29, 2016 06:00
幻想夜景


あたり前過ぎて、ふだんは意識することのない『息』……。
肉体、精神ともに、想像以上に重要な働きをしている『呼吸』……。
意識がなくなっても、『息』はあります。
『息』をすることで心臓が動き、命を維持している私たち……。

今日は、過去記事『鍼灸オバちゃんの元気のツボ』の中から、
ワイル博士の呼吸法を紹介したいと思います。

『呼吸』とは、息を吐き、息を吸うこと。
ですが、この熟語に違和感を覚えませんか?
息を吐き、息を吸うわけだから「吐吸」でもよさそうなものを、
「吐く」動作に「呼ぶ」という漢字があてがわれています。
「呼吸」とは、「吸うことを呼ぶ?」……(・_・?)
なんだか意味不明な熟語ですよね。

ところがどっこい!
呼吸法を実践しはじめて間もなく、
呼吸という漢字の意味がわかりました。

呼吸法のポイントは、息を吐ききることにあります。
吐いて、吐いて、吐ききってこそ、
反射的に大量の空気を吸うことができます。
そんなことから、あてがわれた漢字が「呼」になったというわけです。  

ふだん、私たちは無意識に息をしていますが、
時間に追われ、考え込み、悩んだりしていると、
知らず知らずのうちに呼吸が浅くなってしまいます。
肺には残された二酸化炭素が増え、酸素が不足がちになるわけです。
すると、体の部分的な痛みや、倦怠感、冷え、めまいなどの
不定愁訴が起こり、気力も衰えがちになってしまいます。

週に3回以上、30分以上の有酸素運動でもすれば理想ですが、
そんな時間も場所もないという方のために、
『ワイル博士の呼吸法』を推奨します!

それは4:7:8の呼吸法です。

1、まずは息を吐いて、吐いて、吐ききります。
2、ゆっくりと数字を数えながら、まで息を吸います。
  ★吸うときは必ず鼻で。
    (鼻の粘膜に宇宙微子を吸い込む、ピンガラというミクロの穴がある)
3、吸った息を肺に留め置きます。(を数え終えるまで)
4、ゆっくりと息を吐きま。(を数え終わるまで)

この4:7:8の呼吸を、朝晩3回ずつ行いましょう。
時間にして数分ですが、心身に絶大な効果をもたらします。
頭と心はすっきり、パワーが増幅する感覚を得られますし、
(*′☉.̫☉)イライラ、クヨクヨなどは吹き飛び、
心身ともにリセットされること請け合います。


この呼吸法には、意外な相乗効果もあります。
吐いて、吐いて、吐ききるのは二酸化炭素だけでなく、
ネガティブな思い込み(固定観念)をも吐きだします。
息を吸い、貯め置く間は、
自分の思考がリセットされることをイメージします。、

呼吸の深さは、人の思考にも通じています。
思い込み、固定観念になると、人は頑なになっていきます。

「世の中、そんなもんでっしゃろ!」
などと、自論をまくしたてる小父さん方、いますよねぇ。

「どうせ私なんか… 」
自虐的な思考に囚われてる人、いますよねぇ。

「聞かなくても相手の反応は手にとるように… 」
などと思い込み、人の多面性に目を向けなくなってしまいます。


幾つになっても『やわらか頭』でいたい、そこのあなた!
心当たりがあれば、とりあえず先入観を削除してみましょう。
吐いて、吐いて、吐ききって心をリセットすれば、
相手の意外な一面を発見するかもしれません。


人間は、1日に10,800ℓもの呼吸をしています。
平均的な浴槽が200ℓとして、
その浴槽54杯分もの換気(酸素と二酸化炭素の入れ替え)をして
命を維持しているわけです。


その膨大な呼吸数の、ほんの一瞬……。
朝と晩の2回だけ、ワイル博士の呼吸法を実践しましょう。
ついでに、ネガティブな思いを吐ききりましょう!



