エピソード/恋心

 29, 2017 15:15
タイ
     ビルマとの国境にて/20歳


♪恋というものは不思議~なも~の~なんだぁ~
逢っ ているときは~ なんともないが~
さよならすると~ 涙がこぼれちゃう♪

布施明のヒット曲『恋』……。
恋心を的確に表現していて、憎らしいほど。
懐かしくもあり、切ない記憶ですよねぇ。

But……\(?。?")。
今にして思えば、恋はやっぱ、病かも?と思います。
恋心というものは、『知らぬが仏』状態で、
互いが、勝手に思い描く理想象に恋しているのかも、と。(^_^ ;)

46年前、オバちゃんも人並みに恋をしたのですが、
『異文化の壁』を前にして、白昼夢から覚めました。
その、オバカなエピソードを公開しましょう! 

今日の話は長いです。(お忙しい方はスルーください)
著名でもない、ふつうのオバちゃんの恋物語なんて退屈ですよ。
ただ、これを読むことで皆さん自身の青春を思い出し、
人として成熟した今の自分を、褒めてあげられたら幸いです。



20歳の私は、かつてのシャム王国(タイ)に向かいました。
目的は、国際結婚の下見旅行でした。
過去記事『悩むな!考えろ!』に書いた経緯を経て、
21日間の長期休暇をもらって旅立ったのでした。

恋人の名前はタノン・ブンジョス。
軍人の父を持つ長男で、30歳のエンジニアでした。
出会いは、家族で行った大阪万博のタイパビリオン内。
近畿大学工学部に留学中の彼が、
自国のパビリオンで通訳のバイトをしていたことに始まります。

当時、私は名古屋在住の勤労学生で、2年間は文通だけの付き合い。
その後、実家のある大阪で就職してデートを重ね、
互いが結婚を意識するようになっていきました。

国籍を取得して日本で就職するか否か、
タノンはかなり悩みましたが、私は帰国を勧めました。
当時の日本では、まだまだ黒人やアジア系の人々に対する偏見が強く、
彼にとっての就職は、自国の方が有利だろうと思ったわけです。

もっとも、私は、すぐに結婚したいとは思っていませんでした。
POPライター業は楽しく、専門職としての未来に希望を持っていましたし、
数年先なら結婚してもいいけど……くらいの温度差はありました。

ただ、相手の立場(30歳、長男)や、心境は理解していました。
留学過程が終了しているのに、好きな人がいるとかで、
一向に帰国しようとしない長男坊に、両親がやきもきしていたのです。

ある日、タノンが真剣な眼差しで言いました。

『結婚の予行練習してみない?
まずはタイを知って欲しい。
できれば僕と一緒に行って欲しいけど、
現地を見て、風子がそこで暮すと決心できれば、
僕、数年くらいなら待てるから……』
自分の気持ちと両親の間で葛藤していたタノンは、
私の気持ちの本気度チェックしたかったのです。

『うん、判った……。帰国に合わせて一緒には無理。
お金も貯めないと行けないし、長期休暇も簡単ではないからね。
けど、必ず行く……約束するわ。』
この会話から1年後、上司の配慮で実現した旅行だったわけです。



タノンの実家は、
バンコクの北方400㎞ほどのペチャブリー市にありました。

100坪ほどの敷地に木造二階建ての家屋と、小さな菜園。
日本の田舎によくある平均的な一軒家でしたが、
軍から派遣された2名の番兵が駐屯するという、
小屋の粗末さが妙に可笑しかったことを覚えています。

実家に到着した夜、親戚や友人、知人が集まって、
盛大な歓迎会が始まりました。
好奇に満ちた大勢の目に晒され、
婆さま方には手相や足相まで鑑定され、
なんとか『合格』が言い渡されました。

すると翌日から義母は早速、私を市場に同伴させたり、
日本ではありえない米の炊きかたや、
男女別に位置が決まっている洗濯物の干し方などを説明。
いくらなんでも早すぎない?
下見だ、っちゅうに、……とか思いながらも、
好奇心が勝って義母の後をついて回りました。

冷蔵庫以外の家電はなく、米は薪で、洗濯は洗濯板で、
食器と洗濯物の洗剤は、同じものを使用するようでした。
タイは常夏の国……日に何度も水浴びをするということで、
風呂は、ドラム缶に張った水を浴び、同じ場所にあるトイレは、
そのドラム缶の水を汲んで、手動で流すという具合でした。

その生活スタイルはどうってこともなかったのですが、
最大の壁は、激辛で香辛料ムンムンのタイ料理でした。

このタイ料理……バンコク滞在の数日は何とか持ち応えていました。
望めばホテルで洋食を摂り、喫茶店で涼をとることも可能でしたから。
しかし、実家にきてからというもの、地方色の濃いタイ料理が続きました。
それらは観光客に配慮したバンコク市内のものとは違い、
耐えがたいほどのニンニクと香草、激辛の香辛料が混入していました。

口元に運ぶだけで、反射的に吐き気をもよおすのですが、
母親やタノンの胸中を思えば、食べないわけにはいきません。
吐き気を堪えて無理やり飲み込むうちに、胃の方がストライキ。
日増しに食欲をなくしてから七日目の朝、
ひどい目眩に襲われ倒れてしまったのです。

実は私、持病を持っていました。
刺激の強い食事を摂ると、まずは胃がやられ、
しだいに膀胱炎症状に見舞われます。
それが夏場なら最悪で、大量の発汗によって体液の塩分濃度が上がり、
尿に血が混じって微熱が出る……腎盂腎炎の再発です。
放置すると炎症が腎臓まで広がり、
最悪の場合は人工透析の必要に迫られることから、
医師からは安静と水分補給を促されていたのです。


