同行二人

 28, 2017 00:05
道幻想


四国八十八カ所の霊場のうち、
それが26カ所もある愛媛県で生まれたオバちゃんにとって、
弘法大師や、修行僧、巡礼者(お遍路さん)たちの逸話は、
ごく々身近なものでした。
その昔、遍路道は僧侶たちの修行道でしたが、ルートを外れて、
私たちの村にも托鉢僧が立ち寄っていたものです。

そのお遍路人口、今では年間20~30万人らしいです。
といっても、巡礼行為そのものが観光化され、
マイカーやバスを利用する人が急増しているようです。
弘法大師ゆかりの寺、総距離1,200㎞の巡礼道を、
スマホ片手に車窓から眺め、観光気分でルンルンと、
スピーディに巡っているんですねぇ。

歩く、歩く……ひたすら歩くことを選択する人は、
全体の1%…年間2000人、1日平均5人に満たないそうですが、
その目的(動機)は、自分との対話、故人を偲ぶ、祈願、懺悔など、
心の充足と浄化を求めて、という人が多いようです。

ということは、99%が観光遍路……(((ʘ ʘ;)))。
『あんた、ユニバーサルスタジオ行った?』
『行った、行った!…来年は遍路ツアー、参加すんねん!』
ってな、ノリかもしれませんねぇ。(^_^ ;)

ともあれ、本格的な遍路旅といえば、その出で立ち……。
人目を引くのは白衣と金剛杖、半袈裟、菅笠でしょうか。
菅笠にはたいてい、墨で『同行二人(どうぎょうににん)』と書かれています。
弘法大師と一緒に 巡礼しているという意味なんですね。

この行為、バリバリの精神世界ですよね。
もっとも今は、相棒が弘法大師とは限りません。
とくに若い人は、巡礼というスタンスに惹かれはしても、
弘法大師(空海)へのこだわりや依存はなく、
相棒はハイヤーセルフだったり、守護霊ちゃん、あるいは、
キリストや、天使たちかもしれないと、オバちゃんは思っています。

というのも、巡礼って世界共通の文化なんですよね。
チベット仏教の聖地ラサとカイラス山を目指し、
五体投地をしながら1年をかけて巡礼する人々。 
一歩一歩、五体投地ですよ。
そのポーズはヨガにも取り入れられていますが、
ふつうの人は10~20mほどでギブアップです。 → ロードムービーに

また、映画『星の旅人たち』で一躍有名になった、
デ・コンポステーラ大聖堂への巡礼もあります。星の旅人たち → 泣きますo(;_;)o

この巡礼道は、フランス各地からピレネー山脈を経由し、スペイン北部 を通り、
キリスト教の聖地であるガリシア州のサンティアゴ・ デ・コンポステーラ大聖堂
(十二使徒の一人聖ヤコブの墓がある)に至るもので、
ルートは出発地点で様々ですが、代表的なもので780~900kmの距離。
1日平均30km(早めの人)歩くと約1ヶ月かかります。
後にNHKが、何人かの巡礼者に密着して、
ドキュメンタリーが制作されたほどです。 → 感動ものでした。

この巡礼の歴史……。
西暦951年くらいに始まり、最盛期の12世紀には
年間50万人だったと言われています。

西暦951年って、日本では平安時代中期…(((ʘ ʘ;)))
清少納言も紫式部も、生まれていない時代です。
その点、西洋の宗教文化は長~く、深いです。
旧約聖書が書かれた紀元前3400年くらいから
現在までに5000年ほどの歴史があり、
映画『十戒』や『ベン・ハー』などに描かれ、
教会と相まって、神の存在が暮らしに根づいています。
大昔から、人々は『内なる自分』と対話していたんですねぇ。

えっ?‥‥ご利益主義って?
冗談でしょう。
寺巡りを満願したからといって、
弘法大師の霊ちゃんに褒められるわけでもないし、
キリストから直々に洗礼受けるわけでもないと思いますよ。
まして、その後の人生で、
ラッキーboy、ラッキーgirlになれるはずも……です。
巡礼って、ただ々、自分の心と『折り合い』をつけるんですよねぇ。

だからスピリチュアルな行為って『人間だけの本能』でしょうね。
猫や犬が、過去を悔やんで悩んだり、熊が、来春の実りを祈りながら冬眠に、
なんて、可笑しすぎて考えられませんもの……(^_^ ;)

その、人間だけの本能……。
それに突き動かされて行動した人の中には、
奇跡を体験した人もいるようです。
末期がんで余命を宣告された男性が遍路旅に出て、
帰ってきたときには癌が消失、なぁ~んてことも、です。

これこそが、精神-神経-免疫学の証。
陽の光、風のそよぎ、山々の緑や、川のせせらぎ……。
それらの自然と一体になった自分を、感じたかもしれません。
適度な有酸素運動と意識の変化が、ホルモン分泌に作用し、
結果的に免疫力を活性化させたのでしょうね。


ここでひとつ、聖なる『同行二人』の逸話を、
ご紹介しておきましよう。٩(ˊᗜˋ*)و

登山家の松田宏也は1984年、ヒマラヤのミニアコンガ登山中に遭難。
14日後に手足が凍傷にかかった危篤状態で発見されました。
彼の話によると、自分の前の空間に別の自分が現れ、
倒れようとする自分を叱りつけながら、麓まで導いたと言います。
後に彼は言いました。(ドキュメンタリー)
『あれは、私でした……。不思議ですが、確かに私だったんです』

この場合、脳神経科の医師に言わせると、
やれドッペルゲンガー現象とか、バイロケーションとか言いますが、
その説明では納得のいかない現象ばかりです。


むしろ、このスピリチュアル現象こそが『同行二人』。
離脱した自らの“超意識”に導かれたんですねぇ。



その筋の専門書によれば、
人の意識は三重構造になってるようです。
顕在意識………睡眠時以外の、ふつうの意識。
潜在意識………自覚することのない無意識。
宇宙(超)意識…幽体離脱や、神秘体験時の意識。
極限状態や瞑想、ふとした瞬間などに離脱するのは超意識。
宇宙へとつながる意識、という意味で宇宙意識とも言われるそうです。

こんな話、私はすんなりと受け入れるタイプなんですが、
はて、あなたはどうでしょう?

