イマジネイション

 28, 2017 00:01
雲の曼荼羅 001



雲の生まれる瞬間は、なんど見ても面白いです。

何もなかったはずの空間に、淡い綿菓子状の靄が発生したと思えば、
一瞬にして消えてしまう。
すると、場所を変えて同じような靄が発生するのですが、
見ている間に大きな雲の塊になります。
人の目に見えるか否かで量る、
ものの見方の曖昧さを思い知らされる瞬間です。


雲は水の分子の集合体です。
それはまた変身の達人でもあります。
氷や雪として存在しているかと思えば、
水蒸気となって姿を消すことだってできるわけです。

人の目に見えないからといってないわけではないのに、、
若い頃の私は、いつの間にか、その存在など忘れていました。
忙しさにかまけて出来事が起こる予兆に気づかず、
人々の感情を思い測ろうともせずに、
いかに画一的な判断を下してきたことか…。

それにしても、人間という種に与えられた目の機能と限界を思います。
人にはイルカや、コウモリなどが持つ透視能力もなければ、
渡り鳥や回遊魚が頼りにする磁場線だって見えません。
目に見えなくても意識を向け、想像することで解明された
動物たちのスーパーセンス(超能力)です。
(イギリスBBC 動物のスーパーセンスより)

いっそ人の眼が、電子顕微鏡だったらどうでしょう?
一粒ごとに違う雪の結晶パターンを識別できる眼です。
そうなればメーカーの宣伝文句に踊らされることはなくなります。
優れた水を自分の目で確かめることができるばかりか、
肉や魚に含まれるアミノ酸の配列や、細胞膜を見極めることによって、
味や鮮度は一目瞭然というもの。
色素や防腐剤、安定剤の使用などは激減することでしょう。

が、しかし、その眼は美しい風景を眺めることができるでしょうか。
川面に映る水草や、透明な水、小魚の群れはどうでしょう。
おそらく全てはモザイク様の世界に違いありません。
水草の細胞の周りに水の結晶が重なり、
その前後左右に魚の皮膚細胞が重なっているばかりか、
それら全てが動き回って見えるわけです。
想像するだけで、めまいをおこしそうにも思えます。

もっとも、空気中の細菌やウィルスの全てが見えたら、
誰も深呼吸などできません。
まして、ダニのウジャウジャいる畳に寝転ぶのは、
勇気のいることに違いないですね。

いや、もっと大切なことがあります。
電子顕微鏡の目は、愛する人と他人をどうやって区別するのでしょう。
誰もが同じ成分で作られている人体です。
美人だろうが肥満体だろうが、外見的な特徴は度外視されて、
細胞で埋め尽くされる臓器の形や、
流れる赤血球の数かなんかで判断するかもしれないのです。
よしましょう! 想像するだけで身の毛がよだちます。(´-﹏-`;)


雲の生まれる瞬間は、今もなお、その魅力に惹きつけられます。
『わたしはここに居る』と主張する、水の分子たちを意識するばかりか、
同時に、自分の中にある固定観念や、
思い込みを省みる絶好の機会とになるからです。

!(・。・)b   ひょっとしたら……。
見えないものを見る感覚……シックスセンス(第六感)を養うために、
あるいは、塊だと思っているものが、実は隙間だらけだと知るために、
大自然は、そこに展開しているのかも……と、思うのです。


オバちゃん、イギリスBBC放送ファンです。
この局のプロデューサーは、想像力が豊です。
とくに動物の超能力(スーパーセンス)解明や、
自然界への愛と、洞察に溢れる番組が多いからです。
NHK2ch『地球ドラマチック』は、BBC提供の内容が多いです。
映像はNHKのハイビジョンに勝るものはないでしょうが、
企画力は、日本の国営放送より進化していると感じます。


見ているものが全てではなく、
一時的な状態だと解かっていたら、
許し、忘れて、関係を修復することができる。
寒中で吐く息と雲が、
同じものだと解かっていたら、
先入観をリセットして、
やわらか頭の人生を歩めると知っている。
イマジネイション(想像力)こそが、
人間関係のクッションであり、
知恵や、智慧になりうると……。
             風子  



★今日の記事は、過去記事『オバちゃんのフォトエッセイ21話』の中の
 『雲』から編集しています。( ˘ ³˘)      


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エピソード/郷に入れば

 23, 2017 01:00
小川村全景


過去記事のカテゴリー『鍼灸オバちゃんの田舎暮らし (18話)』は、
患者さんたちとの交流を描いた実話です。
ほっこりと、ちょっと切なく、コミカルな内容が多いのですが、
実際は、なじめない掟や風習を背景とする多くの裏話に満ちています。
今日は過去記事に書かなかった、郷のありさまを紹介しておきましょう。

なぜって…?
心に、わだかまりがあるんです。
田舎暮らしで、テレビ局の取材を三度も受けたのですが、
放映されたものは『やらせストーリー』ばかり。
郷に入るという暮らしの、実体、実感を、リアルに伝えられなかった。
オバちゃんには今も、そんな無念さがあるんです。

民放の取材はひどい……最悪です。
名古屋テレビが『あこがれの田舎暮らし』。
信越テレビが『素晴らしき夫婦』というテーマで取材に来たのですが、
ノリノリのリポーターが、勝手にはしゃいでストーリーを創作。
インタビューシーンの映像はあるものの、
内容は視聴者受けするコピーに差し替えられていたのです。

せめてNHKなら…そんな思いで取材を受けましたが、ガッカリでした。
『田舎暮らしに憧れている人たちにアドバイスを…。』
というので、正直にメリット、デメリットを話したのですが、
放映されたのはポジィティブ発言のみ。
いわゆる視聴者受けする内容に限定されていました。

NHKの取材は二日がかり。
謝礼はゼロで、クルー5名の食事も用意するんです。(暗黙の常識?)
近所の爺婆とのコミュニケ撮りたいとかで、
料理を作って皆さんを集め、さんざん振り回された挙句、
地区の皆さんへの寸志もなしで、個人的に菓子折りなど配る結果に。
で、放映時間は15分。σ(・´ω‘・) 
集まってもらった爺婆たちには、さんざん文句を言われました。
『オラ、テレビに映るってんで、他府県の親戚にまで電話したに、
まったく映ってなかったじゃねぇか!(●`∧´)』と…… → 誤り続けて、ご機嫌取り。

アマチュア写真家の夫と、鍼灸オバちゃんの組み合わせが面白かったのか、
あるとき、テレビ朝日『人生の楽園』が取材許可を求めてきました。
(テレビ局って、田舎にも情報網持ってます)

即、お断りしました。(^_^ ;) 
人生の楽園ともなると放映時間30分。
仕事もできず4~5日がかりですから‥‥。
その代わりとかで、テレビ局は万華鏡作家の移住者(患者)を取材。
母親が頚椎症で寝たきり、妻が統合失調症、本人がヘルニアという状態での撮影に、
見ている方がハラハラドキドキ……。
(生活苦に病人を抱えていたので、宣伝したいと思ったのでしょう。)
正直、局に対しては『バカやろう!』と、思ったのでした。