我々の存在の、まさに中心点にはリズミックな運動がある。
体の内側と外側に、心と体の中に、
意識と無意識の中に、膨張と収縮のサイクルがある。
「呼」と「吸」は存在の本質であり、宇宙のあらゆる側面に、
同じ膨張と収縮のリズミックなパターンがみられる。
              アンドリュー・ワイル(医師)


自分の呼吸に対する気づきが深まるに連れて、
一呼吸一呼吸、自然界の大気によって生かされている
自分に対する気づきが深まります。     
              池見酉次郎(医師)




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身近な動物

 22, 2016 06:15
犬猫
♪( ´ー`)(´ー` )♪ 種が違っても‥‥

なかよし
♪( ´ー`)(´ー` )♪こんなに仲良し


唐突ですが……。
ペットを飼うなら、あなたは犬派?
それとも猫派でしょうか?

えっ?…フェレット?…インコ?…熱帯魚ですかぁ。
どれも可愛いいし、癒されますよねぇ。

オバちゃんも犬と猫を、それぞれ10年ほど。
アヒル、インコ、熱帯魚などを飼ったので、
種によって性質もさまざまだと知っています。

犬は、賢くて飼い主に忠実。
いや、忠実というより、一途に飼い主を愛する感じでしょうか。
飼い主の姿が見えなくなると、テンションは一挙に降下。
今にも泣きそうな表情をします。
まるで100%、母に依存する幼子のように……。

犬はまた、相当の距離があっても、
飼い主の帰宅を予知する能力があると思います。
人の100万倍もある嗅覚で、感知しているのかもしれませんね。

一方の猫は、気位が高く、気まぐれ。
ですが聴覚と、運動能力は犬に勝り、
媚びを売らないマイペースさが好きというファンも多いですね。

どっちかというと、オバちゃんは猫派かな?
散歩させなくてもいいという楽さも、ですが、
猫の感覚器官に、一目置いているもんですから‥‥。


猫は、生と死の二次元に存在する生き物だと言われますが、
オバちゃんは、その特殊能力を何度も目撃したし、実感しました。

飼い猫は突如、部屋のあらぬ方向をじっと見つめたり、
目で何かを追っていることがあります。

最初は、壁や天井を這う虫や、
小さな蜘蛛でも見ているのかと思いましたが、
それにしては、目の動きが早く異様です。
天井から壁、あるいは部屋の隅っこなどと、
虫や蜘蛛ではありえない距離間で視線が流動するのです。
しかも瞳孔が最大限に開き、緊張感がMAX(交感神経↑)だと判ります。

そんなことがあると、翌日か翌々日あたりに、
親戚縁者が亡くなったとか、知人の訃報を聞いたりします。
意外だったのは、友人宅の猫によって知らされた三度目の訃報で、
次のような経過をたどりました。
ただ、起きることが起きる、って?

このときの猫は、微動だにせずオバちゃんを見つめ、
チャネラーのように、肉体を意識体に預けている感じがしました。
初対面の人間の枕もとで動かない、って、それだけでも変ですよね。
で、猫は生と死の境に存在できるということを確信しました。


今でこそマンチカンや、メインクーン、ロシアンブルーなど、
可愛くてゴージャスな猫たちがペットにされていますが、
かつての日本では「化け猫」とか言われた時代もありました。
猫が、この世のものではない何かを感じていると、
知ってる人々がいたからなんでしょうね。

もっとも猫は犬よりも優れた聴力や視覚で、人の波動を読むので、
日本に限らず、世界中に猫にまつわる迷信は多く存在しているようです。


さて、私たち人間……ヒト族は一種なのに、
動物たちの種類は異様に多いと思いませんか?
ペットや家畜をはじめ、野生の動物などは、
現在分類されている種だけで200万。
植物や微生物まで入れると、地球には500万種以上の
生きものがいるそうです。

なぜ、こんなにも多種多様な生きものがいるのでしょうね?

