月冴ゆ
         月冴ゆ

ある土曜日の夜、私は岐阜県の蛭川村にいた。
(現在は村が統合されて中津川市に) 

『久しぶりの電話だと思えば、チャッチャッと来て……。
いつもながら、あんたの行動力には驚くわ。
けど明日は仕事でさぁ、なんのお構いもできんよ』
今も看護師のパートをしている、年上の友人が言った。
気さくで人懐っこい彼女のそばは、いつだって心地いい。
晩婚で子供もなく、存分に田舎暮らしを楽しんでいるようだった。

『突然ゴメン……なんか無性に山行きたくなってさぁ。
今夜泊めてもらったら明日は勝手に遊ぶから、
朝、おにぎり2個作ってくれん?』

当時、私は通販会社の営業所長をしながら、鍼灸専門学校に通っていた。
ある日、突如として『山に行きたい!』という衝動が湧いた。
それは土曜日の午後のことで、授業のないことが幸いだった。
2時間ほど早引して、新幹線に飛び乗ったというわけだ。



その夜のこと。
友人の飼い猫が泣き続けていて、ふと目が覚めた。
襖を隔てた廊下で、猫はいつまでも泣き続けた。
(おかしいなぁ、こんな大声やのに、文ちゃん、気がつけへんて……。
しゃあないなぁ、入れてやるかぁ…)

襖を開けるるや否や、猫は枕のそばに鎮座した。
まるで置物の『お座り猫』スタイルである。
『ン?…布団、入れへんの? そこがいいん?
じゃ、もう寝るよ……』
そう猫に言い聞かせて、目を閉じた。

2時間たっても、まったく眠れなかった。
猫が、真剣な眼差しで私を見つめ続けていたからだ。
『どうしたの?……なんだってそんなに見つめるん?
なんか言いたいの? 変な子……。』


うとうとしたのだろう。
朝方、猫はいなくなっていた。

『うっそぉ! そんなことあるはずないよ。
あの子は台所の椅子の上でしか寝ないって!
もう7年、よそでなんて絶対……。
第一、台所のドアは必ず閉めて寝るし、
客間に行けるはずないじゃん。
風ちゃん、夢でも見たんとちがう』

『(-。-;)……』


ともあれ、山に登って景色を眺め、
三年ぶりの長い瞑想にふけった。

閉じた視界に、濃淡のある陽光の6色が広がっては消え、
それを繰り返すだけで一時間が過ぎた。
(ひゃあ、感度鈍ってる……ダメだ、こりゃあ)

雑多な思考を消すことが不可能に思え、
持参した本を読むことにした。

数ページ読み進むと、文章中に、『猫』が現れた。
“猫…それは生と死の、二つの次元に生きる動物”
σ(◎◎;)……(-。-;)……。

『帰らなくっちゃ!……』
そう思った。


大阪に戻り、身内に電話して近況を聞いたが、
とくに何事も起きてはいなかった。

ところが翌朝のこと。
鹿児島から長距離電話が入った。

『……貴洋がね、亡くなったと。
いい顔で眠ってると思ってら、息してなくて……』
桜島で、神秘体験に一役買ってくれた須藤だった。

貴洋は須藤の長男で、面識があった。
十九歳のハンサムな医学生だった彼が脳腫瘍に侵され、
鹿児島医大で手術したのは一年半ほど前のことだった。

手術は成功したと担当医は喜んだらしいのだが、
私が見舞った時点で、貴洋は廃人になっていた。
耳から頭部に至る、追加された放射線治療のケロイド跡はまだしも、
手足は硬縮し、見開いた眼はこぜわしく空を漂っていた。(眼振)