田舎暮らしは、慎重に検討することをお勧めします。
信州安曇野に移住組の同好会があって、定期的に親睦会もありましたが、
10年後には、20組中半数が転居、あるいは都会に戻りました。
中でも悲惨だったのは、白馬の移住者。
移住早々、墓の穴掘り。→ さまざまな勤労奉仕の一環
大規模な豚舎からの悪臭に苦しみ(地元民には金をばらまいて口封じ)
2800万の立派な古民家を手放しました。
購入まで何度も足は運んだのですが、
匂いは、その日の風向き次第で気づけなかったわけです。

もっとも、白馬村に移住した旧友は、自治組織を避けて、
あえて大規模別荘地に家を建てました。
管理会社に5万/年を払い、村の行事に関する業務の代行委任したわけです。

よくありますよね。
『10万円で暮らせる夢の田舎暮らし』なんてキャッチフレーズ。
近所から野菜の差し入れ、食べ放題の山菜、ゼロ円生活、とか‥‥。
頂くと、それなりのお礼をしますし、山菜も業者に荒らされて枯渇ぎみ。
入山禁止の山も多いものです。
また、自治会に関する出費も大きいです。
年会費、祭りや、花火、集会場改装などの寄付金額がスゴイのです。

自宅が古民家だと、3~5年おきに、屋根のペンキ塗りに30万。
寒冷地だと光熱費は莫大です。
薪を買うなら4万円/月、灯油でも2~3万円は必須です。

最近、ワイドショーで和歌山の別荘、格安物件が放映されていました。
南海トラフの巨大地震が予告されて10数年。
物件が売れずに困った組織が、番組に依頼したんでしょうね。

ね!……。
田舎暮らしって、誰もが一度は憧れますが、
テレビ局の創作物語に騙されないように、
現地に何度も足を運んで、詳細を聞き込むのが肝心です。


さて、ここからは郷のメンタルについて。
そこで12年暮らしたオバちゃんの、正直な思い、想いを発信します。

かつては陸の孤島だった僻地の村のこと。
食うや食わずの暮らしを強いられた親世代の観念が、
骨の髄まで沁み込んでいるのでしょう。
まずは、村人たちの強烈なハングリー精神に驚きました。

そもそも村には仕事がなく、年寄りしかいません。
運よく村役場や農協勤めができた少数派はいますが(村ではエリート)、
休日でも体を休ませる人など、ほとんどいません。
自家用、あるいは副収入目的の畑仕事を、平日の朝夕と、休日に行い、
連休などは木の伐採や、草刈りのバイトにも励みます。
まさに二足、三足の草鞋で、馬車馬のように働くわけです。
その甲斐あってか、勤め先のある村人は物持ちです。
機械貧乏だぁ‥とか言いながらも、乗用車や軽四トラックは一家に3~4台。
200万は下らない耕運機や、稲刈り機、それらを格納する小屋には、
稲の乾燥機や精米機まで完備しているのです。

そんなハングリー精神の延長なのでしょう。
選挙戦は、彼らにとって臨時収入を得るための一大イベントでした。

人々の関心は候補者のマニュフェストや、村全体の発展ではありません。
自らの1票が何10万になるのか…。
自分たちの地区にどれほどの便宜を図ってもらえるのか…。
この二点にあります。
(*′☉.̫☉)選挙違反ですって?
村に駐在所はありますが、よそ者の駐在員なんて蚊帳の外。
過疎の村は、自治組織こそが法、という側面を持っています。

ですから、選挙戦に突入すると、村中が北朝鮮状態になります。
個人の意思などは無視され、地区が定めた候補者の応援を強要されるわけで、
直立不動で選挙カーを迎え、拍手と握手を繰り返して盛り上げます。
でないと、即刻、村八分ですから‥‥。
候補者同士の接戦ともなると、あからさまに対抗馬のゴシップを吹聴し、
敵陣に汚泥をばら撒く輩もいます。(うんこ、ですよ。うんこ…(´-﹏-`;))
(。・?_?・。)ムゥ…冗談おいて、瀕死の婆さまでも、
戸板に乗せて投票所に運ばれるほどなんです。

だからといって私たちのような、よそ者の票などは端からあてにされていません。
下手に金を積んで、常識的な正義を振り回されては困るからです。
聞いたところでは、最低が一票10万。
焦っている候補者なら20~30万になるというから驚きです。


そんな村人から見ると、金にもならない趣味や、
ボランティアを行う者などは軽蔑されます。

『おめぇんちの父さん、写真やって金になるだか?』
『(*′☉.̫☉)…いやいや、趣味だから金には……』
『たまげたなぇ!…金にならねぇだか?
そりゃあ、お大臣さま(おでいじんさま)だなぇ』と
通りすがりの爺婆とかにも、よくからかわれたものです。

もっとも、どこにでも低俗な人間はいます。
施術の恩恵にあずかれる者からは感謝されても、
その繁盛ぶりが疎ましいのか、
事あるごとに意地の悪い物言いをする者もいるという具合に……。

また、田舎では人々が助け合って暮らしていると思いがちですが、
村人の多くは善意に甘えることを嫌います。
力仕事を手伝うとか、食べ物などをおすそ分けでもしようものなら、
怖いもののように即日、お返しが戻ります。
それも大層な返しなので、再びお返しをせざるを得ないわけで、
数年もすると、頼まれない限り、手助けは遠慮するのが常識になります。

それには勿論、理由があります。
ああしてやった、こうもしてやったと吹聴され、
否が応にも“恩を着せられる機会”を作らないこと。
酒の肴にされることを避ける知恵に他ありません。

この観念ばかりは、意外過ぎて腹がたちました。
村人たちって、助け合うんじゃないの?
それを逆手に取って自慢話や恩着せするって、
どんな精神性してるわけ? と、悲しくさえなったものです。

閉鎖的な世界(井の中の蛙)ですから、村人たちはうわさ話が大好きです。
一人一時間の施術の間、私は患者たちの噂話に耳を傾け続けました。

離れた地区や隣村との姻戚関係、家族の事情や病歴、
過去の争い事や事件の数々、時の勢力構図や、恨みつらみの全てを、です。
中でも地権争いの恨みは深刻で、
子や孫の代になっても絶交状態にあるといいます。

とくに存在感の薄れた年寄りたちは昔話に浸るのが好きで、
事件性のある話題の語りには熱が入ります。
読み書きのできない者の多くは、地権を定める書類の意義も判らず、
酒をふるまわれて騙され、挙句に自殺とか‥‥。
時代錯誤も甚だしい物語が、今も残存する世界でした。