人の肉体は、三層の意識に包まれています。
顕在意識の自我だけが、自分だと思っていたら大変。
超もったいないです。
自我 → ハイヤーセルフ → ワンネスの
3点setで、あなた…なんですよぉ。(*^▽^*)


あなたには、秘められた能力があります。
人生はいつも、どんなときでも『同行二人』の状態です。
鏡を見て、自分の中の相棒に、ご挨拶しましよう。
『いつも見守ってくれてありがとう! これからもよろしくね!』と。
!(・。・) うん?……人のいないところで、ネ!
でないと、奇人変人どころか、救急車呼ばれるかも?

ついでだから、余談ですが……。
わたし、二重人格でぇ…なんて、可笑しいです。
顕在意識における私たちは、誰もが多面的で、
いくつもの性格を持っていて四六時中、振り子運動をしています。
決意し、揺れ、疑い、思い直し、また迷う。
見下し、憧れ、否定し、しらけ、自信と喪失を繰り返す。
自分でも気づいていない自分が、た~くさん、いるんじゃないでしょうか?

何やかや言っても、平和な日本での暮らしです。
予想不可能な出来事に遭遇する機会がないだけで、
いざとなったら、どう反応するか、判りませんよねぇ。

巨大地震が起きたら、あなたは大切な人を守るでしょうか?
それとも、我を忘れて一目散に逃げます?。
その時にならないと、判りませんよねぇ。


気がついたら、震災直後の神戸にいたという東北の大工さん。
気がついたら、線路に落ちた乗客を助けて、
自分は死んでいた名もなき中国人。
彼らは思考を超越したんですよね。
彼らの本能(潜在意識)が、それを選択したとしか思えません。

一瞬で、そんなこと、できるだろうか?
(×_×;)……む、むり、むり、絶対に無理!
オバちゃんの顕在意識は、いつも自問自答だけして、逃げる。
未だ、そんな次元なんです。(o´_`o)ハァ・・・



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ぬけがら

 21, 2017 00:05
月②


昆虫類、エビカニなどの甲殻類など、
固い殻で覆われた外骨格の生物は、みんな脱皮します。
外骨格は通常の骨のように成長しないため、
体が大きくなると窮屈になり、脱皮することで、
新しい大きな外骨格を作るのだそうです。
意外なところでは蜘蛛、ダニもですし、
ヘビや、トカゲ、カメ、ワニなどの爬虫類も
脱皮することはご存知ですよね。

では人間や動物など、哺乳類どうでしょう。

脱皮しないように思われがちですが、
人間でも皮膚の表面が垢となって少しずつ剥げ落ちていくので、
生物学的には脱皮と見なせるようです。
特にクジラやイルカではまとめて表皮が剥げるので、
いかにも脱皮しているように見えますし、
鳥の羽毛が抜け替わるのも、脱皮の一種とされているようです。


脱皮を指す言葉に蛻(もぬけ)があります。
転じて…人が抜け出たあとの住居や寝床を、
『蛻の殻』と呼ぶようになったんですねぇ。

そうそう、『脱皮』の典型と言えば、
身近にはセミの幼虫の抜け殻ですよね。
頭部から顔面、足の細部まで見事に脱皮していて、
子供の頃は、誰もが見とれたんじゃないでしょうか。
不思議で、繊細で、美しいですよねぇ。
それが羽化して、あのセミになるなんて、
人間から観ると、脱皮そのものも、ですが、
その後、変態する生物は奇想天外に思えます。
その意外性が、子供向けのアニメに反映されたのでしょうか?
『へぇ~んしん!(変身)』……。
子供たちの間で大流行しました。懐かしいですね。


ときどき思います。
人間の抜け殻も、セミの幼虫風だといいのに、と‥‥。
苦心してミイラにしなくても、美人は美人のまま。
そうでない人も、それなりの魅力を保ったまま、
半永久保存できますもの。(^_^ ;)


人の抜け殻と言えば……。
ご遺体に寄り添ったこと、ありますか?
そのお顔や身体を、じっくり見つめたことはあるでしょうか。

私はあります。
身内の都合で、母の通夜に6時間ほどですが、
ひとりで遺体に寄り添いました。
!(・。・)b あっ…言葉のフォローしなくっちゃ!
私、亡くなった人の肉体は『ぬけがら』だと思っているんです。
人は三次元で生きる場合、肉体という衣を着てると……(^_^ ;)

最初は棺の窓から母の顔だけを見ていたのですが、
どうしても全身が見たくて、蓋を開けてしまいました。
で、じっくりと見つめたのですが……。

まさに『蛻の空)』……すっからかんでした。
何が…って?
精気が、魂が、エーテルが……です。
亡くなってるのですから、当たり前と言えばそうなんですが、
完全に『ぬけがら!』だと感じたのです。

『母さん、今、わたしを見てる?…天井あたり?
( ̄~ ̄;) ウーン、いないなぁ。 チャッチャッと行ったん?』

部屋の隅々の空間を眺めながら母に話しかけ、
博多のホテルでの別れを思い出していました。

母の魂は、入院していた頃から、よく出入りしていましたし、
呼吸が止まる前には、魂が博多のホテルまできました。
だから準備万端というか、自らの抜け殻に
未練はなかったのだろうと思ったわけです。
詳細はココ 恍惚の人

博多のホテルに来たエーテル体の母は、健康そのものでした。
拘縮していた手足も滑らかに動き、言葉も正常。
例えれば、映画『アバター』のような感じです。
元海兵隊員のジェイクは脊髄損傷で車椅子生活ですが、
その意識をアバターにリンクさせると、自由に動くことができましたよね。
エーテル体の母も同じです。
触ると立体感や体温があり、不思議でたまりませんでした。
詳細はココ 四十九日 その①


そうそう、母が来たのには理由があります。
そのときは判らなかったのですが、
四十九日の法要の席で、その理由が明らかになりました。
な、なんと、怒っていたのです。四十九日 その➁


さ~て、『抜け殻』にちなんで……。
最近、巷では終活が大流行りですね。
「終活」をテーマにした書籍が数多く出版され、
専門のコーナーを常設している書店があるほど……。
一方では講演会や、葬儀社、石材業者、行政書士、
介護施設などによる合同の「終活フェア」も開催されているほどです。

この背景……。
2016年(平成28)には65歳以上の人口が3461万人。
総人口に占める割合は27.3%になり、
日本国が超高齢化社会を迎えたことに他ありません。

