空白の時間・私はどこに?

 11, 2015 06:35
            リス来る
                 セカンドハウスへようこそ!


日常の何気ない瞬間に“自分が消えた”こと、ないですか?
気絶とか、意識障害ではなく、1~2時間ていど、
どうしても思い出せない“空白の時間”があるという話なのですが……。

そのときのオバちゃんは、豪雨とどろく阪奈道路を走行していました。
息子の親権争いで、元夫の暮らす奈良まで車を飛ばしたのですが、
話し合いは決裂……絶望感を抱えて、そこを出ました。

阪奈道路にさしかかる頃には落雷、突風に続き、豪雨に見舞われました。
阪奈道路は、生駒山を超えて大阪と奈良を結ぶカーブの多い坂道で、
晴天でも要注意の道です。

ワイパーを最大にしても、涙と豪雨で視界が利きません。
それでも全くスピードを落とそうとしない自分がいて、
同時に、そんな自分が恐ろしくてたまりませんでした。

ああ、このまま死ぬのもいいかも……。
そんな思いも浮上しましたが、理性のかけらが生きていました。

『ダメ……運転できない……私を連れて帰って……』
瞬間、何者かに祈りました。


我に帰ったのは、大阪の自宅マンションの駐車場でした。
時計を見ると、奈良を出て2時間ほど経っていました。

どうやって帰ったのだろう?
阪奈道路を下りて門真のマンションに戻るルートは2本。
どっちの道を走ったのだろう?
完全に、記憶が途切れていました。

ただ素直に、光りに感謝して目を閉じました。
すると眉間に振動が起り、そこがスクリーンに変わりました。
息子を交えた奈良での修羅場が映画のように再現され、
感情が安らいでいくのを感じました。
このスクリーンの映像は子供のころからの現象で、
信頼と畏敬の源だったからです。

その映像を見ながら、ふと思いました。
(・_・)……ン?この世界は映画? 幻想なんですか?
身に起きた波乱万丈を、『幻想』と知った上で生きろと?
(-。-;)……へぇ、そうなんだぁ。


その後も、“自分が消えた”体験は3回あります。

仕事で出雲市に出張した帰りに、同行していた専務の体調が悪くなり、
高速道路で交代して10年ぶりにハンドルを握ったときのことです。
経験者の強みで、次のように『お呪い』を唱えました。
『光、高次の私、守護霊ちゃん、みんな、よろしくね!』


で、我に返ったときは、吹田インターの料金所でした。
『あんた、10年ぶりのわりに鼻歌なんか歌って、ご機嫌さんで運転してたやんか。
おかげでよう寝かせてもらったわ』

σ(◎◎;)…鼻歌?…私が?……と、
私自身が感心したことは言うまでもありません。


数年後、同僚から意味深な相談を受けました。

『あのさあ、変な相談なんやけど……。
私、たまに記憶が無くなんねん。
例えば……笑わんといてや!
この前、スピード違反でポリちゃんに追われてさぁ。
逃げまくってんけど、気がついたら家にいて……。
けど、そんな状態って何回もあって……。私、変?』

『いや、全然。私もたまにあんねん。
けどパトカーに追われて……は、ないな。
話せば長すぎるし…まっ、あるある、そんなこと。』

『良かった! 前から風ちゃんて、そんな人じゃないかなぁって思ってて…
で、その間、私たちはどこ行ってんの?』

『さぁ? パラレルワードかも……(((o(^。^”)o)))』


故郷の桜島に戻ったこの同僚とは、今も交流があります。
白人の血が混じったアイヌ民族のような顔立ちの、
それはそれはユニークな価値観の持ち主です。


なんでもかんでもはダメですよ。
ここ一番ってときに、すでに叶っているように、
『ありがとう!』と、先に言います。
すると、宇宙のバックアップ機構が始動!
信じれば、時空が変わります。



エッセイ・随筆ランキングへ

関連記事

COMMENT 0

WHAT'S NEW?