義母が、煎じた薬草を持ってきて枕元に置きました。
藁にもすがる思いで一気に飲み干すと、不思議なことが起きました。
腹部全体がクワ~と熱くなり、すぐに深い眠りに堕ちたようです。
目覚めると、なんと爽やかなこと。
胃の不快感は消え、元気が戻っていました。
そのときの薬草効果は、魔法に思えたほどです。


その日以来、
タノンは私を連れて観光地巡りをするようになりました。
実家での緊張や食事から開放しようという配慮でしたが、
タイ料理そのものが恐怖になった私は、
現地では豚の餌らしいのですが、
路上販売のスイカばかりで、空腹を満たしていました。


そんなとき、たまたまタイの要人から、アメリカとタイ空軍による
アクロバッ飛行トショーに誘われ、貴賓席で観覧することに。

というのも、大阪万博の折に……。
タイのVIP一行が京都、奈良観光をしたいということで、
タノンが通訳、私が神社仏閣の説明に同伴した縁でした。
(タノンは、漢字の多い建造物の歴史や説明が読めない)

ベンツ二台、貸し切りで二日連続。
夜は北新地で豪遊……未体験、別次元の世界でした。
その時のメンバーってのが……。
妻同伴の大臣、都知事、警視総監、タイパビリオン館長と、
その妻(元ミスユニバース)という顔ぶれで、
風子がタイに来てるなら会いたい、みたいな話になったわけです。

ココで注訳
いきなりですが、タイ美人の基準に触れます。
とにかく、丸顔が好まれます。
目がぱっちり、口元が小さく、手足が小さい。
おこがましいですが、そのまんま、わたし。
壮年のVIP一行に、大層可愛がられた理由です。

そんないきさつで上流社会のお歴々と同席して、
身の置き所のない苦痛を味わったり、
リゾートビーチのコテージで、彼と2人だけの静かな夜を過ごしたり、
身分不相応でロマンチックな体験もさせてもらいました。


帰国が近づいたある日……。
タノンの弟と、その友人を同乗させてアユタヤ遺跡を巡り、
単身でビルマとの国境に駐屯する、タノンの叔父を訪ねました。
彼等は7年ぶりの再会ということで、話が弾みました。

ですが、言葉の壁というものも辛く歯がゆいものです。
タイ語の特訓を受けたわりには(3カ月ほどタノンから猛特訓された)
現地ではまったく役に立ちません。
バンコク市内なら英語も通じますが、田舎では身振り手振りばかり。
フラストレーションがたまります。
2時間ほどで耐えられなくなった私は、
外に出て手のひらサイズの猿と遊んで時間を潰しました。
人見知りしない小さな猿が、低木の間に沢山いたのです。


叔父と別れ、ビルマとの国境沿いに差しかかると、
ヤシの木の間から集落が見えました。
秘境探訪ドキュメントにでも出てくるような、
高床式、藁屋根、板張りの簡素な住居が見え隠れしていて、
俄然、好奇心が躍動。
彼等の暮らしぶりが見たいと、タノンにせがみました。

集落の手前で車を降りて歩き始めると、
広場にいた人々の目が、一斉に私たちに向けられました。
そりゃあ、そうです。
腰巻だけで半裸の男たちと、全裸の子供たち。
女性は胸下をボロ布で覆っただけの格好の中、
私は冒頭の写真のような格好でしたし、
タノンや高校生の弟、友人共に、ホワイトカラーでしたから。

石積みの釜戸や、洗濯場のある広場で、
縄を編んだり、矢じりを研いだりしていた男たちに近づき、
タノンが丁寧に挨拶をして回りました。
『ちょっと見学させてください』
『あんたたち、どこから来たの?』
そんな意味合いだったと思います。

私は、芋の皮をむく女性の傍らで独特な道具に見入ったり、
遊びまわる裸の子供たちを眺めたり、
高床式の住居の下で飼われている豚や、鶏に気をとられていました。
住居の床板は隙間だらけで、階下に残飯を落とすにはもってこい。
山岳民族の暮らしぶりに感心したりしていたわけです。

30分ほど経ったでしょうか。
タノンが血相を変えて近づいてきて、耳元で囁きました。

『車に乗って!急いで!』
驚いて振り向くと、男たちはもとより、
そこにいたはずの、女子供の姿もありません。


弟たちはすでに待っていたようで、
私が乗り込むと車が急発進しました。

『どうしたの?』
『ゲリラ!……車に積んでた父の勲章付きの帽子見た。
追いかけられるかも……』

猛スピードで集落から逃れる車の後方で、
けたたましい銃声がしました。(◎ー◎;)……((((;゚;Д;゚;))))カタカタ
『頭、下げて!』
伏せ気味に運転しながら、タノンが叫びました。
反射的に身をかがめ、耳を疑いました。
(゚◇゚;) 嘘!……この時代に銃で狙撃って……夢?

横を見ると、ハンドルを持つタノンの手が震え、
弟たちも身をかがめて固まっています。

えぇ~っ、ここで死ぬの?
死骸は野犬かなんかの餌になって?
母さん、ゴメン……(×_×;)
日本人女性、タイで行方不明とか、新聞に載る?
そんなはずは……これは夢なんじゃ?