私たちは夫婦共に末っ子(夫は10歳年上)なので、
この歳になると否が応にも、終活やセレモニーの情報が入ります。
姉の夫の兄や、従妹が亡くなり家族葬で済ませたとかなんとか。
それによると、今、斎場はラッシュのピーク状態らしいです。
団塊の世代が死に絶えるとラッシュは収まるので、
むやみに斎場を増やすというわけにもいかないとか‥‥。

田舎暮らしをしていた過疎の村では、
有線放送で『悲しみのお知らせ』とか流れるのですが、
多いときは3~4人/日ってなこともあり、
殆どが知ってる人なので、死がやたら身近でした。

人は、遅かれ早かれ、必ず死ぬ……。
ただ、ちょっとばかり早いか遅いかの違いだけ……。
樹齢3000年ほどの巨木の意識から観たら、
人間の一生なんて、セミの寿命ほど。
10年早かろうが、20年余分に生きようが、
彼らから観たら、ほんの数時間の違いなんでしょうね。
だから……日の暮れぬうち、足腰が動くうち、
脳が誤作動しないうちに、やりたいことをやりましよう。

(*′☉.̫☉)……えっ?
iPS細胞が進化して、
臓器も、とっかえひっかえできるから死なない、ですって?
ざ~んねん!…人は命の回数券、持ってるんですよぉ。
染色体の末端に位置するテロメアって塩基配列。
細胞分裂の回数を測る尺度(分裂時計)だそうで、
分裂できる回数に限りがあるそうです。
そこで免疫力増強、寿命の長期化を目指して
三重らせん構造の遺伝子を、人工的に造ろうとしてるのですよねぇ。

iPS細胞の応用技術が躍進して難病が完治するか、
生まれつき三重らせん構造の超新人類が急増するか。
いずれにしても、近未来の子供たちには朗報ですね。

ところで、仮にミラクル長寿時代が来たとして、
皆さんは150歳、200歳とかまで、生きたいですかぁ?
もちろん、150歳くらいまではピンピン。
180歳くらいから、足腰が衰えて、みたいな時代だとして、です。

わたし? 
(o´_`o)ハァ・・・今生に満腹です。
もう食べられません。
すでに『終活』済ませてますし……(^_^ ;)


死なんて、どこにも存在していない。
神がそんなことを許すほど悪だと思っているの? 
ただ状態の変化があるだけで、魂は永遠なんだ。
未開文明の人たちは前世の記憶を維持したまま
肉体が変わるということを許されてない。
それが“死”という幻想を生み出すんだ。
でも“文明世界”の人たちはみな
過去の経験をはっきりと覚えているんだよ。
        アミ小さな宇宙人



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エピソード/父ちゃん

 15, 2017 00:10
羊飼いの少年


一人きりの静寂な時間が好きだった私は、
小学5年ともなると、薪小屋の2畳ほどのスペースで寝てました。
ボロ屋ながら家はあったのですが、六畳二間と台所、
あとは豆腐屋家業の作業所という環境だったので、
父に頼んで小屋に台座を造って畳を入れてもらい、
念願のプライバシー空間を確保したというわけです。

しばらくして、捨て犬に遭遇。
よちよち歩きの子犬の可愛さに圧倒され、小屋で飼うことにしました。
名前は『シロ』……真っ白なワンちゃん、そのまんまです。
親に内緒ですから、あえて夕食を残して運んだり、
学校に行くときは少し戸を開けて、
子犬が自由に出入りできるようにしておいたのでした。
(村はずれの我が家、燐家は一軒だけ)

2カ月が過ぎても、親から咎められなかったので、
認めてくれたものだと思い、胸を撫でおろしました。
シロと遊ぶのが楽しみで、
学校からスキップしながら帰ったものです。

ところが、ある日、シロの姿が見当たりません。

『父ちゃん、シロ、知らん?』
『よう、知らんのう……どっかで遊んどるがやろぅ』

父を信頼していたので、母には聞きませんでした。
幼年期から貧困と辛酸をなめ尽くした母は、
無知蒙昧で、金の亡者のような人だったからです。

が、しか~し、です。
その日の夕方、台所から『すき焼き』の匂いが漂ってきました。
(((ʘ ʘ;)))おかしい!と、直観しました。
『すき焼き』なんて、わが家では大晦日だけのはず。
それも卵を得るための、自家用鶏をつぶして、でしたから‥‥。

(((ʘ ʘ;)))ま、ま、 まさか…そんなはずは…。
そう思いながら母屋に行くと、晩酌しながら父がい言いました。
『旨いぞ! 風子も食べんかぁ!』

心が凍りつきました。
ですが恐ろしくて、ストレートに聞けるはずもありません。
感情を押し殺し、その辺にあるもので夕食を済ませ、
流しに茶碗を運びながら、母の耳元で囁きました。
『あの肉、ひょっとして……シロ?』
苦笑いしたまま、母は答えませんでした。
(◎ー◎;)…それが何よりの答えだと、確信しました。

((((;゚;Д;゚;))))カタカタ …… なんてことを……((((;゚;Д;゚;))))
子供が可愛がってるワンちゃん食べるって、どんな神経?
肉食べたかったら、ウサギでも獲ってきたらいいやん!
鶏、つぶせよ…なんだってシロを…(´-﹏-`;)…o(;_;)o。

その日から3か月ほど、父と口を利きませんでした。
ですが子供なりに、父の人間性を俯瞰し続けました。

というのも、父は“良い人”だったんです。
感情を顕わにして怒ることなどない、温厚な人でした。
学歴こそありませんが博学で、なんでも教えてくれました。
即答できないことは、調べてでも、です。
焼酎好きで晩酌はしましたが、その後は読書して就寝。
雨風の強い日にはライフワークだった人相や手相学、
東洋医学や、薬草などの研究をしていました。

年に一度、すき焼き用の鶏を捌くときは、
『これが食道……これが砂袋いうてのぉ、
砂ごと突いて食べてしまう鶏の特徴ながよ。
面白いもんで、牛は胃が四つもあるがぜぇ』
などと、解剖学的な説明を加えてくれたものです。

大工でもないのに家を建てたり、機械修理もできるし、
絵もすこぶる上手なマルチ人間でした。
どう塗り直しても池の色が上手く描けず、
最終的に父を頼った展示会用の絵は、
郡が主催する中学生部門の展示会で、金賞に輝きました。
『池の色彩が突出して素晴らしい…』という評価で。(o´_`o)ハァ・・・。