かつて読み耽った古い書物によれば……。

人と動物は、コップに入った泥水だった。
しばらくすると、泥が沈殿し、上澄みが透明な水になった。
透明な水は、人間と呼ばれるようになった。
人間は、動物の中から進化して個々の魂を持った。


そのとき訳もなく、目から鱗が落ちたように感じたものです。

そういえば、シルバーバーチの動物観に、
次のようなものがあります。

人間は神の代理者として、つまり第2の神として動物や植物を愛し、
神に代わって愛を与える立場にある。
地上にいる無数の生命体の中で、
人間だけが神を知ることができるように造られている。
そのために、人間には高度な知性が与えられている。
動物とは全く違う特別な存在として造られた人間は、
動物や植物を愛し、神に代わって愛を与える立場にある。

動物は人間にとって愛の対象。
動物は人間から愛されることによって「神の愛」を
間接的に受けることになり、
愛された分だけ霊的に進化するようになっている。
また人間は、動物を愛することで、動物から愛されるようになり、
喜びを得ることになる。
人間と動物は、ともに助け合いながら進化していく関係にある。


( ̄~ ̄;) ウーン……なるほど。
過去を振り返らず、将来を心配せず、
動物たちは確かに、『今を精一杯』生きて
いますよね。
スピ系のメソッドに拘るより、その場に猫や犬を遊ばせておいた方が
ピンとくるかも……(^_^ ;)

そうそう、食料が保証されているペットや家畜は、
種が違っても♪( ´ー`)(´ー` )♪なかよしですよね。

一方、自然界では『弱肉強食』ですが、
獰猛な肉食獣でも、お腹が満たされていたら他種を襲ったりしないでしょうね。
ただ単に、食料を求めているだけですから‥‥。

人は、お腹がいっぱいでも満足しません。
金や物資を貯め、金銀宝石を求め、地位や名誉まで欲しがります。

ヒト族は、同種で争う種ですから、平和はなかなかです。
肌の色や、宗教の違いだけで、何千年も争っているので、
その意識が、野生の弱肉強食種を存在させているのでしょうね。

アミ(小さな宇宙人)の星では誰も肉なんて食べないし、
毒を持った生き物や、肉食獣もいないことを思えば゛……。
多種多様の生きものの存在は、
結局、それに気づかせるため?……(*′☉.̫☉)そうかも。

そんなふうに考えると、ペットとして人気のある犬や猫たちは、
『上澄み(透明な水)』に移行する前段階の存在なのかもしれませんね。

太古の時代、人々は狩りをして獣の肉を食べていました。
やがて農耕が主流になって定住(日本では弥生時代あたり)。
それでも肉の味は格別で、食文化として現代まで続いています。
“栄養価を思えば必須”とかなんとか、理由をつけて……。

定期的に肉が食べたくなるオバちゃんとしても、
高次世界のアミたちの食生活はもちろん、
シルバーバーチの霊訓も、耳の痛いことばかりです。

大地の恵みだけを食べる人々が増えれば(菜食主義)、
肉食獣や、毒を持った生き物も自然淘汰されると知っているのに。
知識だけあって、知恵に進化させていない、困ったオバちゃんです。(´-﹏-`;)


犬はリベラリストのようなもので、
すべての人を喜ばせようとする。
猫は、みんなが自分を愛していることを知ろうともしない。
                  ウィリアム・クンスラー
人は犬を飼うことができる。
しかし、人を飼うのは猫だ。
猫たちは、人間が便利な家畜であることに気がついている。
                  ジョージ・ミケシュ



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ブロガー

 15, 2016 06:40
一角獣


少し前のこと……。
とあるブロガーのページで、トリハダが立ちました。

散文詩のような表現は、超シンプルなのに、とてつもなく深い……。
どうぞ、読んでみてください。


その信仰

私は
積極的に
信仰心を
持った訳ではなく

私は
消去法で
その
信仰心を
得た

じたばたして
煩悶して
逃げ回って
思考を焦げつかせ

そして

最後の神も
いなくなったから

それを
得た

かたちのない
姿のない
言葉のない
ドグマのない

何もない

恐らく誰もが
最後に行き着く
ところの

その信仰


ヒロシズム HIROCHISM より
リンクはここ ヒロシズム


どうでしょう?……o(;_;)o

じたばたして
煩悶して
逃げ回って
思考を焦げつかせ


ここで、オバちゃんは泣きそうになりました。
同じような道を辿ってきたんだぁ、と思ったわけです。

しかも……。

恐らく誰もが
最後に行き着く
ところの
その信仰


ここで、参ってしまいました。

言葉にするのは厄介で疲れますが……。
誰もが行き着く……。
自然と言えば自然、究極と言えば究極の、
宗教や教義、覚醒者などからはかけ離れた次元の、
私であり、森羅万象であり、宇宙であり、神でもあり、
マクロであり、ミクロの、これ、それ、あれの、
全てをまるごと受容する、内なる信仰。