30分ほど激走して、湖のほとりの広い道路に出たとき、
タノンが車を止めて言いました。

『危なかったねぇ……途中、男が僕の車、見に行った。
戻ったら他の男を誘って家の中に入って、一人ずついなくなった。
それで僕、思い出した。
後部座席の見えやすい所に、陸軍の帽子、置いてた。
たぶん、殺されるか、身代金要求されたかも……』

『(。・?_?・。)ムゥ…(o´_`o)ハァ・・・』

この危機一髪話……。
身内はもとより、親友にも話したことはありません。
『南方の土人と結婚するなら親子の縁を切る』
そう言い切った母にすれば、
『だから言わんこっちゃない!』ですから‥‥。


この事件の発端となった勲章付きの軍帽について、
補足です。

タイにきてからというもの、
軍人に対する優遇措置には驚かされたものです。

市内のレストランで駐車場が満車だったとき、
タノンは平然と駐禁ステッカーの横に車を停めました。
案の定、いかにも苦々しい顔をした警察官が近づきはしましたが、
後部座席に置いた父親の軍帽を見るなり、
敬礼して立ち去ってしまったのです。
それが高僧の袈裟だとしたら、
警察官は合掌して平伏すというから驚きです。

タイの軍人は特権階級に属しています。
父が陸軍大尉のタノンなどは申請だけで普通車免許がもらえるし、
医療費が全額免除されるということでした。

タイという国には、未だ歴然とした身分制度があります。
王様でさえも仏教徒の一人ということで、最高位は僧侶(たてまえ)。
その次が軍人で、人口の40%ほどしかいない
純粋なシャム人たちで構成されています。
残り60%は華僑(中国系の商売人たち)で、
経済は実質、華僑に支えられているのですが、
僧侶や軍人からは、卑しい身分という偏見がありました。

★21日間のタイ旅行全容について興味があれば、
 過去記事の『離脱』『賢者のささやき』『悩むな!考えろ!』などを参照ください。
  悩むな!考えろ! 
  離脱
  賢者のささやき


帰国の前夜、タノンから聞かれました。

『どお?‥‥タイで暮らせそう?』
ドキドキしました。

『う~ん……努力はするつもり。
そうそう、お母さんは、私のことどう思ってる?』
思わず話の焦点をずらしてしまいました。

『お母さんね、風子がこのままタイに残るなら結婚できるけど、
帰ったら、たぶん、無理だろう、って言ってる。』
内心、ドキッとしました。

『えぇ~っ!……いくらなんでも、このままってわけにはいかないよ。
上司を裏切るわけにいかないし、家族にも、それではあんまりだわぁ』
そういうと、タノンは寂しそうに微笑みました。

別れの朝、タノンはバンコクの親戚や友人宅に寄り道して世間話。
途中の渋滞などを予想すると、間に合わなくなりそうで、
なんども急かして険悪なムードに……。

案の定、空港に着くと、搭乗手続きは終了し、
トランシーバーを持った係り員たちが走り回っていました。
!(・。・) 私を捜していたのです。
冷汗を拭いながら、タノンが係員に言い訳し、
それが終わらないうちに、
係員が私の手をとって走り出しました。

『行って!…早く行って!』
振り返る私に、タノンの声だけが聞こえました。
係員に急き立てられて、
関係者以外立ち入り禁止という通路の階段を降りていたのです。

外に出ると、ジープと軍人が待機していて、
すでに滑走体制に入っていた飛行機に運ばれました。


『たまにいるのよね、こんな人……』
そんな目をしたスチュワーデスが、笑顔で迎えてくれました。
もちろん、乗客の何人かに睨まれました。
私のために、飛行機は離陸を5分も待っていたのですから。


『もう、あんなに急かしたのに。言わんこっちゃない……』
そう思いながら窓の外に目をやると、
送迎デッキで手を振るタノンの姿が見えました。
愛しさが押し寄せ、嗚咽しました。
このドタバタ劇は、私を日本に返したくないタノンが、
意図的に仕組んだと、やっと理解したのです。

帰国の日が近づくにつれ、どんなに葛藤したことか。
最後の夜は二人だけで過ごしたかったのに、
親戚の家に泊まって、妙にテンション高く雑談に耽ったタノン。
その真意を量りかねていた自分の愚かさに腹を立て、
同時に、真意には沿えない悲しさに苦悶しました。


帰国して数か月というもの、
冒頭、布施明の歌詞そのものの心境でした。
愛しさに胸かきむしられる反面、
冷静な自分に諭されるわけです。

無理、ムリ、ムリ……。
何か月も、その理由を自らに言い聞かせました。
・激辛で臭いタイ料理
・歴然とした身分制度への抵抗(物乞いする子供たちの多さ)
・2度も体験した“幽体離脱”よる世界観の好奇と混乱。


こうして、わたしの恋は終結。

今も思うのは、タイに移住していたら、
精神世界の探求や、神秘体験はなかったはず。
ましてブログを書くなんて、まず、なかっただろうと……。

ですが、一方では、
タイ人に嫁いだ自分の人生を想像します。
【人生はすでに完成しているDVDのようなもの】
意識の海にはパラレルワードがあって、
幾つもの人生脚本が、同時進行で展開していると
知っているからです。



(*′☉.̫☉)えっ? タノンとも離婚しただろう! って?