ある婆さまなどは、騙されて自殺に追い込まれた者の怨念話や、
他殺説の真意を巡り、霊能者を訪ね回るのを趣味にしていました。
いわゆる話題作りのレベルで‥‥。
そんな婆ちゃん方は、したたかで扱いにくいです。
娘ほど歳の離れた私などは手のひらで転がされ、策略に利用されたものです。


ある日、独居老婆(78歳)に乳癌の兆候を発見。
検査を勧めました。
ですが1ヶ月後も病院に行ってなかったので、
仕方なく県外に住む娘に連絡をとりました。
その時点で娘は感謝していたのですが……。

一週間後の長距離電話で、娘は豹変していました。
『母の癌を人に言うなんて、どうしてくれるんです!
あなた鍼灸師でしょう?
守秘義務を怠るなんて……』
娘から、金切り声を浴びせられました。

『(。・?_?・。)ムゥ…誤解です。私は誰にも話していませんよ』
まったく身に覚えのないことでした。

『(●`∧´) そんなことないでしょう?
友だちが知っているからには、先生がしゃべったに違いないと、
母が言っていますよ!』
娘は、血管が切れそうな勢いで怒鳴りました。
万事休す……(o´_`o)ハァ・・・。
何を言っても無駄だと悟りました。

3ヶ月後、事の詳細が明らかになりました。
婆さまは昔から折り合いの悪かった娘を嫌い、
自分の症状を友人に打ち明けたようでした。

そのため、検査結果が乳癌だと判った夜のこと。
結果を案じていた友人から電話が入り、
それをたまたま実家にいた娘が受けたらしいのです。
娘は怒り狂い、母親を罵倒したようです。
その理由がすごい。
人の不幸は蜜の味だから、村人なんかに話してはいけないと。

娘の激怒ぶりに慄き、婆さまは誰にも言ってないと嘘をついたようです。
検査結果を案じていた友人も施術に通っていることを幸いに、
鍼の先生が喋ったに違いないと釈明したのでした。
(後日、その友人という婆ちゃんから聞きました)


その後、婆さまの手術は成功し、千葉県の娘の元で暮らしています。
もちろん、娘から誤解されたままです。

医者や鍼灸師から聞いたと言えば信憑性が増すようで、
村人の情報源として、私は幾度となく彼らの手玉にとられました。
例えば、よかれと思って話したことが、トピックスにすり替わることもあります。

幾つもの峰や山々に隔てられている集落のこと。
移動手段のない村の年寄りたちは、親戚でも何年も顔を見ないことが多く……。
鍼灸院などは互いの様子をうかがい知る情報源らしく、さまざまなことを聞かれます。

『○○も来てるらしいなぇ。
オラの従妹だがさぇ。5年も会ってねぇだ。
元気だか? どこ悪いだぁ?』
そう聞かれれば、適当に返事をしないわけにはいきません。

『うん、元気よ。ちょっと膝が痛いみたいで。
父ちゃん入院してるし、タバコの収穫時期で大変みたい』
という具合です。
ところが、このパターンの会話には必ず尾ひれがつきます。

だいぶ膝が悪いらしい。
手術しねぇと治らねぇようだ。
親父は脳梗塞だ。
先生が言うには、もう、百姓は無理ってこんだなぇ

手術?脳梗塞?……誰からの情報? とは思いますが、
患者さんたちは誰かに、得意顔で情報を発信するのが楽しみというわけです。


12年も経つと、私は誰よりも“村の事情通”になりました。
守秘義務を盾に、猫も杓子も言いたい放題。
愚痴や罵詈雑言、村政と業者の癒着構造や、村民同士の諍い源。
県外から嫁いで30数年のキャリア嫁たちが、未だによそ者扱いされる現実。
儲け話の配分や、介護施設への入所も、金とコネ次第というわけです。


そんな話に耳を傾けているうちに、村に骨を埋める気力は消失。
大阪に戻ろうかと思い始めたとき、それを後押しするような事情が発生しました。
空き家だった燐家に、都会から移住者が来たまでは良かったのですが、
ある思想に傾倒した連中で、他府県からの車の出入りが激しくなりました。

『あんたんちの隣に奇妙な連中が来たってじゃね?
客人が帰るときに抱き合うって? 
車が観えなくなるまで大きな旗振って、ありゃあ宗教かい?
まさか、オームじゃあるめぇな?』
ある日、ウォーキング中に村人に呼び止められました。

『いやいや、オームじゃないから安心して。
テンツクマンっていう思想家に傾倒してるみたいで、
そのグループが出入りしてるみたい。
自然主義に徹して玄米菜食とか、自力出産とか、
オムツもさせずにスッポンポン子育て、やってるみたい。
いずれ、大勢で暮すんだって。
まっ、新人類って感じかも……。
あんまり騒がしいのも困るし、話しい合ってはいるんだけど…』

やがて突如、古民家の改装工事が始まりました。
背後に出資してくれるオーナーがいるようで、表向きは農家民宿。
実体は思想を共有する連中とシェアハウスして、
活動の信州拠点のようなものを作る計画のようでした。

話し合いは決裂。
地区の反対を押し切ってでも、実行することが判りました。

時を同じくして、連れ合いが心臓病を発症。
冬は零下10数度の世界ですから、心臓疾患には堪えます。
山間部のことで、救急車到着までには時間がかかります。

そろそろ潮時かも……。
ごく自然に、そう思いました。

不思議ですねぇ。
鍼灸院としてはメチャメチャ繁盛していたのですが、
ここで骨は埋めないと決心したとたん、
動かざるを得ない状況、事情が生じたのです。

大阪に戻る予告をすると、村中が大騒ぎになりました。
新人類が騒がしいなら、離れた地区に家を提供するとか、
村長を筆頭に、反対運動グループ起こすとか‥‥。

ですが、全てに目をつむって、引っ越しを決行しました。


大阪に戻った後、連れ合いは大阪南医療センターに入院。
一度心臓を止め、電気ショック療法を受けました。
心臓肥大まで進行していると不可能だったのですが、ラッキーでした。
幸いにも経過が良く、薬を飲みながら、今も菜園を楽しんでいます。

大阪に戻ると知り、掌を返す態度になった村人や、患者さんもいましたが、
今も長距離電話をかけてきては、近況を話してくれる村人もいます。
小川村から車で30分ほどの美麻村での事件を、得意げに聞かせてくれる婆さまも、です。

美麻村の移住者が、グループで大麻販売していたニュース。
ご存知でしょう?(美麻村、その近隣の村に分散)
表向きは音楽ライブ。
実態は大麻の販売パーティだった事件です。
このよううな実例があると、村人の警戒心はMax。
『まったく…よそ者ってのは、ろくなもんじゃねぇ!』
ってなもんで、今後、移住者の受け入れは難しいでしょうね。