『貴洋くん…』
言葉をかけようとしたが、胃から何かが突き上げてきて、
嗚咽するしかなかった。

それから二か月後、須藤夫婦は息子を連れ帰った。
タクシーを呼び、病院スタッフの反対を押し切るという、
勇気ある行動に出たわけだ。

『担当医は遠方の病院に飛ばされたとよ。
きっと口封じじゃなかね……。 
だけど貴洋は、家に帰ったら穏やかな表情になって。
流動食みたいな雑炊、よく食べるし、
主人が風呂にも入れてくれて……。
いい顔して、よく眠るし……』
そんな電話があったのは一年前のことだった。



貴洋の訃報を聞いて絶句している私に、須藤が言った。
『ただね、風ちゃん。不思議でしたと。
母も、兄もだけど……、
亡くなる前にはちゃんと会いに来てくれてたのに、
貴洋に限って、ぜんぜん判らんかったとよ……。
台所で洗いもんなんかしてて……』

『来たよ!……なんでか判れへんけど、
猫に宿って、蛭川村の私の枕元に……』
とっさに言って、事の詳細を須藤に説明した。

『へぇ、あの子、風ちゃんと関わりのある魂だったとね。
それなら納得!……なんの不思議もなかよ』
霊的体験の多い、須藤らしい発言に緊張感が緩んだ。

『偉かったねぇ、須藤ちゃん。
術後の日々で涙は枯れ果てたろうに……。
医療ミスの可能性を追及もせずに、
ただ黙って自宅に引き取るなんて。
誰にでもできることじゃないよ。
須藤ちゃんに会えてよかった。
在り方を教わったようなもんや。
関わらせてくれて、ほんまにありがとう』
そう言うと、須藤は電話の向こうですすり泣いた。


こんなとき、
どこかの自称覚者のように、
『ただ、起きることが起きてる』と言えるでしょうか。
『わたしはいない、あなたもいない、
ただことが起きているだけ』などという究極論は、
大勢の前で発言すべきではないと、
オバちゃんは思います。

不幸の真っただ中で、
内なる自分と懸命に折り合おうとしている
人々をイメージすることもなく、
“飽きられないための新企画”に囚われている、
そこの自称覚者さんたち。
地球に転生した目的って、
本当に解っているのでしょうか?



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キツネのテブクロ



内勤の営業時代のこと。
まるで、私の声を聞くためだけのように、
つぎつぎと美容商品を買い求める顧客がいました。

商品説明以外にも、彼女の暮らしぶりや思いを聴こうとしましたが、
恐ろしく口が重く、問いかけても々、沈黙が続きました。
しかたなく、適当に挨拶して電話を切っていたのですが……。

どうにも気になり、
休日に彼女を訪ねました。

その女性は、路地裏の薄暗いマンションの一室で
猫と暮らしていました。
お世辞にも美人とは言えない暗く無表情な顔で、
ニコリともせずに私を迎えました。
リビングの片隅にあるミニ仏壇が、
彼女の暗さに拍車をかけているように感じました。


『ふ~ん……、愛人やってんだぁ?
なら、経済的には心配ないね。
ん?……あれなに?
買ってくれた商品、山積みにして
全然使ってないやんか。
なんで……?』

彼女は無反応でした。

『あのさぁ、電話でも気になってたんやけど、
Mちゃん、たしか21歳やんね。
その若さでメッチャ暗いけど、なんか、あるんか?
私、ふつう、いちいち顧客の家なんか訪ねへんのんよ。
ひょっとして、その仏壇と関係あるん?』