(´・_・`)…… ワ~オ!……あるいはそうかも、です。
この世には、男女の情愛より楽しいことが多すぎて……。(^_^ ;)

いずれにしても、人生は無常です。
変わらないものは、なにひとつ、ないんですよね。
歳を重ね、ブラックジョークのひとつにでも共感できれば、
あなたも『人生の哲人&鉄人』って、ことじゃないでしょうか、ネ!(*^▽^*)


結婚するとき、
私は女房を食べてしまいたいほど可愛いと思った。
今考えると、あのとき食べておけばよかった。
  アーサー・ゴッドフリー(米国のブロードキャスター)




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追悼

 24, 2017 14:35
一角獣



小林麻央さんが、逝ってしまいました。

このニュースについて、
私なりの想いを発信してみます。


夫、海老蔵さんの会見を聞いて思いました。
麻央さんって『観音さま』のような女性だったのかも、と……。

というのも……。
荒んだ言動が目立っていた独身時代と違い、
確かに海老蔵さんは変わりました。
麻央さんが癌に侵された頃からでしょうか?
頭を丸め、内なる神を持ち、
芸にも精魂が込められるようになりましたよね。

一方の麻央さん……。
ステージ四の末期癌、全身転移という絶望の日々に
医師から『病気に逃げ込まないで』と諭され、ブログを立ち上げます。
一進一退の辛い日々の記録に、フォロワー数は258万人に膨れ上がり、
同じ病気で苦しむ人々に、勇気と希望を与え続けました。

なによりも感銘するのは、著名人の『闘病プロセス』を、
同じ病気の人々と共有したことではないでしょうか。
麻央さんのブログを読むことによって、彼女が何を考え、
どう人生に向き合っているかを共有できた。
その感動が、癌患者たちの新たな発信に繋がり、
コミュニティサイトまで立ち上がったのですから‥‥。

34歳という若さで、
五歳と四歳の子供を残して、
私たちが計り知れない悲しみの中で、
その瞬間、海老蔵さんに『愛してる』と呟いて、
彼女は、命ある限りの『愛』を放って旅立ちました。


『来生も一緒に……』
海老蔵さんのプロポーズだったそうです。
お二人は端から、それこそ『赤い絆』で結ばれた
ソウルメイトだったんでしょうね。

幼子を残して逝くという、母としては難関プログラムを選択し、
父は、子供の養育と、芸を極めるための精進に邁進する。
そんな試練に、果敢にも挑んだカップルだったんでしょうねぇ。 o(;_;)o


わたし、海老蔵さんが若い頃から、彼の目に惹かれていました。
食い入るような、見透かされるような、それでいて慈愛に満ちた目。
彼の目力は、他に類をみないほどです。

『麻央は傍で見ています。
麻央が願っていた想いを引き継ぎます。』
そう決意表明した彼の歌舞伎芸は研ぎ澄まされ、
人間国宝の域に達するのでは? と思っています。

麻央さんも、ですが、海老蔵さんも強いですねぇ。
妻の闘病中はもとより、危篤の最中にも役割(仕事)を消化し、
大泣きした後、自身を奮い立たせるのですから‥‥。

彼は、内なる神……信仰心を持っていると感じます。
妻の余命宣告を聞いた頃は、
あらゆる宗教、あらゆる療法に没頭したのでしょうが、
今は、ゆるぎない精神に至っているように観えます。
前回の記事に書いた『信仰心』です。信仰心


260万人のフォロワーのひとりとして、麻央さんに感謝です。
ご冥福を……とは言いません。
何度目かの地球卒業、おめでとうございます!』と言います。
ボロボロの肉体から解放されて、
今頃は家族に寄り添っていらっしゃるんでしょうね。
四十九日が過ぎて光の源に還ったら、
存分に、ご自分を褒めてあげてください。
苦痛と闘いながら、周囲の人たちへの思いやりを
欠かさなかった麻央さん……(* ・´з)(ε`・ *)chu♪ 脱帽です。



それにしても、海老蔵夫妻のケースは恵まれています。

海老蔵さんの歌舞伎関係の補佐には母と妹。
麻央さんの闘病には実母と姉の2人が……。
しかも最高水準の医療チームに見守られて。
麻央さんの闘病記はまるで、
用意周到に準備された脚本の“悲劇”にも思えます。

これが、名もない一般大衆ならどうでしょう?
高額医療費に付添人、家事や雑用に振り回されながら、
病人は願っても自宅に戻れないまま、
“無念の死”だけは、容赦なく訪れるわけです。

(*′☉.̫☉)おっととと……比べてはダメ<(_ _)>
そんなことより、もっと大切なことがあります。
“2人に1人が癌の時代”について、
改善すべき多くの問題に目をむけなくっちゃぁ! ですよね。

農薬漬けの野菜はもとより、抗生物質漬けの肉や魚、
放射能やPM2.5による空気や水の汚染について、
もっと多くの人が意識を向けること。
行政に働きかけること。
そのためにSNSをフル活用すること、etc……。

でないと……。
最高級食材を調達するセレブ達でも、
癌は一向に減らないでしょう?


自分もいつかは死ぬ。
それを思い出すことは、
失うものなど何もないということを
気づかせてくれる最善の方法です。
        スティーブ・ジョブス




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信仰心

 20, 2017 00:05
幻想



2016年の統計で、世界の人口は約73億人らしいのですが……。
な、なんと……そのの85%が、
何かの宗教の信者だという事実をご存知でしょうか?

下のグラフをご覧ください。(世界の宗教人口)

世界の宗教人口

三大宗教の他にも、世界には7000~8000種の宗教があり、
約62億人が、それぞれが選んだを崇拝。
老いも若きも、心の“拠り所”を求めてるって……。
なんか、凄いと思いませんかぁ?

この“拠り所”……個人レベルの好みならいいのですが、
信じている対象が『唯一絶対神』だと思い込むと危険です。
その『唯一絶対神』こそが、
紀元前から現在のシリア問題まで、
何千年も続く宗教戦争の元凶ですから‥‥。

その点、日本人は寛容です。
八百万の神に畏敬の念を表してきた歴史からでしょうか。
日本にも(((ʘ ʘ;)))182,000ほどの宗教団体がありますが、
中東ほど過激な争いもなく平和です。
一人ひとりが、信仰の自由を認め合っているんでしょうね。

うん(・_・?)……もとい。
それは、ちょっと早合点かも?