あくまで主観ですが……。
『郷に入れば郷に従う』という考え方には無理があります。
美しいことわざに思えますが……。
(*′☉.̫☉)ドッコイ! ただの悪習の数々です。
そんなもんに従えるかい!と、オバちゃんは思いました。



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オネェたちの新世界

 17, 2017 01:00
幻想宇宙



『デブもここまでくれば、自慢せずにはいられないの。
相撲取りでもプロレスラーでもなければ、大食い選手権や、
フードファイトクラブからのお誘いの声もかからない、
ただのデブよ。

人を笑わせる行為って、最も客観性が必要なことよね。
しかも、それってとても自虐的要素の強い作業で、
己が人様からどんなふうに見られているのか、
何を求められているのかを冷静に判断できなければ、
そこに笑いは生まれない。
客観性って、いかに自分を曝け出せるのか、
嘘をつけずにいられるのかなんだろうね。

誰もが良い夫、良い妻を見つけ、
社会的にも経済的にも安定しながら生活したいもの。
その一方で奔放な生活……、
特に奔放な性生活も楽しみたいというのは両立しません。
それは非常に図々しい話です』   マツコ・デラックス



世の中を達観しているオネェ……。
どれも、なかなかの名言ですよねぇ。
テレビで見ない日はないマツコ・デラックス
どうして、あんなにもてるのだろう? と思ったことはないですか?

巨体と毒舌のインパクトはもとより、鋭い洞察力、俯瞰できる力。
まずは、コメンテーターとしての才能がピカイチなんでしょうね。
しかも、上っ面のお世辞を言わない人間でありながら、誠実で義理堅いそうです。

もっとも、ゲイ雑誌『Badi 』の記者・編集者などを務め、
作家・中村うさぎさんから後押しされて、コラムニストとしても活躍したようで、
それが才能を開花させる基礎力になったのでしょう。


さて、ここ10年ほどは『オネェ・タレント』全盛期ですね。
カルーセル麻紀や、 ピーターなどは、今やレジェンド的な存在。
美輪明宏などは、オネェから観たら『神の域』と言われているようですが……。
★オネエ……ゲイの全てではなく、女性の心を持ったタイプを指す。

あなたは、彼らの存在をどう思います?
好き?
きらい?
気持ち悪い?

オバちゃん、彼らの生き方、大好きです。
とくに、トークやメイクのプロとして本物の力があるIKKOさん。
美のカリスマでありながら、有名女優のヘアーメイク時はすっぴんですし、
ショーなどではカツラを投げ捨てて、素の自分を曝します(観客大爆笑!)

振付師のKABAちゃん 。
気配り万点の優しい人のようですし、
双子のオカマコンビとして売り出したおすぎ&ピーコ
彼らの母は、その生き方に驚きもせず、ただ『優しい人になりなさい』と諭したそうです。
ピーコは、眼球摘出手術を受けて初めて、
脊椎カリエス(せむし状態)で、偏見に耐えていた姉 の気持ちが解ったようです。
(同性愛者に向けられる偏見より、ずっと辛いと…)

思うに……。
オネエたちは相対的にポジティブで、人として深いと感じます。


35年前、店の常連客だった同性愛カップルも、そうでした。
50歳前後の男性カップルで、旦那さんは新聞記者。
妻は女装の専業主婦でしたが、立ち居振る舞い、気づかい、
話し方の全てが、女の鑑のような人でした。
その妻、女装はしていますが、誰が見ても男だと判ります。
肩幅や手足も骨太で、ゴッツイのです。
化粧はしていても、肌の荒さや、口周りの髭跡が判るわけです。
にもかかわらず白昼堂々と、カップルで歩いている姿に心を打たれ、
妙に感動さえしたものです。
(35年前ですから、周囲は偏見に満ちていた)

営業時代、打ち上げ食事会の後に、
営業員を連れてよく『オカマbar』行きました。
美形の男子が揃ったホストクラブは退屈ですが、
オカマたちは全員、芸達者で話題性が豊富。
笑わせるツボを心得ていて、抱腹絶倒の連続でした。
女性ホルモン注射打って死にそうになった話や、
体調や気分の激変を告白してくれるのですが、
悲惨な状況をも笑いに変える、語り口の上手いこと。
笑い過ぎて腸がねじれそうになりながら、心密かに思ったものです。
尊敬するなぁ‥切ないなぁ…それでいて、なんだか愛しいと……。


オネェたちは躍進して、新世界を創造しました。
偏見をものともせずに、『なりたい自分』の道を邁進し、
多くのファンを獲得したんですねぇ。

彼らはかつて、性同一性障害だと診断されました。
医学的には、胎児の頃の脳の形成過程が深く関与しているとか言われますが、
私、そうは思っていません。
性の多様性という課題を背負った……。
偏見を乗り越えて『わたしを生きる』象徴として……・
魂レベルで選択したのでは? と、思っているわけです。

というのも、オネェたちの戦いは偏見だけではありません。
病名をつけないと保険が効かないという問題を含めて、
アメリカや、ヨーロッパの多くが認めているように、戸籍や、
社会保障の平等、法律の改正にも、向かい合うことになるからです。

島国の日本政府は、ちょっと、頭、固いし、スローだと思います。
性の多様性傾向に限らず、派遣と正社員の給与格差、待機児童問題、
天皇陛下の生前退位など々、さっさと法改正して対処しないと…(^_^ ;)
ガイヤの意思はもとより、
三重らせん構造の遺伝子を持った子供がいる時代なんですから……。
過去記事『DNA』 → DNA

それを思えば、自然界の臨機応変なこと。
魚類の約2%、約300種類の魚が性転換します。
雄が死ぬと雌が性転換するベラのようなタイプもいれば、
雄雌両方の生殖器をもつ同体の魚もいます。
性転換の頻度が1日に20回にも及ぶチョークバスなんてのも‥‥。

ホモだの、ゲイだの、同性愛だの……。
特別視している方が偏見される時代じゃないでしょうかねぇ。((´∀`*))



誰でも心の中に
もっとも深く根ざしている願望は、
自分の本当の価値を
認めてもらいたいということです。
他人の価値を認めなさい。
そうすればあなたの価値も認めてもらえます。
          ヘレンケラー




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記憶

 12, 2017 01:00
胎児 宇宙



映画監督の黒澤明が、次のような言葉を残しています。

何もないところから、ものを創りだしていると思っているのは、
人間の驕りだよ。
生まれてから今までのどこかで、耳にし、目にした何かが、
知らず知らずに入り込んだ記憶が、
何かのきっかけで呼び覚まされて動き出す。
そうやって、創造していくんだと思うよ。
 

