。

例えばPTSD(心的外傷後ストレス障害)などが『癒される』なら、正しい使い方だと思いますし、
生死に関わる怪我、病気、重篤な精神疾患なども、回復=癒える、みたいな……(^_^ ;)

(´ー`*)ウンウン いいんですよ。その言葉が好きなら、どんな場合に使っても。

ただ、本来の『癒し』は、もっと深いもの、深い状態において表現されます。
でないと、潜在意識の奥に潜む『自我の欲求不満、憎しみ、後悔など』に対する
臨床心理的言葉の意味が失われます。
今日の記事は、そんな意味合い(自分と深く向かい合う)で書いたものだから‥‥ネ((´∀`*))

もっとも、雑誌やTV、宣伝媒体で頻繁に使われ過ぎて、
消費者も、そのキャッチフレーズに慣れ親しんで、
本来の意味なんて考える人は少ないと思いますが……。(^_^ ;)

Edit | Reply | 

デコ  2017, 04. 11 [Tue] 13:29

何かに癒されるのもありだと思うの
飼いネコや犬

愛おしいと思う事
顔が綻ぶ瞬間

テレビを見ていてもそう感じる瞬間

自分を癒すと言う意味では
自らの心がリラックス出来る瞬間が癒しなのかな^^

それは人それぞれ違うだろうけど
心地良いと思える瞬間がその癒しでしょうかね^^

Edit | Reply | 

風子  2017, 04. 11 [Tue] 12:52

Re: エリアンーさんコメントありがとうございます

> 「小川村のわが家」豪邸ですが傾いて見えるのは坂道のせいですね。

いえいえ、築120年ですから、傾いてるんで~す((´∀`*))ヶラヶラ
地震鑑定士に調査依頼したら、なんて言ったと思います。
『釘を一本も使ってないですから、僕、正直、解りませ~ん…』ですって(。・?_?・。)ムゥ…

> 前の花畑がきれい。
アウトドアー大好き人間(連れ合い)の努力の後です。
村の『花の名所構想』より美しかったりして……。

>他から癒されるのではなく、自分をみつめ、
問題を認識し、自ら行動を起こすことが大事です。

今、鬱病とか異常に多いですよね。
病名がつき、なぜか安心して、引きこもり生活に慣れ親しんでしまう。
心が繊細で個性的だとは思えず、病気に逃げ込む若者も多いです。
何年経っても、自分と向かい合おうとはしません。
ふつう、鬱って、はしかのようなもの。
2~3年で終息する一過性の病気のはずが、今は10年~20年選手、多いですねぇ。
で……こんなスタイルの記事を……。

> コエーリョの言葉、「アルケミスト」かなと、検索したら「第五の山」
> だったんですね、いい言葉です。

さすがエリアンダーさん、教養に満ちて……。
アルケミストは読みましたが「第五の山」は未読なんですぅ。<(_ _)>

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エリアンダー  2017, 04. 11 [Tue] 12:12

「小川村のわが家」豪邸ですが傾いて見えるのは坂道のせいですね。
前の花畑がきれい。
確かに「癒し」とか「出会い」とか安易に使われ過ぎて空疎な言葉に
なりつつありますね。
「空疎な言葉!」急に心配になり、自分の過去の全記事から「癒し」を
検索してみました。
ありました、一個ありました!「癒し」が一個、「イワシ」が二個ありました。(笑)
風子さんの言われる通り、他から癒されるのではなく、自分をみつめ、
問題を認識し、自ら行動を起こすことが大事です。
コエーリョの言葉、「アルケミスト」かなと、検索したら「第五の山」
だったんですね、いい言葉です。

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