日本人の場合、幼い頃から寺や僧、経や法要に馴染んでいます。
世間のしきたりとして、それらを受け入れているだけで、
たいていの人は、神仏を熱狂的に崇拝しているわけではないでしょう。

その証拠に……。
まず神仏に対する知識が薄っぺらいです。
身内や他者から聞きかじった内容を鵜呑み。
釈迦と観音の違いはもとより、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が、
同じ神(アブラハム・イサク・ヤコブの神)なのに、
解釈の違いで三大宗教になったことも知りません。

また、お賽銭や、寄付、寄贈などをしながら、
多くの人は、ちゃっかりと見返りを期待しているようです。
『お参りしたし、お賽銭も弾んだし、きっと、いいこと……』みたいに。
そうやって、安心したい自分との折り合いをつけるんですよねぇ。
これって、信仰心には遠いですよね。
日本人の信仰スタイルが、ご利益主義の勝手信仰と言われる所以です。

もっとも、信仰心の源は、『困ったときの神頼み』から始まることは確かです。
余命宣告や、愛する人との死別、破産、暴力の嵐など、
壮絶や悲惨を味わうと、たいていの人が『神』に救いを求めます。

ところが、その先で『道』が分かれます。

神頼みのつもりが、神とはなにか、とか、この世の成り立ち、
果ては宇宙全体へと、知的好奇心が躍動。
気がつくと、身に生じた不幸や波乱もすんなり受容。
私たちが何者で、どこから来て、どこへ行くのか。
ざっくりと……だとしても、全体像を理解し、
課題満載の、この世の完璧さと天国を、同時に見出します。

一方、神頼みが長続きしないタイプの人もいます。
焦燥感や憎しみ、失ったものへの執着が強過ぎて、
自らの内面(意識)を見ようとはしません。
この世や、あの世に対する知的好奇心が皆無なので、
そもそも神を信じる気持ちが薄いわけです。
いつまでも身の不幸をぼやき、
他者に対する警戒心や不信感ばかりを募らせ、
ネガティブな波動で同類を引き寄せ、
虚しいだけの人生を送るかもしれません。


それはさておき……。
世界の人口73億人のうちの、宗教を持たない15%の人々について。
み~んな、無神論者だと思います?
“神も仏もあるもんか!人間、死んだら終わりや!”と、
み~んなが、開き直ってるでしょうか?

思うに……。
彼らは二つのタイプに分かれるのでは?と思っています。

A “神も仏もあるもんか!人間、死んだら終わりや!”タイプ。
B 大いなる自分……“内なる神”を信仰するタイプ。

私、もちろんBタイプです。
宗教は持っていませんが、信仰心はあります。
信仰の対象は、森羅万象、宇宙、ワンネス、高次意識などで、
このブログは、その発信媒体なわけです。

だからといって他者の宗教や、信仰対象を評論する気は皆無です。
ってか……信仰って、次のようなものだと思っているんです。
あくまで、私の考えです。

人は皆、ハートのチャクラ(胸)に刻印された真理を携え、
自らの意思で、この世に生まれ出ました。
その真理のひとつに、人の進化度を示す“愛の度数系”がありますが、
地球レベルの人間には、知る手立てがありません。

その真理のひとつを、“富士山登頂”だとしましょう。
信じる、信じないは自由ですが、
とにかく輪廻転生の目的は、富士山に登頂すること……。

・ある人は、単独で。
・ある人は、グループで。
・ある人は、生涯に一度。
・ある人は、生涯に数回。
・ある人は、富士山麓に居を構え、
 登頂にはこだわらず、広大な麓を歩き回る。
・ある人は、ヘリコプターをチャーターして頂上に降りる。
・ある人は、登山道から外れて、道を切り開きながら登る。
・ある人は西から、
・ある人は東から登る。

このように富士山登頂への情熱や頻度、ルートもさまざまですが、
チャレンジすることが肝要。その行為が全てだと思うのです。
富士山がどこにあるかも知らない人や、ただ眺めている人を思えば、
行動しただけで上等だと思います。

さらに、登ってみて、頂上からの景色がどうだったかも、人それぞれ。
他者が見たであろう景色や主観を尊重しながら、自らの主観も信じる。
私が正しい! ではなく、
私は信じる! で、充分なんですよねぇ。
それが信仰心……。
内なる信仰心じゃないでしょうかね。


さて、お気づきと思いますが……。
無神論者に思える残りの15%のうちの半分が、
内なる神”を信仰しているとすれば、
世界の信仰人口は90数%になります。
内容がどうあれ、これはスゴイ事だと思いませんか?

この事実は、俗にいう『依存心』とは違います。

人は『無償の愛』を放てるようになるまで、
輪廻転生を繰り返します。
目的意識が『完全な愛 = 神』ですから、
信仰心は生きるための呼吸のようなもの。
信じて仰ぐものが何であれ、そこには愛と信頼しかありません。
それが大事……。
何を信じるかは、大した問題ではないのです。(歪んだ解釈を除いて)
なにかを信じることは、愛と信頼の実践編ですから‥‥。

(*′☉.̫☉)えっ? 勝手に思っとけ!…って?