この辺り……。
オバちゃんと同じことを書いているのですが、ヒロシズムは超シンプル。
推敲に推敲を重ね、余計なものを削ぎ落とした後に残る、珠玉の言葉たち……。
そう感じると、自らのページの、言葉の多さに落ち込んでしまいました。(o´_`o)ハァ・・・
なんでもでしょうが、本当は…“Simple is best ”ですから。

もっともオバちゃんのブログは自叙伝ですから、
超シンプルではストーリーが見えなくなります。
ストーリー(いきさつや、展開、結果など)がないと、
読者は理解しがたいだろう。
そんな想いで書き連ねてきたわけですが……。

ときどき自問自答してました。

自分の体験なんて、他者から観れば、ある種の知識に過ぎない。
成長とは、知識を応用した体験なのに、
体験に裏打ちされた感受性なのに、
活字にして意味あるんだろうか?と……。

し~かぁ~し、“(◎ー◎;)見~つけた!”って思いました。
今書いているページのカテゴリーは“存在の理由”。
オバちゃんにとっては正に、それ!

ブロガーが……できれば互いに、
『見~つけた!』って存在で在りたいと……。



書きなさい。
手紙でも、走り書きでもいい。
誰の目に触れなくとも、心を込めて書きなさい。
書く、という行為は考えをまとめ、
自分を取り巻くものが何なのか、はっきりさせる。
苦しみを癒し、夢を明確にし、
失われていた希望を取り戻したりする。
言葉には力があるのだ。
パウロ・コエーリョ



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落葉

 09, 2016 10:50
落ち葉

山が燃える…錦秋…などと表現される
ドラマチックな紅葉の季節がやってきました。

と言っても、ここは大阪府。
どこまでも続く赤や黄色のグラディションはもとより、
“山が燃える”ほどの紅葉とはいきません。

代わりに、田舎暮らしを楽しんだ長野県小川村の、
美しい風景でも紹介しておきましょう。
今となっては思い出に過ぎませんが、
北アルプスの眺望に秀でた村の風景はメルヘンチックでした。
パノラマ状に広がるアルプスの峰々が冠雪。
その麓では、色彩の海が広がっているのです。

田舎暮らしの場所が、なぜ小川村だったのか?
興味のある方は、ココを読んでください。 新天地


柿とアルプス横
      晩秋

雪国の陽光
      雪国の夜明け

偉大なるヒーラー 001
      厳冬

ページ かすむ里山
      初秋


これらの風景の中でウォーキングしながら、
オバちゃんはよく、ジブリ作品に想いを重ねたものです。

『となりのトトロ』や、『もののけ姫』に描かれた野原や深い森。
“まっくろくろすけ”こそ見かけませんでしたが、
トトロの住処のような大木の足元では、
オコジョや、テン、キツネやタヌキなどを見かけたものです。


余談ですが、ジブリ作品に使用されている
絵具の総数って知ってますか?
「ナウシカ」で252色、、
「ラピュタ」は301色、
「となりのトトロ」303色、
「もののけ姫」で546色だそうで、
一番多いドイツ製絵具の500色を上回っているそうです。

もちろんストーリー性もあるでしょうが、
ジブリ作品に使用されるグリーン系の豊富さが、
ディズニーアニメでは得られない『安らぎ感』の源なのかもしれませんね。


さて、晩秋ともなると、木々は丸裸のスッポンポン。
そこに木枯らしかなんかが吹くと、
センチメンタルな気分になりますよね。

センチメンタルと言えばシャンソン。
日本で有名なシャンソンといえば『枯葉』でしょうか?
その枯葉。
フランス語の原題は『Les Feuilles mortes(死んだ葉)』だそうです。
枯葉、落ち葉、死んだ葉……(◎ー◎;)
( ̄~ ̄;)ふ~む……恋が終わった、って意味なら解るけど、
紅葉した葉を見て『死にかかっている葉っぱ』と思う感性って、
どうなんですかねぇ。(o´_`o)ハァ・・・