(´ー`*)ウンウン …ごもっとも、と、思います。

ですが、ちょっぴり惜しいかも?
生れてからの記憶だけではなく、前世、前々世からの記憶では?
と、私は思っています。

例えばモーツアルト……5歳にして作曲を始めたそうです。
5歳の小さな指では届くはずもない、1~2オクターブも離れた曲を、です。

また14歳で、アレグリ作の九声合唱曲「ミゼーレ」を、
一度聴いただけで記憶し、書き写したそうです。
耳だけで九声を聴き分け、楽譜を完璧にコピーするとは、
絶対音感どころか、超絶対音感の持ち主で、
人間の領域を超えているとしか思えませんよね。

早熟、多作、創作のスピード、作品の質の高さとも、
パーフェクトな天才といわれたモーツアルト。
この場合、過去世からの積み重ねでは? 
そう思うのは私だけでしょうか……。

エジソンは言いました。
『天才とは1%のひらめきと99%の努力である』と。
文豪トルストイは、
『天才とは強烈なる忍耐者をいう』と。

(´ー`*)ウンウン ……両者ともに現実的な説得力に満ちています。

実際に、フギィアスケーターの麻央ちゃんだって3歳からスケートを始め、
『ミラクル麻央』とか言われたのは14歳でしたし、
牛田智大さんは、現在12歳で天才ピアニストと言われています。
その他、格闘技やブレイクダンス、絵の世界、数学などなど、
秘められた素質と、最低10年ほどは努力した結果、
天才だと言われる人って、けっこういますよね。

ですが、モーツアルト。
5歳で作曲し、一度聴いたら楽譜を仕上げられるって、
超人という域では納得できない『なにか…』があると思いませんか?

モーツアルトの生涯を描いた映画、
『アマデウス』を観ていて思ったものです。

人としては、ちゃらんぽらんのグチャグチャだなぁ。
曲は、創っているのではなく、一瞬で、シャワーのように降りてきてる?
その旋律を脳内で楽譜化し、ペンを持った手は、ただコピーしてる?
!(・。・)…なるほど。
前世からリレーしている作曲家なんだろうなぁ、と。

そんな大胆な想像に至ったのは、なぜ?…って?

理由があるんです。
私、生後数か月とか、1歳~3歳くらいまでの記憶が、
いちいち、鮮明に、あったんです。

8カ月くらいだと思いますが、(後に母に確かめました)
ねんねこでおんぶされて、火事の現場を見ていました。
火の勢いや、煙の匂い、人々の喧騒は、しっかりと記憶に残っています。

よちよち歩きを始めたとき、明かりとりの天窓から落下。
(屋根を歩く姉たちの後を追い、ガラスを踏み抜いた)
豆腐屋でしたから天井は高く、
作業部屋のコンクリート面に落下していたら命はなかったでしょうが、
天窓の50~60㎝下に角材が通っていて(幅7~8㎝)、その上に立っていたのです。
首から上は屋根上に出して、です。
姉や兄はひどく叱られてましたが、その夜に限って、
家族の誰もが妙に優しかったことも、しっかり覚えていました。

2歳の頃、近所の婆ちゃんが庭先で、
『安寿と厨子王』の物語を話聞かせてくれました。
竹ぼうきのようなもので、干豆を混ぜながら、それはそれは上手に……。
おかげでストーリーは、今も丸覚えなんです。

4歳になり、幼稚園での昼寝布団を縫うとかなんとか、ってときに、
急に引っ越しが決まり、田舎の父の実家に向かいました。
1時間ほど、トラックに揺られていたときの風景も記憶にあるのです。

自分はどうして、ここに生まれたのだろう?
小学4年生くらいまで、そんなことを思っていました。
見る夢は毎回、同じで、あちこちの空を飛び続けていましたし、
未来的に起きる状況や、場所を、よく夢で見ました。デジャ・ビュ

たびたび高熱を出す子供でしたが、
高熱でうなされる夢は毎回、ストーリーが同じでした。
次々と湧き起こる雲、奇妙な木製の構造物、カタン、カタンと響く音。
決まって、この3点セットでした。
熱が下がって夢から覚めると、決まって全身が金縛り状態。
姉に話しかけられ、応えもするのですが、身体が硬直して動かないのです。
『今は食べたくない。夢の続きを見てるし……』
などと、反応するわけです。
そんな私を、家族はよく『変わった子やのう…』と。

ここらへんで、やっと……、
自分が、みんなとは少し違うんだぁと、知ったわけです。


神秘体験の後、一時的に、断片的に蘇った記憶は、
今生のものではありませんでした。
戦士だったり、修道士だったり、壮年の女性の終末だったり……。

戦士だった話は過去記事に、過去世

修道士は、教会の屋根から落下するシーンの記憶で、
何のために屋根にいたのか詳細は解りませんが、
落ちていくときに展開した“走馬燈”の記憶があります。 → 高所恐怖症の原因

壮年女性の終末シーンは、ものすごくリアルです。
日本家屋のような建物の2階で、布団に横たわっていました。
左側が障子の入った窓で、大きな木の影が映り、雨音が聞こえました。
『なにか食べる?』
頭上の戸(ふすま?)が開き、誰かが声をかけてくれました。(誰か不明)
『ううん、もうすぐ死ぬし、いい…』
穏やかで、安らぎに満ちた死でした。


そんな背景や体験からですが、
人間の限界を超越しているような人を見ると、
過去世からの『リレーやってる?』と思うわけです。

ところがドッコイ!
10年ほど前に気づきました。
過去世だと思っていたストーリーの数々って、遠い昔の物語ではなく、
(*′☉.̫☉)同時進行で展開している、別の人生だと。
束ねられた映画フィルムの、一コマ、一コマが、選択した人生だと。
フィルムは、増えも減りもせず、そこに在るし、
それを広げて全体を観ると、どのストーリーも同時に存在していると……。


そのことに気づいたのは、
過去記事『空白の時間・私はどこに』に書いた不可解な現象でした。
実は、同じような体験を3度もしていたのです。
信じられないでしょうが、3度とも運転中でした。空白の時間・私はどこに

その頃、いつも注意深く見ていた(BS3)宇宙物理学が躍進。
何もないと思われていた宇宙空間にダークマターが、
ついで反物質などが発見されました。
物理学者たちの常識が次々と覆り、再びアインシュタイン説が優勢に。
その情報をキャッチしたのでしょう。
バック・トゥ・ザ・フュチャー、マトリックス、コンタクトなど、
時空を超えたSF映画が次々と制作されました。

しかも、過去記事『時間』に書いているように、
宇宙物理学者の精鋭たちが、本当は、時間などというものはないと公言。
私の中では俄然、パラレルワードが真実味を帯びたというわけです。
時間 
時間と空間の謎


今現在も、宇宙物理学者たちによる時空の解明が進行中だけに、
こんなことを書き連ねても脳がエンストするだけかも?
そう思いながらも、生きやすさのカギになれば、と、書いておきますね。


この景色、見たことがあるような…。
この人、知ってるような…。
この会話パターン、過去にもしたような…。
ひらめき、直観、予感……。
ぜ~んぶ、大切にした方がいいですよ。
アニメ『君の名は。』に描かれているように、
パラレルワードで生きる、
あなたからのメッセージかもしれませんから。