えぇ、えぇ、生きてる限り。
……もとい。
肉体がなくなったとしても、
あなたの耳元で、
しつこ~く囁きますよ。
私が、囁かれたように……( ˘ ³˘)
本当のあなたは、素粒子レベルの、
愛の光の意識体なんですってばぁ。(^_^ ;)




いつか空の飛び方を知りたいと思っている者は、
まず立ちあがり、歩き、走り、登り、踊ることを
学ばなければならない。
その過程を飛ばして、飛ぶことはできないのだ
                    ニーチェ





ポチが、励みになります!…(*´~`*)。o○

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心と言葉

 15, 2017 00:05
woman.jpg



人間は、めんどくさい生き物です。

嘘、建て前、世辞、社交辞令、体裁、見栄、……。
世の中、本心ではない発言に満ちていますよね。
多くの人は、心と発言が一致しなくても平然としていますし、
むしろ、本音を隠す生き物に観えることがあります。

それでいて……、
『言わなくても判ってるでしょう?』とか、
『どうして解ってくれないの?』みたいなことを、平気で言います。
それに対して釈明とかすると関係が悪化したり、
誤解されたまま疎遠になったり……。


!(・。・)b 思うに、心が読めるといいですね。
嘘や、隠し事などが通用しない、テレパシーの社会です。

テレパシーには、伝え違い、食い違い、勘違いはありません。
心の内容が完璧に、正確に、しかも瞬時に相手に伝わります。



私、夢の中の会話は、決まってテレパシーなんですが……。
(!(・。・) 皆さんも、そうだと思いますよ。
夢の中では口、動かしていません。確かめてみてくださいね)

なんと、今現在でも日常的にテレパシーを使っている人々がいるようです。

それはオーストラリア先住民のアボリジニ……。
ユダヤ人や、黒人、アメリカインディアンたちと同じように、
イギリスの白豪主義によって惨殺されたり、
迫害された歴史を持つ先住民です。

彼らはイギリス人が入植する4~5万年も前から、
自然と調和して暮らしていました。(地球最古といわれる)
900もの部族と、200以上の言語があるそうですが、
文字を持たず、壁画や歌などで文化を伝承してきたようです。


白人との混血も増えた現在はわかりませんが、
以降、かつてのアボリジニの観念です。

アボリジニには、何かを所有する、占有するという概念がありません。
あらゆる資源、材料は部族内で共有され、
個人が土地を“所有する”という考えに無縁でした。

誰もがテレパシー能力を持ち、病気や怪我は手を触れるだけで癒されます。
いつも幸せと喜びで豊かに暮らし、皆がごく当たり前に助け合い、
愛し合い、笑い、楽しんで生きているそうです。
120~130歳位になるとお祝いをして瞑想に入り、
数分後には自ら、あの世に旅立っていくそうです。(マハーサマーディ)
★マハーサマーディ
 理想の死に方のひとつで、しっかりと意識を持って至福のうちに世を去る。

死体は自然の循環に寄与され、動物たちの栄養になります。
もちろん、その動物はまた、彼らの食料になります。
アボリジニは、定期的に場所を移動する狩猟民族です。
移動することで資源(草木、燃料など)の枯渇を防いでいました。
つまり大自然の循環に即して、全く我を出さずに生きている民族なのです。

だからストレスは全くなく、そのため癌も心臓病もない。
貧富の差もなく、競争も皆無です。
全てを与えてくれる神(大自然)に心身を委ねて共に生き、
純粋で、常にオープンマインドなので、プライバシーはいらない。
この精神が、テレパシーの秘訣だと言います。
純粋で心を開いていないと、それは閉ざされてしまうのだそうです。

自分たちの文化や概念を説明した白人に、
アボリジニの女性が言ったそうです。

『あなた方のように、誰もが自分の利益を守り、
尊敬を得るために、あるいは軽蔑さ れないように、
疑心暗鬼の思いで家族にさえも自分を隠しているとすれば、
恐ろしくてテレパシーは使えませんね。』


ドキッ(◎ー◎;)……穴が合ったら入りたいと、思いません?
確かに、テレパシー能力を求める前に、心の質ですよねぇ。(^_^ ;)



さて、今現在を生きる私たちにも、
テレパシーの名残があるって、ご存知ですか?

それは目……。
現代人も、目を使って意思の疎通を図っているんだそうです。
食い入るような、軽視するような、憧れているような、など、
『目は口ほどにものを言う』とかいいますよね。
素粒子レベルでは、それなりのエネルギーを放っています。
(脳波は測れるが、眼波測定器はない)
人の気配や、殺気を感じたり、羨望、あるいは好意なども、
その人の目を見れば、な~んとなく判りますよね。
人は皆、目からテレパシービームを放出しているんですねぇ。


それにしてもアボリジニの“オープンマインド”を想像していると、
人の進化の何かを思い知らされます。
すると、『神との対話』の中の“見えるシステム”を、
思い起こさずにはいられません。

金銭の“見えない性質”というものを排除しなさい。
金銭の動きをオープンにするだけで、
賃金差別、お世辞、コネ、派閥争いが消え、
世界で行われている90%は許されないだろう。

公共の目に晒すということほど、
行いを早く改めさせる方法は他にない。

そろそろ地球上の物やサービスの取引に
『公開法』を取り入れるといいんじゃないかな。
全てがはっきりと見え、記録を辿ることができて、
数字を確認することができる、
オープンな国際通貨制度を作りなさい。

『得をする』『上手く立ち回る』『うまい汁を吸う』
『適者生存』などといったことが、
まかり通らないようにするキーワードは、
見える』という性質だ。

まず家庭から、家族から始めなさい。
会社を持っているものは、そこから始めなさい。
値札には、コストと価格の両方を表示しなさい。
まっとうな商売です、と言われるように、
価格を考え直しなさい。
そうするためには、考え方を根底から変えなければならない。
それを選択するのは、あなただ。        
             神との対話②より 