父はまた、涙もろい人でもありました。
もともと正義感が強く、判官贔屓する人で、
情愛ものの浪曲なんかを聞いても泣いていました。

それが戦争体験となると、テンションはMAX。
晩酌をしながら、父は決まってフィリピンの話をするのですが、
私は毎回、相槌を入れながら上手に聞くよう努めました。
母があまりも不愛想で、父が気の毒だったからです。

日本軍は、フィリピンの村々で、大量虐殺を繰り返したそうです。
女子供、老人など、罪もない村人を、です。
泣きながら刃を向ける二等兵たちに向かって、
鬼軍曹が足蹴りして喝をいれたのだとか……。

戦局が不利に傾き、ジャングルを逃げ回るようになると、
飢えとマラリアで倒れる者続出。
人肉をむさぼる輩も現れ、
そのときばかりは死んだ方がましだと思ったそうです。

終戦になり、引き上げ船に乗ったとき、
残酷な命令を下した軍曹を、みんなで海に投げ込んだそうです。
父は加担しなかったそうですが、二等兵たちの心情に泣き、
それを止めなかった自分も同罪だと、泣くのです。
この話は何百回も聞きましたが、父は毎回、泣きました。


子供なりに、記憶にある父を回想すること3カ月。
とりあえずですが、父に対する憎しみが消えました。

『!(・。・)b 父ちゃんにとって、
シロは食料やったんや。
何も言わないって、変だったもんなぁ。
2か月って……太るのを待ってたんやぁ。
ウサギや、鶏、イノシシや、赤犬と同じなんやぁ。
もしかしてジャングルで飢え死にしそうになったら、
私だって、野良犬を食料にしたかも…… 』

赤犬というのは、もともと郷里の山に生息。
オオカミとの混血犬のことで、イノシシ同様、
かつては村人の食料として狩られていました。
父の話では、イノシシに似て美味だと言います。
父はまた、雪の日に罠を仕掛けてウサギを。
何匹ものマムシの皮を剥ぎ、
干して炙って、酒の肴にしていました。
そのワイルドな食の延長線上に、シロがいたわけです。

食べ物について、深く々、考えました。
自分は魚だってキジ(鳥)だって、喜んで食べた。
ウサギや鶏も、美味しかった。
都会に住む叔母ちゃんは、ステーキご馳走してくれた。
み~んな“生き物の命”食べている。
可愛いペットだから、って理由で、
父を恨み続けるってのも、なんか変かも……。
そう思って、許すことにしたのです。


久しぶりに実家を訪ねたとき(34歳)、父が言いました。
『わしゃ、もう死ぬけんの。皆の未来を占って書いておいたぜ』
『なんで?‥元気ピンピンやんかぁ』
『このところ毎晩のように、夢で母親が迎えに来るがよ』
『(((ʘ ʘ;)))……・』

躊躇はしましたが、思い切って“死”をテーマに雑談しました。
そんな方向にでも話を振らなければ、
いたたまれなかったのです。

『へぇ……。
けど、いい機会やから聞いておくわ。
父ちゃんは、人間、死んだら終わりやと思てる?
魂とか…どう思ってんの?』
『よっ、そりゃあ、人間、死んだら終いよ。
腐って土に還るがよ』
『そうかなぁ……。
私、魂は永遠やと思てんねん。
そしたらな、父ちゃん。
死んだとき、魂があるってわかったら、
私に合図してくれへん?
絶対やで!…約束してな!』
そう念を押すと、父は笑いながら頭を掻きました。

この会話の1ヵ月後、父は余命3カ月という宣告を受けます。
甚だしい黄疸で、目が真っ黄色……。
胆管、膵管が交差する厄介な場所の癌で、オペも不可能でした。


父が亡くなり数週間が経った頃、
私の心身に、顕著な変化が……。
父は、私との約束を守ってくれたのでした。
詳細記事はココ 身につくもの・つけるもの➁

エリザベス・キュプラー・ロス著『人生は廻る輪のように』の中で、
エリザベスは、魂や輪廻のあるなしで夫と口論になります。
怒った夫(外科医)が言います。
『もし本当に魂があるなら、僕が死んだとき、
お墓の前に、真紅のバラを咲かせてみせるよ』

で……奇しくも夫が急死。
娘と夫の墓に行ったエリザベスは、雪の日にも関わらず、
そこで真紅のバラが咲いているのを見て驚喜します。
『マニー、解ったのね! ありがとう…』 と……。


さて、話を今に戻して……。
“おしんの時代”と違い、空前のペットブームです。
夫より、妻よりもワンちゃん、猫ちゃん『命』。
そんな人々が圧倒的ですから、
こんな記事発信したら『どんな親やぁ!』と、
袋叩きになりそうですが……。(^_^ ;)

50数年もの間、誰にも打ち明けなかった、この話……。
最近、ひょんなことから、ある人にメールで告白しました。
折しも『洞窟おじさん』の映画を見たことが重なり、
父の思い出として記事にしておきたくなったのでした。

もっとも深刻な難民問題などは、
『洞窟おじさん』のサバイバルどころではありません。
船上で尿を飲んで水分を補給したとか、
亡くなった人の肉をたべたとか……。
そんなニュースを観るたびに、
スルーしてはいけない問題に思えたことも確かです。


さ~て、ここで質問です。
あなたが、ジャングルを彷徨う兵隊の一人だったとして、
飢え死か、生か、その選択を迫られたとき、
亡くなった同胞の肉を食べるでしょうか?

えっ?……。
そんなこと絶対にあり得ないから、答えられない、ですって?
それは、ずるい、逃避です。
よ~く、よく、考えてみませんか?

うん? (((ʘ ʘ;)))わたし?……。

飢餓の経験ないですからねぇ。
いざとなったら、それに耐えられず、
食べるかも?((((;゚;Д;゚;))))カタカタ。
ってか、それまでに、命、尽きてて欲しいですが、
自決する度胸なんてないので、
殺してもらえたら、喜んで食料になります。(^_^ ;)

こうして真剣に考えてみると、
飢えることのない現状は、それだけで天国ですよねぇ。(*^▽^*)




あらゆる動物において最も激しい欲望は、
肉欲と飢餓である。
ジョゼフ・アディソン(詩人、政治家、文学者)




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第三の目(印堂)