そうじゃなくて…(ここからは、オバちゃん流の思想ですが…)
死んだのではなく、葉は形を変えて存在してる、っつうに!σ(・´ω‘・) 
人が輪廻転生するように、葉のエッセンスは
生まれ変わって新芽に宿る、っつうに!‥‥(^_^ ;)

だって落ち葉は微生物によって分解され、高品質の腐葉土に生まれ変わるでしょう?
コガネムシやカブトムシの幼虫が越冬するための、保温ベッドにもなるんですよ。
木は、種(どんぐりなど)を落とし、それが動物に運ばれることを願い、
自らは落ち葉を栄養にして、エネルギーを温存しているんです。

だから……。
オバちゃんは、落葉して丸裸になった冬の樹木が好き。
死んでしまったかのような、モノトーンの山々が愛しいと思うのです。

事業の失敗や、倒産などで人が地に堕ちた状態を『丸裸』って言うでしょう?
売れるものは全て売り、借金だけが残るかもしれませんよね。
文字通りの丸裸、すってんてんになるわけです。
その丸裸…物質とは限りません。
精神の『丸裸』だってあり得ます。
理不尽な理由での…昔なら幽閉や、島流し。
現代なら左遷や降格、解雇、離婚などによる喪失感や、
余命宣告による虚無感かもしれません。

オバちゃんも人並みに、丸裸を体験しましたが、
そんなときはたいて、一番電車に乗って奈良の山に向かいました。
落葉してスッポンポンの大木に身を寄せ、語るのです。

『( ´ー‘)(´ー‘ )一緒……スッポンポンやねぇ。
花も実も落として、見栄えも良くないよねぇ。
けど、知ってる……これが最低ラインだと。
これ以上は落ちようがない、って……。
やがて来る春の芽吹きのために、
今はただ、じっと耐えてエネルギーを温存してるんやね。』

語りかける樹の幹は、ほっこりと暖かいです。
冬でも水を吸い上げ、エコな新陳代謝で生きていますから……。


ここ数年、哲学系、スピ系に限らず本を読まなくなりました。
真理はひとつなんでしょうが、著者ごとに違う解釈の複雑さ、
もってまわった曖昧な表現や頼りなさに加え、
極度なまでの眼精&脳性疲労を感じるようになって……。

その点、自然はスゴイと、ますます思うようになっています。

森は、生きとし生けるものに酸素を提供し、
水を貯え、人を含む動物たちを養い、安息をもたらしてくれます。
自然は正直で、あるがまま。
温暖化で氷河が溶け、海水温が上昇。
偏西風の位置が変わり、巨大台風が頻発。
森林伐採で動物が絶滅の危機に瀕し、
放射能で汚染された空気を、ただ、循環させるだけですから。

現れては消える、知識と思想が氾濫している本の数々……。
平面に書かれた活字より、自然から学ぶことの方が、シンプルで深いと、
心底、思うようになって……。



人生の一つの段階が終わった時を知ることは、いつでも必要なのだ。
必要がなくなったのに、それにいつまでもしがみついていると、
君は人生の喜びと人生の意味を失うだろう。

人生の戦いはすべて、僕たちに何かを教えてくれる
敗北でさえもそうなのだ。  パウロ・コエーリョ

            

 
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 02, 2016 16:00
星野道夫

フクロウ親子

星野道夫 熊の親子




『風こそは、信じがたいほど柔らかい真の化石だ』
誰かが言ったのを覚えている。
私たちをとりまく大気は、太古の昔から、
無数の生き物たちが吐く息を含んでいるからだ。 

            動物カメラマン 星野道夫 


オバちゃんは、星野道夫の“命への眼差し”が大好きです。

写真集『星野道夫の宇宙』で、書評を書いた柳田邦夫は言います。
鋭く、深く、しかも心優しく、
地球と大自然と人間についての真実を洞察している

からに他ありません。

星野道夫の作品は、見つめていると涙があふれます。
理由は、わかりません。
それが不思議で、なんど写真を見つめたことか……。

被写体は、カリブーの群れや、ヘラジカの交尾シーン、
鮭を獲るホッキョクグマや、ハクトウワシなど、
動物写真家なら誰もが撮るであろう構図なんですが、
星野氏の写真は、なにかが違います。