★アニメ『君の名は。』について、
 2016年10月現在、興行収入111億円、動員850万人突破したそうです。
 テーマはまさに、時空を超えた恋なのですが、
 SF的な難解さよりも「胸キュン」を優先させた、新海監督の勝利でしょうね。

それにしても、SF映画って面白いですねぇ。
難解な宇宙物理学情報も、編集加工されると、すんなり受け入れられます。
個人的には『マトリックス』や、『コンタクト』が好きですが、
❝集団の中の多くに共通する属性……ふつうの人は❞  ← ひとつ前の記事
物語の世界観や現象、次元設定なんかより、
『胸キュン』が好きなんでしょうね。(^_^ ;)


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わ・た・し

 07, 2017 09:30
幻想


『風子さん! ふつうのオバちゃんじゃないじゃないですかぁ‥‥』
たまに、こんなコメントをいただくことがあります。

『いえいえ、ごく、ふつうですってば…』 と、思っているので、
その真意を書くことにしました。

今日は、自分のことだけ、書いてみます。
存在をアピールするわけではありません。
手紙やメール、ブログなどを通じて、他者に発信する以外の、
素のわ・た・しは、どんな人間なのか。
自分でも知りたいと思ったものですから……。(^_^ ;)

ってか‥皆さんも自分のことって、知ってるようで、知らないと思いません?
人のことはよく見えるというか、批評判断しがちですが(もちろん私も)、
さて、自分のこととなると、どうでしょう。

私自身が、わ・た・しをよく知らなければ、
あなた自身が、あ・な・たを知らなければ、結局のところ……。
❝自分のことは棚に上げて❞みたいな人生、やりかねませんよねぇ。
そんな意味で、自らの性格的な特徴の解析、してみます。(*´ェ`*)


特に秀でているわけでもなく、
かといって、棄てたものでもなく、

特に頭がいいわけでもなく、
かといって、致命的なバカでもない。

特に欲深いわけでもなく、
かといって、無欲でもない。

特に品行方正でもなく、
かといって、悪事を働くわけでもない。

全体像はやっぱ、ふつうのオバちゃんなんですよねぇ。

うん(・_・?)……ち、ちょっと、お待ちください。
今さらですが『ふつう』って、なんですかね?

ありふれた、とくに珍しくもない、大多数、平均的などが『ふつう』だとして、
何に対して、どんな集団に照らしてなんでしょう?

人が1000人いたとして、
無視できないほど、多数の人が共有する属性ですかね?

確かに、大雑把にはそうなんでしょうが、
その属性の中でも、自分が思う『ふつう』と、
他人や大衆が思う『ふつう』の内容は違いますよね。
まして国や地方、時代別の集団ともなると、
『ふつう』という言葉は意味をなさなくなります。
その場所や時代だけに通用する概念、観念、風習ですから。

ワァーオ\(?。?”) ……( ̄~ ̄;) ウーン
『ふつう』って……あるようで、実際に定義はできない言葉かも?です。
真意が曖昧すぎて安易に使ってはいけない言葉のはずが、
猫も杓子も、『ふつう』に使ってしまう摩訶不思議。

ですがおかまいなく、仕切り直して……。

多数の人が共有する“ものの見方”が『ふつう』なら、
冒頭の全体像以外、オバちゃんはふつうではないかも?
たぶん、少数派の類でしょう……ハイ!<(_ _)>


わ・た・し‥‥こんな人間です。

・100%、輪廻転生を信じています。
・この世界は、肉眼で見えるものより、
 見えないものの方が圧倒的に多いと知っています。
・いつも、自らを内観します。
・自分と、他者を比べることはほとんどないです。
 一人で、一番を目指しているような人間です。
 一番というのは、日常的な出来事に振り回されることなく、
 “なりたい自分”で在る状態のこと。

・音楽、番組、本、住環境ともに、好き嫌いがはっきりしています。
 バラエティ番組と、CMは大嫌いで、テレビは予約録画で観ます。
 ドキュメンタリー、〇〇紀行の類、名作洋画、サイエンス、宇宙、大好きで、
 百聞が一見できる、映像の恩恵には感謝するタイプです。

・井戸端会議、喧騒、人込みは避け、静けさを好みます。
 夜8時就寝、朝2~3時起床のリズムで暮らしています。
 早朝の、静寂な時間は至福のひとときで、
 ブログなどはたいてい、この時間に書いてます。
 朝食を5時に済ませ、弁当作りをした後(連れ合いの菜園弁当)、
 ウォーキングや、ラジオ体操、ストレッチに出かけます(25年の習慣)
 これにはきっかけがありました。きっかけ

・掃除や、整理整頓大好き人間で、きれい好きです。
 ダイソンのハイパワー掃除機、欲しいくらい……。
・3~4日/週、3~4時間/1回、家事援助などのアルバイトをしていますが、
 主婦業との兼ね合いは余裕しゃくしゃく。
 PM5時に夕食を食べて、録画テレビを一本。
 8時にはベットインという、ご隠居さんリズムの暮らしです。

・理不尽極まりない状況なら、たとえ隣人でも喧嘩します。
 激昂することはないですが、用意周到に準備して理路整然と。
 言い換えると、勝てない喧嘩はしません。
 喧嘩しても次の日、顔を合わせたら、にっこり笑って挨拶。
 時間をかけて余談で笑わせておきます。

・もちろん、人間の好き嫌いもあります。
 本音を隠し、代償性の善行に勤しむ…いわゆる偽善者、嫌いです。
 (自らを偽ると、魂が発育不全になる)
 金や権力に囚われている人は、嫌いというより、気の毒に思います。
 (先は長いぞう…の心)
 浮浪者だろうが、ヤクザ屋さんだろうが、魂の美しい人は多いと知ってます。
 (職業柄、接触も多かった)
 
・街中に出かけたり、旅行、観劇、祭り、イベントなどには、
 まったく欲求が生じません。(若いときは相応に、今は時間がもったいない)
 人との交流も、たまに息子夫婦や孫、親族などが出入りする程度で、
 それ以外の余暇は庭いじりや、クレイ(樹脂粘土)造形。
 仕事を辞めたら、再度、クレイで妖精創り、チャレンジすると思います。
 (お金もですが、乾くとダメなので集中。恐ろしく手間かかります)

・生まれ変わったら、生命科学者になると決めてます。
 動植物を含めて、命ほど魅力的なテーマはないと思うんですよねぇ。
 足元の小宇宙(顕微鏡下の)探索を始めたら、
 一生でも足りないだろうと思うわけです。
・地球的概念の恋愛とか結婚とかは満腹です。ごちそうさまの感。
 生まれ変わったらどうなんでしょう。
 男女両性具有の人々が増えていたり、
 生殖パターンも様変わりしているかもしれませんが、
 高次の宇宙人とテレパシー恋愛なんかしているかも?