 10, 2017 12:30
第三の目 ➁

印堂


『こんなチャチな模型の頭蓋骨なんて、嫌だなぁ。
蝶形骨とか、脳の内部、全然見えないじゃないですかぁ……』

○○東洋医学院の学生だった頃、
大胆にも、解剖学講師だった阪大の教授に愚痴りました。
頭蓋骨の模型はプラ製の分厚い造りで、縫合部はギザギザの線だけ。
派手な原色が塗られた、玩具のような代物だったからです。
もちろん、二人だけのひそひそ話です。
(学費とプライドの高さはピカいちの専門学校で、
兵庫医大や、阪大から講師を招いていた)

解剖学の講義は、骨格や内蔵の模型が格納された
理科室のような場所で行われます。
グループに分かれて四角いテーブルに座るわけですが、
大半の生徒は、舟をこぐか(バイトかけもちで疲労困憊の生徒多い)、
試験に備えた自習に専念(やたら試験が多い)するしまつ……。
一方の私はというと、解剖学となると超熱心でした。
講義は目を輝かせて熱心に聞いていましたし、
先生より年上のオバちゃん生徒だったので、
大胆、かつ、お気楽に、遊び心満載の、
ひそひそ話ができたというわけです。

で、その講師……。
次の週に、本物の頭蓋骨を持ってきてくれました。
それはガンジス川で晒した美しい頭蓋骨で、
彼が個人的に買ったものだと聞きました。

『ワ~オ、嬉しい!…奇麗!…いいなぁ…。
これ、いくらです?…10万円?…欲しいなぁ。』
『そ、それ、ふつうの人が持ってたら、警察、来ますよ』
『!(・。・)…あっ、そっかぁ、そうですよね。あはは… 』

頭蓋骨は、息をのむほど魅力的でした。
なんてったって第六、第七のチャクラが存在する領域です。
眼窩や大後頭孔から覗くと、精巧で美しい蝶形骨が、よく見えました。
羽を広げた蝶の、胴体部分の最上部に、玉座のようなわずかな窪みがあって、
そこに脳下垂体が乗るのです。

『先生、脳下垂体後方の松果体って、
教科書では説明部分が白紙になってますけど、
どんな働きしてるんですかぁ?』 → 画像、黄色の部分

頭蓋骨を愛おしそうに撫でながら、聞きました。

『ふ~む、21世紀は脳の時代とか言われてるけど、
まだよくは解ってないんだよねぇ。』

『尾小体(尾底骨の先端にある)も説明は白紙ですが、
なんらかのホルモン分泌と関係はしてますよね?
だって、危険に遭遇したら、お尻の先端、ムズムズするし、
瞑想とかしてたら、眉間の中央が振動するし、
その奥の脳下垂体と松果体って、
体感的には連動してるって思うんですけど……。
先生はどう思われます?』

重要なツボである、自らの『印堂(いんどう)』を指さし、
その少し上が『第三の目』でもあると、説明しながら聞きました。

『(*′☉.̫☉) へぇ、眉間のこと、印堂っていうの?
第三の目って、聞いたことあるけど、そこ?
振動するの?‥‥瞑想とかするんだ。(。・?_?・。)ムゥ…』

『……あっ、そうだ!…先生、MRIで脳の断層撮影とかしますよね。、
そのエネルギーって、イルカやヘビなんかが発射する超音波ですよね。
イルカは超音波発射して小魚なんか気絶させて捕食しますが、
人体への影響って、どうなんでしょう?』

『う~む……それもデーター、ないんだよねぇ。(´・_・‘)』

と、まぁ、私は西洋医学の講師を困らせてばかりいました。
なにせ人体を知ることが目的でしたので、貪欲だったのです。

★米エール大学の現在の見解では、 超音波診断装置の長時間使用で、
  脳神経細胞の発達に異常あると発表。



さ~て、本日のテーマは『第三の目』。
人体にある第六のチャクラの話です。
第三の目なんて、言葉の響きからして興味津々ですよねぇ。
ミステリアス、オカルト……そんなイメージでしょうか?

Web検索すると、出るわ出るわ……。
第三の目をデザイン化、マークにしたようなスピページ。
で、わかったような、わからないような解説のラッシュです。
ものすごく大げさなコピーが並んでいて、
第三の目を開眼するための方法論とかが、
多くのページを埋めています。(o´_`o)ハァ・・・

はて、『第三の目』を開眼させて、一体、なにをしたいんでしょうね。
宇宙散策?
覚者のポジション?
新興宗教の教祖?
飯のタネ?
だとしたら開眼どころか、
サタン(低級霊)集団に誘われる結果になりませんかね?

思うに……。
『第三の目』開眼云々って、そんな大層なものではないと思います。
そこが開いてなくても、社会に奉仕している人はたくさんいます。
阪神大震災のとき現場に駆け付けた、東北の大工さんが言いました。
『仕事?‥そんなこと考えもしませんでした。
気がついたら、神戸にいたんです…』と。
あるいは、『世界なぜそこに日本人』なんかの番組観てたら、
途上国の貧民街で、私財をはたいて子供たちに教育を施したり、
無償医療を提供する医師、技術の提供を惜しまない一般人もたくさんいます。
彼らは、自らの『第三の目』が開いていることなど知りません。
ただ、心が切望するままに愛の行動をとる人々。
それが本物……悟っている人々なんですよねぇ。

一方、子供の頃から『第三の目』で映像を見ていた私。
不思議なものを観たし、感じましたが、未だ彼らの域には達していません。
暮らしを優先して、神戸、東北大震災ともボランティアもせず、
気持ちを、わずかな寄付金で示しただけの、
ふつうのオバちゃんに過ぎないのです……(^_^ ;)

ですが、せっかくのテーマですし、
皆さんも興味はあるでしょうから、続けます。

『第三の目』の正確な位置は、
冒頭の図の、印堂というツボから上に1~2㎝ほど。
ほど、というのは……。
人の顔は丸顔、面長、いろいろでしょうから、
眉間の中央から上に1~2㎝で、
押すと、ジーンとするところ…が、正解です。
そのジーンと感じる奥に、脳下垂体。
さらに脳の深いところに松果体があります。

松の実に似た形の松果体は、
睡眠や免疫機能、老化防止を司るホルモン、
メラトニン(情報伝達物質)を分泌しますが、
その他の働きは、未だ解明されていません。
というのも松果体は、生後から発達して
思春期で縮小してしまう
ので、解剖、生理学的には
未だに謎に包まれている器官なんです。
そういえば、過去世の記憶を持ってる子供でも、
それが思春期まで続いた例はないんですよねぇ


ただ、私の体験による感覚としては…。
脳下垂体と松果体は連動していて、
人の内なる世界を広げるスイッチや、
ゲートの役割をしていると感じます。
たとえばパラレルワードや、
高次の世界につながる為の入り口、って感じです。