身構え、牙をむき、戯れ、慈しむ……。
動物たちの生の営みが神々しくさえ感じます。

まるで命の輝き、神聖さ、慈愛などが濃縮され、
高密度で映り込んでいるような写真の数々。
それはたぶん、星野氏と動物の、
魂の共振なんだろうと思うのですが……。



さて、星野道夫の感性ってわけにはいきませんが、
ここから先は、オバちゃん流の解釈。
風については、多くの思いや、想いを感じています。

風…… それは人々の感情や、社会風潮の象。

そよ風 …… さらり、さわやか、心地いい。  ………  ムードメーカー
春風  …… 穏やか、優しい、発芽、躍動。  ………  育成、 包容力
強風  …… インパクト、主張、流される。   ………   影響力        
突風  …… 暴言、暴挙、半壊。         ………   異端児              
つむじ風 … クーデター、混沌、巻かれる。  ………   カリスマ
台風  …… 破壊、災害、天変地異。      ………  独裁者、暴徒

こんな感じでしょうか?

風は、空気の流れ(気流)ですが、
自然界や人間社会に大きな影響を与えます。

動物の場合は鳥をはじめ、翼を利用して飛行や滑空を行うものがほとんど。
風向き(東西南北)によっては、漁業や農業、産業にも影響を与えます。
風によって花粉媒介を行い、風による種子散布を行う植物もありますし、
風のエネルギーを羽根(風車)で受け、軸や歯車の機械的な回転へと変換し、
水を汲み、小麦粉などを臼くことにも利用されていますよね。

また、風を利用したスポーツも多いですし、
時事放談などで『風をよむ』なんてコンセプト化され、
伝承や信仰において『風神』などと神格化されることもあります。
風は、火や水、山などとともに、森羅万象のベースでもあるわけです。

その森羅万象に溶け込んでいるからでしょうか?
人の意識も、風の種類や作用に酷似しています。
そよ風や春風のように、さわやかで温厚な意識もあれば、
強風や突風のように、人の意識を揺さぶり、迷わせ、
ハリケーンのように、破壊と絶望をもたらす意識も……。

ですが、何にもまして無風は困ります。
洗濯物は乾かないし、植物は虫がついたり病気になります。
河川や海も、流れが停滞すると微生物や藻が繁殖。
生態系に悪影響を与えます。
多くの鉢植えを販売している花屋さんなどは、それを防ぐために
大型扇風機を回して空気のよどみをなくしているというわけです。

無風は、人の精神にとっても良いことではありません。
澱み、引きこもり、心身を病む原因にもなりかねないからです。
気分転換したいとき、『風にあたってこよう!』とか、言いますよね。
風景や人の気配もですが、人は何よりも、
風によって循環する宇宙微子(ブラナ)を求めているんですよねぇ。


自然はもちろん、人々の暮らしや人間関係も、
そよ風や春風、あるいはプチ強風がいいですね。
台風一過の青空と言われるように、
風は空気を一新してくれます。
時には突風や、つむじ風が、
私たちの思考を一新してくれるかもしれませんから。

ちなみにオバちゃんのペンネーム『風子』は、
生年月日で占う九星気学の、四緑木星が由来です。
オバちゃんは四緑木星、『風の象』。(象…現象、傾向の意)
1か所に留まらず、吹きわたる風のように生きる星のようです。

ときには『風』を、感じてみましよう!
空を吹きわたっている風を、
『柔らかい真の化石』だと言った誰かの視点で、
地球の表面を覆う大気や、その流れをイメージしましょう。
(地球に帰還した宇宙飛行士の誰もが、感動する風ですから‥)

無数の生き物たちが吐く息と、意識のエッセンスを含む、
『千の風』に意識を重ねてみましょう。
そよ風が、あなたの頬を撫で、髪を揺らしたとき、
愛する人が、そばに来ているのですから‥‥。

わたしのお墓の前で泣かないでください。
そこに、わたしはいません。
眠ってなんかいません。
千の風に、千の風になって
あの大きな空を吹きわたっています。

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る……

 
この歌詞、いいですねぇ。
歌詞の源については諸説ありますが、
レッドインディアン(ネイティブアメリカン)のチャネラーから伝わった、
意識の真の姿だそうですよ……。(^^;)


ポチが、励みになります!…(*´~`*)。o○


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