これが……わ・た・し です。



さて、ここからが本日の記事の核心。
面白い遊びの提案です。
それは人間曼荼羅。 人間曼荼羅で遊ぼう

まずは、今日の記事のように『わ・た・し』を分析。
『これが、私だ!』の詳細を列挙してみてください。
ふだんは判っているようで解らない『わ・た・し』です。
他者の言動と比較はするものの(相対的に)、
曖昧模糊としていて、
自分でもわからないまま放置している、
あなたの具体的な特質です。



(*′☉.̫☉)何のために?…ですって?

宇宙のバックアップを受けるためです。

自分で自分が判っていない状態って、
宇宙から観たら、その他多くの、
雑音レベルの意識体に過ぎません。
誰が、何をどうしたいのか、
宇宙は、はっきりして欲しいのです。
常に揺れ、迷い、深く考えることも放棄し続けていたのでは、
『これが、わ・た・し だ!』が見えないわけです。
肝心な本人が、自分のことを判ってないのでは、
バックアップのしようがないんです。


『これが、わ・た・し・だ!』 → 宇宙では、『誰が』に相当。
『わたしは、こうなる!』 → プロフィール宣言。
このふたつで、宇宙のバックアップ機構が始動します。
それが、宇宙の法則の真実ですから‥‥。
(この際、真実なんてない、とか、理屈は忘れて…(^_^ ;))

本当なんですよ。
ドラマチックな、オバちゃんの自伝ブログを読んで下さってる方々。
次々と問題は生じても、劇的に、スムーズに事が運んで、
何者かに守られ、導かれているように感じるでしょう?
もちろん努力もしましたし、混沌や失望、反省もありましたが、
いつも天を仰いで、『わ・た・し』を宣言し、感謝していました。
すでに叶っているかのように、です。

この感謝、もっとも解りやすく有効なのが、人間関係です。
人の中にあるものは、自分の中にあるもの、ですし、
あなたが接触してきた人たちは、今生の課題をクリアするために協力してくれる
ソウルメイトたちなんです。
良くも悪くも、好きだろうが、憎かろうが、です。

だから、人間曼荼羅を作成して、『わ・た・し』に影響を与えた、
全ての人々を並べてみてください。
あなたという人間を形成した源……その人間関係をしっかり見据えると、
たぶん、泣けてきますし、感謝の気持ちが湧いてくると思います。
毒親だろうが、恋人だろうが、メル友だろうが、大嫌いな上司だろうが、です。

長い話になりましたが、
『これが、わ・た・し だ!』 と、『感謝』は、
あなたの夢や願望を叶えるための必須ツールです。


引き寄せの法則みたいに、類が友を呼んで奪い合うこともありません。
わ・た・しオリジナルの自己実現策。
信じる者は救われる……(・_・?) もとい、
願望が叶います!!♪( ´ー‘)(´ー‘ )♪

願望はたぶん、どんな内容でもOKだと思います。
大富豪、スーパーマン、一流の詐欺師なんかでも……。
それを存分に体験することで、
次の課題に進級できることに変りはないでしょうから。(^_^ ;)


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人体の摩訶不思議

 03, 2017 08:00
月と猫



いきなりですが、ご存知でしょうか?

人は、意識を持った37兆個の細胞の集合体だということを。
しかも、37兆個の細胞の、ひとつひとつに意識があるということを……。

臓器移植を受けた人の嗜好や趣味が激変したり、
幻肢痛(切断した足の痛み)に悩まされるのは、
人の細胞が、脳と同じ意思を持っているからに他ならない。
大胆にも、オバちゃんはそう思っています。(^_^ ;)

私の知る限りですが、覚者と呼ばれた人で、
このことを知っているのはOSHOだけでした。

今回は人体の摩訶不思議について。
北アルプスを望む過疎の村で、意識(魂)の具現化である人体を、
鍼灸師の視点で見つめた話です。



≪患者A≫

正月3日の早朝、近所の主婦からSOSの電話が入りました。
金沢から来た実母が立てなくなり救急病院に行ったが、
神経性という診断で手当てをしてもらえなかったというのです。
(・_・?)…でしたが、とりあえず施術の依頼を引き受けました

「アァ、痛い、痛い、もう死んだ方がましや。
死んだ弟が夢枕に立って、私を責めるが……」
息子に抱かかえられてベッドに横たわるや否や、
老婆は心身の不幸を嘆きました。

「へぇ……生前、弟さんに意地悪したん?」
臍の下3寸にある、エネルギー回復のツボに灸頭鍼。
頭頂のツボ(四神総)に鍼をしながら、彼女の精神に向かい合いました。

「悪いことなんかしてないが。
けど、お父ちゃん死んでから病気ばかりして。
嫁には邪魔者扱いされるし、生きてて楽しいことなんか、な~にもないが」 
老婆は子供のように駄々をこねました。

「大丈夫。痛みはとれるし、すぐに歩けるよ」 
彼女の顔を覗き込み、その頬や肩をさすりながら言いました。

病気とは本来、気が病んだ状態です。
まさに老婆の被害者意識が創りあげた筋肉群のストライキ現象に、
私は“愛”という呪いをかけることにしました。

「お婆ちゃんな。な~んもせんでも、グズグズ言いながらでも、
生きてるだけで大したもんや!
嫁は自分の心と戦い、娘たちにもな、
情やジレンマと向かい合う機会を与えたようなもんや。
必要やったんよ。
自分のためにも周囲のためにも。
弟の霊もそうだけど、こんど現われたら聞けばいいやんか。
責めてるんじゃないと思うなぁ……。
姉ちゃんが心配で見守ってんのかもよ。
ええなぁ、霊ちゃんが見えて……。超能力やんか!羨ましい…」

一時間後、老婆は自らの足で車に乗り込み、
明日も来るから…と言いながら帰って行きました。
彼女の娘婿が、あっけにとられたのは言うまでもありません。


≪患者B≫

『わたし、パニック障害なんですけど、鍼で治ります?』

開口一番、Mさんがストレートに聞きました。(70歳 ♀)
症状を聞くと、心臓バクバク、呼吸困難、めまい、吐き気、眠れない、でした。

『パニック障害とか聞いたらビックリするけど、
医者は病名つけるの仕事だし……。
けど、大丈夫。体中が酸素不足で誤作動してるだけだから。
深刻に思いつめたり、したの?』
自律神経系の施術をしながら聞きました。

『いえ、なにも……ある日、突然』
初対面で、心情なんて言うわけないですが、
顕在意識で否定するからこそ、身体に現れるわけです。
しんどい、辛い、虚しいと、誰かに愚痴れない人が罹りやすい病気です。