印堂あたりで見るビジョンは、
透明なパネルに映る動画そのものです。
動画の向こうには、ふつうの風景が広がっていますが、
ビジョンの方に、よりピントが合っている感じです。


子供の頃は、眉間のスクリーンでよく映像を見ていました。デジャ・ビュ
ただ、劇的な内容ではなく、些細なできごとが大半でした。
知人が訪ねてくる。 → 母の知人
友人が夫に殴られてる。 → 親しい女性
遠方の親友が飛行機のチケット買ってる。 → 映像は不鮮明でテレパシーの感覚

そんなことが続き、19歳以降は幽体離脱体験を5回、しました。
⒈タイに向かう飛行機の中で、
⒉タイ人の彼氏の実家で、
⒊ベッドで寝ていて……。
⒋瞑想中に(九州)、
⒌誘導瞑想中に(大阪)

⒈と⒉は、何の前触れもなく、いきなり……でしたが、
⒊⒋⒌に関しては、離脱までのプロセスが鮮烈でした。

まず、腹部に微細な渦のようなパルスが生じ、
それが腹部を横断して、腰椎にある命門というツボに至ります。
すると徐々に振動が強くなり、背骨に沿いながら頭頂(ツボの百会)に。
そのとき“大切なものが抜ける”…と感じ、
最初は恐ろしくて目を開けてしまいました。(パルス停止)
二回目からは、パルスが頭頂に至ると、瞬時に離脱しました。
会陰、臍下丹田(関元)、命門、百会……。
これらのツボは、パルスの変電所だと感じたものです。

で、離脱後の世界ですが……。
そこでは地球的概念は崩壊します。

わ・た・し・という分離した個体は消え、
わ・た・しの意識だけが存在している世界です。
存在パターンは様々です。
360度、永遠に広がるスペースの中の意識の点(目)だったり、
賢者のような存在だったり、
光を見上げる赤ん坊だったり、
風や雲、陽の光や、木々に浸透、拡散している意識。
わたしは陽の光であり、風であり、水であり、
木々そのものになって、そこにいました。
森羅万象の全てが、わ・た・しだと解る不可思議さ……。
そんな感じです。

★このブログの最初、独立しているカテゴリー20話は、
不思議体験に満ちています。
 
これらの体験……一応、文章にはしていますが、
読者に理解されるのは難しいと判っています。
的確な、的を得た熟語も見当たらないし、描写ができないのです。
どんなに思考を巡らせてみても、
たぶん、文豪だろうと科学者だろうと……。
筆舌に尽くしがたい……まさに、その世界観ですから。

さらに、神秘体験や離脱体験は『両刃の剣』的な側面があります。
まず、その世界の奇想天外さ、素晴らしさに心奪われ、
どんどん欲求がエスカレートしていきます。
忘却の川を遡り、個としてのアカシックレコードを読みたい、みたいな……。

結果、友人、知人との、ふつうの会話ができなくなり、
物に対する執着はもちろん、衣食住や人間関係を含む、
今生の全てが色褪せてしまいます。 
その反面、誰にも言えない、
理解されないという孤立感に苛まれたりします。
で……、
だから、どうしろというのよ?
どうせなら、もっと鮮明に、具体的に見せてくれない? と、
宇宙に対して文句言ったりするわけです。(顕在意識のエゴ)

さらに過去世が、断片的に蘇ったりすると悲惨です。

詳しくは伏せますが、今の連れ合いと私は、
過去世で三度、絡んでいます。
最初は姉妹…日本人の生で、妹の私の名前は『小夜』。
二度目は親子…私が息子で、連れ合いは母という関係でした。
三度目が、婚約者の自殺というセンセーショナルな事件に。
婚約者(今の連れ合い・女性)がいながら、
私(男)が他の女性にうつつを抜かし、女性は自殺。

というのも、今の連れ合いと初めて交わったとき、
過去世の映像と感覚がフィードバックしたのです。
その瞬間、男女が入れ替わっていました。
私は彼女の上に重なり、柔らかな肌触りと香りに、
エクスタシーに、陶酔していたのです。

(◎ー◎;)(((ʘ ʘ;)))……((((;゚;Д;゚;))))カタカタ

もちろん、ショックで飛び起きましたよ。
心臓バクバク、冷汗タラタラ、発狂しそうでした。
しらけた表情で私を見る彼(今の連れ合い)……。
動転するばかりで、心境など言えるはずもありません。
結局、急な体調不良だとかなんとか言って、
早々に帰ってもらいました。

で……、一週間ほど“夢遊病状態”でした。
仕事に行ったのか、食事はしたのか……。
それさえも記憶から抜け落ちていました。

ただ…その、とんでもない過去世を知ることで、
どう抗っても断ち切れなかった男(今の連れ合い)への、
感情の出所…原因が腑に落ちました。
その経緯はココ 性と霊魂の旅
相手との完結編はココ 期待


やがて、少しづつ思考が変化していきました。
神秘体験や、離脱は、なんのために?
なぜ、私に起きたのだろう?
ここから先の人生は、どう生きたらいいのだろう?
2年近くプータローした理由です。

( ˘ ³˘)……ここでちょっと講釈。
だから、スピブログで、天使ミカエルのお告げが、とか、
なんとか姫が、とか読むと、(。・?_?・。)…こんな顔になります。
実際に体験していたら、ビジネスになんて絶対に無理。
驚異、至福、畏敬、後悔に打ちのめされ、
人生の軌道修正をせずにはいられないのですから……。

(((ʘ ʘ;)))あわわ……それを言っちゃあ、お終いです<(_ _)>
スピビジネス界からクレーム来ま~す(^_^ ;)
インドの哲学者が言ってましたぁ。
人は見たいものを見ますし、信じたいものを信じる、って‥‥。


で、紆余曲折を経て……ヒーリング鍼灸師が誕生。
ただ単に、個人レベルの『なりたい自分』になって、
オバちゃんストーリーが完結したというわけです。


余談ですが、50歳くらいまで視力2,0だったものですから、
ここ数年で、急激に老眼が進行。
長時間、パソコン画面で記事書くの苦痛です。(´-﹏-`;)
しかも、ここ3、4年、身体のどの部位にも、パルス発生しません。
(*′☉.̫☉) 歳とともに、第三の目も老化するんでしょうか?