(゚◇゚;) …… (×_×;)……(´;ω;`)ウッ……(o´_`o)ハァ・・・。
だめだ こりゃあ……私たちは欲に囚われて停滞している。
それが、テレパシー能力を消滅させた原因なんでしょうね。(^^;)



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ワイルドライフ ②

 10, 2017 00:05
わが家
        小川村のわが家


前々回に続く未公開記事。
ワイルドライフ②……『熊棚』です。




生活センターの掃除当番を終えた頃、
すぐ近くで、八重子婆ちゃんの興奮した声が聞こえた。

「栗拾おうと思って朝早く来たらさぇ。
あそこでクマが座って、栗、食ってるじゃねぇ。
オラ、たまげたのなんのってさぇ……」 

「クマ棚?……なんのこと?」
連れ合いに聞いた。
「さぁ?……見に行ってみるか!」
興味深々である。

生活センターから数mほどの栗の木に近づくと、
一目瞭然、クマ棚なるものに合点がいった。

栗の木のほぼ中央、枝ぶりの頑丈そうな木の股に、
マウンテンゴリラの寝床を思わせる枝葉の塊があったのだ。
まさにクマが造った棚としかいいようのない代物である。

その棚にどっかりと腰を据え、
枝ごと折った栗を片っ端から頬張るクマの姿が目に浮かんだ。

「えれぇこんだなぇ! こんな近場にできるなんぞ、初めてのことでねぇか?」 
「ああ、役場には連絡した。この調子じゃぁ明日も来るで出ちゃなんねえぞ。
婆ちゃん、聞いてるか」 
組長の松下が言った。
 


「すっごお! なんかワクワクすんね」 
自宅に戻った後も、私は、なぜかはしゃいでいた。
ジェラシックパークには遠いが、似通った気分に浸っていたわけだ。 

「あのな、あそこに来たってことは、うちにも来るんやで。
小池なんか栗だらけなんやから、気つけななぁ」 
車は四駆のRV車に固執し、悪路となるとファイトを燃やす性質の連れ合いが、
本音をはぐらかすように言った。  

だが、その予想が的中。
一か月も経たないうちに、わが小池地区はクマ銀座と化した。
しかも、ウォーキングの帰り道で、近所の婆ちゃんに聞かれるではないか。

「ねぇ、おめぇんち、熊、行かなかったか?」
「ハハハ、冗談!…こんな昼間に熊なんか…」
「冗談じゃねぇ。ほれ見てみい。クマの足跡だぁ!
さっき見たときはなかったが、そこの畑から帰ったらこうだ。
おめぇんちに向かってるぞい…」

確かに。
うっすらと積もった雪の上に、わらじの足跡のようなものが続いていた。
「(((ʘ ʘ;)))えぇ~っ!……どうしよう((((;゚;Д;゚;))))カタカタ」
注意深く歩き出し、遠目で、わが家の周囲をくまなく眺めた。

ワ~オ! クマ?……いや、連れ合いだ。
黒い防寒着を着こみ、背中を丸めてクルミを選別していた。


“怖いもの見たさ”とは、よく言ったものだ。
棚におすわりして栗を食べるクマの姿が見たくて、
私たちは、夜の僻地ドライブまで敢行した。
都会人ゆえの愚行だと知りながら……。


過疎の村で13年暮らしましたが、
幸いにも熊に遭遇したことは、一度もありませんでした。
ですがシーズンには熊による人身事故も多く、
有線放送による『熊出没注意』の頻度が増します。
○○地区で出没、○○方面に向かった、みたいな情報を参考に、
村人たちは警戒態勢に入るわけです。

熊は、蜂蜜やリンゴが大好物。
農家の多くは兼業で養蜂を行っていることから、
蜂蜜や、収穫したリンゴを格納している蔵は良く荒らされます。
蔵の分厚い扉を破壊する熊の爪……襲われたらひとたまりもありません。
山菜採りや、農作業中に襲われたりするので、
親はマイカーで、登校する子供たちをバス停まで送迎。
私たちも、長野市内まで出かけて帰りが夜になった場合、
駐車しても車から降りずに、屋敷内をライトで照らしてチェックしたものです。

徘徊する熊を見たいような、怖いような……。← バカです(^_^ ;)
で…、自宅に入り胸を撫で下ろしたときの安堵感たるや独特です。
五感の、極度の緊張の後にくる全身の筋肉弛緩……。
改めて、生きている実感と幸せに浸るのでした。
Why?‥‥(。・?_?・。)


 
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命の“螺旋”

 05, 2017 00:05
螺旋銀河 螺旋
 


カタツムリや、巻貝、ツル科の植物や、ねじり花など、
私たちは日常的に多くの渦巻……螺旋を見ています。
台風の雲や渦潮、銀河もですし、生物のDNAも……。

このことを、その秩序の美しさ、精妙な法則のようなものを
不思議に思ったことはないですか?

私、子供の頃から思っていました。
びっしり詰まったひまわりの種を外しながら(煎って食べる)、
どうして円ではなく、螺旋形なんだろう、とか、
二枚貝や巻貝を食べながら(磯遊びで採ってた)、
二枚貝の貝柱の強靭さや、
ヤドカリが好んで身にまとう巻貝の構造の妙を、です。


ここで話は飛びますが……。
大人になり、精神世界を探求していて、ひどく落ち込んだことがありました。

精神世界系の書物や、宇宙物理学などを読み漁り、
瞑想に耽けって悟りを求めている最中にも関わらず、
気がつくと、日常のできごとに振り回されている自分にガッカリ。
探求心そのものに興醒めするわけです。

意識はときに変性しても、日常に戻ったら、何も変わってはいない。
意識的な世界と現実の狭間で、ただ堂々巡りしているだけ?
なにやってんだろう?
意識の進化どころか、後退してんるんじゃ?
いつになったら到達できるのだろう?
そもそも、何をもって到達と思えるのだろう?