『あのさぁ、ウォーキングでもダンスでもいいわ、有酸素運動して。
歩くなら速足で汗ばむくらい。ダンスなら…村では無理か?
気晴らしに長野市内まで出て、エアロビか、社交ダンスでもしたら?』
一通りの施術を終え、私が言いました。

『((´∀`*))…ダンス? この歳で? やだぁ先生!』
彼女が、服を着ながら大笑いしました。

『何言うてんの、Mさん。70歳にはとても見えへんよ。
ほんま、お世辞抜きで50代くらいにしか……。
スタイルいいし、洋服のセンスもいいし、村人とは思われへんわ……あっ、ゴメン。
しかも、そうやって片足立ちで5本指ソックス履くなんて、凄い!
私なんか、座らないとダメ。まともに履かれへん……』
何気なく、彼女を褒めたたえました。
お世辞ではなく、本当にそう思っていましたから。

小さな村のことです。
彼女の噂は、耳にしたことがありました。
村の建設会社で40年に渡り金庫番(経理)を務めた真面目な人。
会長の愛人で、その会長も亡くなったと……。

『あのぉ…病院の薬なんですけど、飲むと胃がおかしくなって。
やめた方がいいです?』
帰り間際に聞かれました。

『緊急に発作が起きたら飲んだらいいけど、大丈夫だと思うわ。
まっ、その辺はMさんの判断でいいよ。』


週に一度、施術に来るようになって1カ月が過ぎた頃、
Mさんが弾んだ声で言いました。

『わたし、フォークダンス始めたんです。
長野市内の会員制クラブで、世界の伝統的なフォークダンス。
この歳で、って思ったけど楽しくて、楽しくて……』

『(*′☉.̫☉)ほぉ…スゴ~イ!…ということは、衣装にもこだわって踊るん?』

『もちろんです。次の発表会はチロル地方の民族衣装なんだって……。』

『ええなぁ‥‥羨ましい。スリムなMさんなら衣装も映えるわ。
そのうちロマンスグレーの彼氏、できたりなんかして…』

こんな会話をして3か月……。
一度も薬を飲むことなく、Mさんのパニック障害は完治しました。


彼女たちの意識の、なににスイッチが入ったのかは判りません。
生理学的には、意識の変化と有酸素運動の効果として、
甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン↑? 
ドーパミン↑? 
ノルアドレナリン?
それら脳内物質の何が、どの程度作用したのかも解りませんでした。

うつろな精神、悩む、悲観的に思いつめているとき、
人は無意識に呼吸が浅いものです。
とくに脳は、酸素不足に陥りやすいのです。
交感神経(戦う神経)ばかりが旺盛になり、緊張から血管は収縮。
酸素不足の上に血液循環も悪くなります。
(*′☉.̫☉)精神→神経→免疫学(病は気から)の、
メカニズム、まっしぐらというわけです。


低体温の人が増え、冷え性人口が急増していることも
病気発症のリスクになります。
だからこそ、運動(有酸素運動)が大切です。
そのメリットは……。
•ストレス解消(自律神経のバランスが整う)
・景色、季節を感じ気分のリフレッシュ。(プラーナを吸う)
•肥満防止(体重より脂肪燃焼効果)
•生活習慣病の予防(深部体温上昇)
•脳の活性化
•心肺機能の向上
•筋力の低下予防




過疎の村では、現代医学に匙を投げられた患者さんたちを多く診ました。

・病院のハシゴでも治らなかった頸椎症は、ただ単に、
 枕を変えるよう指示しただけで完快。
 (首から肩にかける筋肉の過緊張を緩める施術のみ)

・整形外科で治らなかった神経絞扼症候群(肩から腕の激痛)や、
 突発性難聴(発症2ヵ月)は、数本の鍼とパルスの併用で完治。
 (患者が村長とか議員だったために、『神の手』のうわさが…)

・難病の赤血球減少性紫斑病は、その余命宣告を遅らせ、
 癌は、ステージⅢの末期くらいまでなら消失しました。
 (望診段階で無理だと感じた患者は、亡くなりました)

完治した患者さんたち共通の意識は、
大阪からやってきた鍼灸師への、100%の信頼だったかも? と思っています。
歳も歳だし、かなりの熟練鍼灸師、という錯覚?
好感度抜群(性格的に)な鍼灸師への信頼感?
私のおまじない効果?(^_^ ;)

この……施術前の『おまじない』について説明しておきますが、
『私の身体を通して、この人が癒されますように……ありがとう!』
それだけです。(鍼を通して光が浸透するイメージを保つ)

よくある症状群について……。
ぎっくり腰や、バネ指などは比較的容易に鍼灸効果が得られ、
五十肩、膝関節痛、腰痛、脊柱管狭窄症による下肢の痺れなど、
何十年にも渡る姿勢の悪さや、過度の使いすぎ、加齢による骨の異形成などは、
魔法のように即、完治というわけにはいきません。
痛み止めの常用で新たな医原病を発症するよりは、
鍼灸施術の方が安全で、全身症状にも良い、というくらい。
施術家の冷静な見解としては、たかが鍼……されど鍼でした。

ですが、それにも増して『意識の在り様』が大事です。

このことは、アンドリュー・ワイル博士の、
『人はなぜ治るのか』『癒す心、治る力』に詳しく書かれていますし、
その中のイボ取りの話などは超有名です。イボとりの話

ハーバード大学で植物学の学位、後に医学部を卒業した彼は、
世界放浪の旅に出て伝承医学を学びました。(日本の禅も)
人を、肉体としてではなく、意識体として捉える数少ない医師で、
その著書全てを読んだ私は、彼が神秘体験をしていると確信しました。
(慎重に言葉を選んではいますが、至る所で、それと判る)

意識の何かについて、身をもって示したのが、
末期ガンから生還した、インドのアニータ・ムアジャーニさんです。http://video.search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%8B&tid=4508ead8041363a5c82e485d1f53439b&ei=UTF-8&rkf=2&dd=1


もっとも、世界では1000人以上の人たちが末期ガンを克服し、論文に掲載されています。
(*′☉.̫☉)ケリー・ターナー博士の研究著書。http://president.jp/search/author/Kelly%20A.%20Turner

末期ガンから自力で生還した人たちが実践している9つのこと

・抜本的に食事を変える
・治療法は自分で決める
・直感に従う
・ハーブとサプリメントの力を借りる
・抑圧された感情を解き放つ
・より前向きに生きる
・周囲の人の支えを受け入れる
・自分の魂と深くつながる
・「どうしても生きたい理由」を持つ

だそうですよ。


私自身、臨床で何度も体験しましたが、
奇跡のようなことが起きたとき、多くの人の反応は3タイプほどに分かれます。
⒈ そんなバカな……トリック? まぐれ? 偶然に過ぎない。
⒉ へぇ……ふ~ん。
⒊ そうだろうなぁ……感動したぁo(;_;)o

さて、あなたは、どう捉えるのでしょう?


ポチが、励みになります!…(*´~`*)。o○


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