ってことは……。
ふつうのオバちゃんが、
ある日を境に、ふつうではなくなり、
時を経て、ふつうのオバちゃんに戻った、ってことですよねぇ。(^_^ ;)


最近、役所から『介護保険の利用案内』来ましたもんね。
∵ゞ(´ε`●) ブハッ!! …ダメ押しされたようなもんです。
ああ、引退じゃ、引退!




私たちの中にある動を感知する器官を研究したり、
なぜ私たちがこういう姿や形をして
地球上に生きているかを研究する為には、
動のない世界、宇宙に行って調べなければならない
          向井千秋(宇宙飛行士)




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ぶれない心

 07, 2017 00:05
雪原



2~3日、音信不通になっていた友の、かつての言葉です。

『“毅然”という言葉の意味が知りとうてなぁ、
海を見に行ったんや……。
風の強い日でなぁ。
そそり立つ岩々に向かって、
何度も何度も、凄い波が打ち寄せてなぁ。
それを見てたら泣けて、泣けて……。
どう生きればいいか教えてもろたわ』


自尊心や執着、妬みや謗りの渦巻く人間関係に、
相当、悩んでいたようです。
聰明でセンスがあり、カリスマ性を秘めた……。
私から観るとスーパーマルチ人間に思えた女性で、
ほとんど愚痴らない人でしたから、かなり衝撃でした。

毅然とは、『自分の信念を貫くしっかりした態度』のことですが、
彼女は辞書の説明なんて信じないタイプでした。
毅然という言葉の在り様……現象を求めていたのです。

何度も々、凄い波が打ち寄せても、ぶれない心。
凄いですね。
思うに……。
この生き方ができる人の心には、
『壮絶』が潜んでいると思っていました。

飢え、貧困、挫折、失望、差別、離別、不条理、悲しみ、怒り、etc。
一見、負の感情のように思えるエネルギーが充満したとき、
人は『毅然』という“在り方”を選択すると……。
考えてみると私自身も、そのように生きてきたような気がします。

ところが、どっこいです。
歳を重ねるとともに毅然が縮小し、対極的とも思える
『ひょうひょう』に近づいている自分を感じているのです。


実を言うと、それに憧れていました。
軽~るく、ときにふらふらと、現れては消える、みたいな『ひょうひょう』。
言葉のイメージとしては掴みどころがないようですが……。

世俗にこだわらず、
他人に振り回されず、
執着心も強くなく、
しがらみに囚われることもない。
だからといって、優柔不断ではなく、
確固たるメンタルも持っている、
心がぶれない人間に、
です。

( ̄~ ̄;) ウーン……。
毅然も、ひょうひょうも、メンタルは同じかも……。
両方とも核となる信念があるという意味において、
“ぶれない心”を格納しているってことでしょうね。
強いて違いを言えば……。
『毅然』は若く、『ひょうひょう』は年季ってことかもしれませんね。


ぶれない、と言えば、フィギィアスケートの麻央ちゃんですよね。
誰がなんといってもトリプルアクセル。
彼女は一人で、一番を目指しています。
さまざまな麻央ちゃんの中の、パーフェクト麻央を。
彼女のファンは大抵、その精神性に感銘をうけるのでしょうね。

ぶれると言えば、風見鶏の政治家か、トランプでしょうね。(^_^ ;)
物事の本質を深く知らない者は、周囲の洞察に揺れるしかないんですねぇ。

!(・。・)b うん?
ぶれるといえば、意図的にぶれる業界は多いですよね。
ファッション、ヘアスタイル、飲食、車のモデルチェンジなどなど、
『流行』という大義名分のもとに、ぶれ続ける商業界です。(^_^ ;)

流行は、進化とは違います。
流行は、単に意図的な『ぶれ』だと、私は思っています。
揺れて、変化して、戻って、また揺れる……。
消費者の大半は、購買心理学的戦略に踊らされるわけです。

一方、進化は、上昇です。
ぶれない心が土台の、上昇なんですねぇ。


(*′☉.̫☉)…なんの話か?って?

このページ定番の……。
『なりたい自分』への近道の話で~す!
宇宙に、わ・た・しを見つけてもらう近道の話です!

えっ?‥‥耳にタコできた?
(´ー`*)ウンウン ……もっと増やしちゃう。(^_^ ;)

Aもいいし、Bもいい。
その中間もいいし、何もしないのもいい。
気の向くままに、
お気楽モードで、
全てはあるがままに……って、
ここ10年ほど流行してましたよね。

ですが、よく考えると……。
ぶれまくる心を、さらに助長するだけだと、
最近になって若者たちが気づいてきているんですよねぇ。
その例が、番組『金曜プレミアム キビシー』でしょうか?
癒しが好まれ、お気楽人生に埋没する風潮の中、
あえて厳しい修行にトライする若者たち……。

もっとも昔から、キビシー修行に身を置く人たちはいました。
ですがNHK以外で、番組になったのは珍しいと思います。
ネットで書評とか見ると……。 → 新番組でデータは少ない。
感動した。心を揺り動かされた。自分も頑張る。
そんな若者たちのコメントがちらほら。
まさに、意識の振り子運動かも?…と、感じました。


そこで、話は変わって……。
医療系の学校では必ず、ハンス・セリエの『ストレス学説』を学びます。
ストレスによる体内のホルモン系変化などをまとめたもので、
ストレス過多によって病気を発症する一方、
適度なストレスは人を強くし、向上させ、喜びを与えると習います。

その真意……。
年中適温だと、ちょっとした温度差で風を引いたりしますが、
夏の暑さ、冬の寒さが丈夫な皮膚を作ります。
急坂を登り続けるからこそ登山は、
登頂したとき達成感に満たされるのですよね。
資格試験や、受験戦争に打ち勝つことで、自信をつけていきます。
子育てや、介護で忍耐力を養い、我慢強くて寛容な精神性を身に着けます。
生理学的には、アドレナリンや、プロスタグランジン、ドーパミンなどが作用して、
強い身体と精神を作ってくれるというわけです。


ぶれない心と向上心は、進化の道……。

人と比べることなく、自分の中の『なりたい自分』を師と仰いでいて、
麻央ちゃんって、ステキですねぇ。
たとえ平昌オリンピックに出られなかったとしても、
オバちゃんはいつも、彼女に胸キュンです。(*^▽^*)