そんな混沌とした日々に、不思議な夢を見ました。

夢の中で、私は衝動的に『らせん階段』を上っていました。
なぜか風景の見当たらない、不思議で退屈な階段でした。
ただ、クルクル、クルクル……。
同じ場所を踏み、廻っているだけで気が滅入りました。
で、一休み……下をのぞき込みました。
やはり風景はないのですが、上ってきた『高さ』は感じました。

目覚めた後、夢を思い返して、ハッとしました。

(((ʘ ʘ;))) ワ~ォ、堂々巡りじゃない……高さがあるんや!
同じことやってるようでも、少しづつ上昇してるんやぁ!
(*′☉.̫☉)……人生って、らせん階段?
同じことを繰り返しているように思えたとしても、
上り続けたら、そこにたどり着くってこと?


以来、ますます、らせん形状に惹かれていきました。
とくにDNAと、渦巻銀河に。
ミクロとマクロの両方が『らせん形状』という事実に。
DNAは、なぜ二重なのかに……。


引き延ばすと2mとも言われるDNA……。
二重らせん構造のわけは、次のようなものらしいです。

梯子状よりも二重らせん構造の方が体積は小さく、より多くの遺伝情報を載せられる。
途中でからまったりねじれたりせず、転写を行う際にきちんと一本鎖になれる。
必要に応じて3重鎖構造にもなり、組換えなどが可能になっている。
二重らせんの溝には転写因子が結合することができ、
遺伝情報の読み出しができるようになっている。

またその回転方向について……。
自然界の渦巻方向には左右がありますが、
二重らせん構造のDNAは、すべて右回りだそうです。
その理由のひとつに『一分子生命ビッグバン』というものがあります。

地球上のあらゆる生命体は、
地球に最初に登場した自己複製に関わる光学活性体である、
たった一つの分子から進化した。
 
だから、DNAはすべて右回りという仮説です。


また、霊的な書物には次のように書かれています。

上向きの螺旋は、人間の意識が高められることを表現。
下向きのそれは人間の身体が物質化され、物質界で進化することを象徴している。
それによって全体的な存在、つまり「生ける魂」を、二重の螺旋が創造している。



生命科学者の視点では……。

全ての命は、精子と卵子の受精ではじまる。
不思議なことに受精した瞬間から、その受精卵が右回りの回転を始める。
専門家たちは、それを“生命のダンス”と呼んでいる。
人間は右回りで生命を消費、消化、老化し、死に近づいていく。



螺旋や渦巻はまた、古代の人々が人間の生や死の不思議を考えるとき、
最も近しい形として図像化され、象徴化された運動パターンだそうで、
陶器や墓碑などにしばしば描かれたようです。


一方、陸上のトラック、スケートリンク、自転車競技、野球ベース、
競輪、競艇、F1カーレースなど、
人間の手足で競技するスポーツは全て左回りです。

その理由について、
・人の心臓は 左半身にあるため、それをかばおうとして左回りをする。
・人は右利きの人が多く、回る時には右の利き足で内側に蹴り込む方が走りやすい。
・感覚を司る右脳は、身体の左側の器官とつながっているから。
・人間の体には右側に重い肝臓があり、バランスを取るため左に重心が移る習性がある。

このことから、スーパーやデパートなどでは『左回りの法則』を採用。
正面玄関から入り、左回りに売りたい商品を置くとか、
左回りに行き止まりを作って、右に曲がらせるとか、やるわけです。
販売士の資格を持っている私も、そのように学びましたから……。(^_^ ;)


おっと、どこまでも脱線しそうです。
話を元に戻して……。

DNAの設計図には、個人の性別や容姿、歯の1本の形はもとより、
ある年齢が来ると発病する病気まで、個人情報の全てが刻まれています。

ということは、もしかしたら、自分の魂が持つ過去生の膨大な記録も、
今世の遺伝子のDNAに転写されているのでは?
時折、そんな大胆な想像、妄想に浸ります。

なぜなら人間の知恵、叡智は大半が自然から学んだものですよね。
医学は薬草に始まり、鳥の翼や流線型の魚を見て乗り物を創り、
樹や鉱物などで建造物を、動植物から糧を生み出しました。
ミクロ ~ マクロに至る、らせん形状の多様性ひとつをとっても、
自然界はヒントに溢れています。
それらを示すことで、それこそ自然に人間の進化を促し、
『ガイヤの意識』として共存しているのでは? と、思うのです。

さらに深読みすると……。

男と女、光と影、善と悪、精神と物質のように、
世界や事物の根本的原理『二元論』に照らせば、
意識は、『拡張と収縮』になります。
広がり拡散する(ワンネス)か、
縮こまって固まる(個の意識)か、なんですねぇ。

それはちょうど、巻貝に観る『らせん形状』そのもの。

拡張した意識体だった光の粒子が、振動数を落として物質化。
三次元用の肉体を持ったことを示しているのでは?
その物質化した、肉体レベルの人間は、巻貝の最下部?
そんな妄想的推測にふける、変なオバちゃんなんですぅ。(*´ェ`*)


自然の造形に目を凝らすとき、
あなたはスピリチュアルな生き方の、
入り口に立っているようなもの。
なぜなら……。
人の心の深層にある善良さ、美しさ、叡智と、
そこにある拡張したパワーを知るからです。
                風 子




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