●ストレスは、 「生活のスパイス」と考えなさい。
●ストレスというものが存在しなければ、
 人間は滅んでいただろう。
●ストレスを避けてはいけません。
 それは食べ物や愛、 運動を避けるようなものです。
●すべてのストレスは、 私たちに傷跡を残していきます。
 でもそれは、同じような ストレスに襲われた時に、
 今度は私たちを守ってくれるのです。→ 耐久力ホルモン↑
●世界に貢献することに焦点を合わせなさい。
 そうすればきっと、あなたは長生きが できるでしょう。        
                   ハンス・セリエ




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エピソード/超能力

 02, 2017 10:10
イルカと月①


38歳で営業職を辞めて、ある女性(Kちゃん)のセミナーに通いながら
プー太郎やってた頃の話です。

ある日、Kちゃんから『特別セミナー』ーの参加を促されました。
潜在能力を開発するためのセミナーで、
事業主や、スポーツ選手なども参加しているらしいとのこと。
二つ返事で受けました。
過剰な読書で頭が混沌としていた私には、
願ってもない内容に思えたのです。

内容は、次のようなものです。
⒈ 名刺で、20回連続で、割り箸を切断する。
⒉ 爪楊枝で、20回連続で、割り箸を切断する。
⒊ 厚紙に書いた文字を透視する。
⒋ 膨らませた風船に箸を通す。
この四種類の特訓でした。


セミナー会場に入ると、最初に講師陣による
デモンストレーションが行われました。
割りばしの両端を2人の講師がそれぞれに支え、
1人が名刺を持って立ちスタンバイ。
すぐに照明が消されて、
スポットライトに照らされたステージが浮かびあがりました。

講師たちは気合い入れ、精神統一を図りました。
すると、名刺が刃物になったかのように、
つぎつぎと割り箸を切断していくではないですか。
みごとな連続技に、
参加者全員が拍手喝采したのはいうまでもありません。


割箸切りは、臍下丹田に力を入れて45度の角度で切り込みます。
宮本武蔵の世界観なわけです。
その場合、腕力に頼ると名刺が折れ曲がり、
指先が箸に当たれば裂傷を負ってしまいます。
名刺を持った手もろとも身体全体を、
瞬時に落とすのがコツのようでした。

そうはいっても実際にやってみると至難の業でした。
格好良さに感動して楽しめたのは1~2時間です。
さらに連続20回という条件をクリアするのは、
並大抵のことではないと解りました。
10数回まで連続して切れたとしても、
20回までに失敗すれば振り出しに戻るからです。

このチャレンジ……食事休憩とトイレ以外は、
三日三晩、不眠不休で進行します。


何百回もの屈伸で膝が痛み、裂傷で指先が腫れあがる頃には
自らの、猜疑心との戦いが始まります。
いい歳をして、なんでこんなことやってんだろう。
かくし芸のひとつに過ぎないじゃん。
これができたからって、なんぼのもんやの。
3日間も寝ずに、ぶっ通す意味ってなんやの。
そうやって反発することで自分を慰めるわけです。



2日目の夜、係員に断って洗面所に向かいました。
汗だくの顔と、血まみれの手を洗うつもりだったのですが、
気がつくと、なぜかホースで頭から冷水を浴びていました。
すると不思議に邪念が吹っ飛び、頭の中が空っぽになりました。
脳が、思考を停止した感じです。

「風子、いきます!」 
会場に戻るや否や、私はただ一点を見つめて切り込んでいました。
肉体は名刺のように軽く、割り箸は異様に太く見えました。
切り込む角度がクローズアップされ、
まるで制御されているかのように、
肉体が上下運動を繰り返すのです。

突如、講師の手が伸びてきて握手を求められました。
事は、一瞬で終わっていたのです。
 
目標を達成すると、周囲の人々の苦闘が愛しく思えました。
そこで、挑戦者に寄り添うことにしました。
そばで念を送れば、彼らのパワーが増幅されるような気がしたのです。
もっとも時間の経過と共に次々と達成者は現われましたが、
最後に残された50歳過ぎの小母さんが、
今にも泣き出しそうに私を凝視しました。

「大丈夫、できるよ。必ずできる」 
思わず彼女を強く抱きしめていました。

「みんなで念を送ろう!」 
誰かが言いました。
その迫力に奮い立ったのでしょう。
小母さんは涙を拭い、覚悟を定めたかのような深呼吸をして、
一気に切り込みました。

愛のパワーが充満する会場に、
小母さんの気合だけが響き渡りました。

「ウォー、やったー!」 
喝采が小母さんを包みました。
それを機に、百数十名の参加者全員が、
代わる代わる抱き合いました。
苦しさと戦うことで、
個人レベルの価値観や優劣が消え去っていたのです。
(ちなみに、風子婆、優勝してました(^_^ ;))

不思議ですねぇ。
名刺による割り箸切ができると、爪楊枝で割り箸、ってのも
意外に簡単にできるのです。
(((ʘ ʘ;)))透視も、不可能から次第に、見えてきますし(成功率80%)
風船も破裂せずに、割り箸が入っていくのですから(◎ー◎;)‥‥。

その夜、大広間は消灯され、全員が大シャバアサナーに入りました。
大の字に寝転ぶことで筋肉を弛緩させ、
内なる自己を見つめるヨ-ガのポーズです。

暗闇にも関わらず、視界を埋め尽くす紫色に感激して、
私は泣いていました。
紫色は眉間の中央に位置するチャクラの色です。
それは第三の目と言われ、宇宙との交信ポイントだけに、
祝福を受けているような気がしたものです。

必要な時に、必要な人や物に恵まれた感謝の念が沸き起こりました。
途中、疑心暗鬼に見舞われたものの、
この訓練で、私は多くの教訓を学んだことに気がついたのです。

固定観念に縛られないこと。
心を解き放つこと。
無心になること。
自分を愛するように人を愛すること……。


この記事は、エリアンダーさんの動画を見ていてアップしました。
エリアンダーさん自身が発信している動画のアカデミー賞を
ご自分でランキング。その中の『幼稚園児 涙の挑戦』です。 夏への扉
この動画を見てて、自分の体験を思い出した、というわけです。

エリアンダーさんの動画は幼稚園児ですから、
それはそれは感動! うるうるですよo(;_;)o



が、しかぁ~し‥‥。
そのセミナーから帰って数週間もすると、
なんと、超能力が消失。
なんど試みても、20回連続ができないのです。


飲みにでも行ったら、披露しようと企んでいたのに……。(。・?_?・。)ムゥ…


ポチが、励みになります!…(*´~`*)。o○


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