単刀直入に聞きました。

『……水子なんです。彼との間の。
中絶しましたけど……。
それより、さっきの話。
好きで暮らしているわけじゃ……』

M子が、重い口を開きました。

『えっ? パトロンというか、彼氏のこと?
だとしたらお金?それとも……』

『お金です。働きたくなくて……。
どこ行っても人間関係がダメで、嫌で続かないんです』

『ワーォ! はっきりしてんなぁ。
まっ、割り切ってんなら、いいやん。
世の中にはそんな人もいるわ。
けど……なんでそんなに不幸そうな表情するん?』

『セックスが嫌で、嫌で……。
子宮がなかったらいいのに、って思うんです』

『σ(◎◎;)・・…ちょ、ちょっと待って。
セックス抜きで生活費くれる男っているかなぁ?』

『たぶん、無理……』

被害者意識をまき散らしながら、
彼女はうざそうに猫を抱き寄せました。

めまいがしました。(-。-;)
嫌いな男とセックスするのは自分ではない。
生殖器が恨めしいと言うのです。

『その若さで、お金のためにセックスせんでも、
たかが20万くらい、自分で稼げばいいじゃん。
はっきり言ってアホや……。帰るわ』

私はそそくさとマンションを出ました。
(怠惰な暮らしを選んでおきながら、被害者意識むんむん漂わせて…。
しょうもな!わざわざ出向いてアホみたい)


ところが1ヶ月後、彼女からSOSの電話が入りました。
不正出血があって婦人科を受診したら、
ステージⅢの子宮ガンだと宣告されたらしいのです。

『ふ~ん……ショックやなぁ。
けど大丈夫。原因はっきりしてるしな。
そのガンは簡単に消えるわ。
今夜から、次のようなおまじないしてみ。
“子宮は私の一部……子宮は必要です。
子宮の細胞たち、ごめんなさい”

これを3回呟いて、ガン細胞が消えていくイメージするだけ』

『わかりました……』
消え入るような声で、M子が応えました。


3か月後、M子のガンは消失しました。
その報告があったきり、彼女から電話は途絶えました。
私も、あえて連絡はしませんでした。
パトロンとの暮らしが続いていたら、
またしても説教しそうで……。

この出来事は、彼女が、自分にとっての
正しい選択をするきっかけになったかもしれません。

私にとってもです。
直観は、やはり智慧に至る導きだと再認識しました。
本格的に『病は気から』を学ぶ動機の
ひとつになったことは確かですから……。


被害者意識は、自分自身に厄介な事象をひきつけてしまいます。

ひどい仕打ちを受けたときは、思いっきり怒りを吐き出しましょう!
バカ野郎!(全国共通弁?)
ボケナス!(大阪弁)
あほんだら~!(大阪弁)
と、天に向かって叫んでもよし。
誰かに愚痴るのもよし。
酒飲んで寝るもよし……ですね。
★なにしろ短時間に、エネルギーを燃焼させましょう★

そんな下品で、恥ずかしいこと、と思う人は、
怒りを『なりたい自分像』の
エネルギーとして蓄えましょう。(〃^・^〃)ノ



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              遊び心②jpg
              カボチャ軍団(永久保存版)

あなたに親友はいますか?
気兼ねなく何でも話せて、
ありのままの自分を受け入れてくれる友ですか?
そうだとしたら、羨ましいです。

つい最近のことですが、オバちゃんは30年来の親友を失いました。
亡くなったのではなく、価値観の相違みたいな理由で決裂してしまったのです。

9歳年上の優しい女性でした。
私が精神的に不幸だった時代は、うまくいってました。
折に触れて愚痴も聞いてくれたし、
そうすることが、彼女の喜びにも思えました。
姉のように、私を癒し、諭してくれる友人でした。

離婚後の13年間、互いの交流はほとんど途絶えました。
世間体を気にする彼女の夫の手前、私との交流はセーブしているようでしたし、
販売マシーンだった私も、連絡はしませんでした。

全国ネットのTV番組で放映されたこともあってか、
鍼灸師師として過疎の医療に関わり始めると、関係が復活しました。
彼女の夫とともに、三度も小川村まで来てくれて……。

『あんた、すごいなぁ……。
POPライターとして10数年活躍して、
セールス始めたら全国一位やったんやろ?
しかも、40過ぎて資格取って鍼灸院して。
ほんま、旦那といつも話しててん。
あんたと友達やと思たら誇りや、言うて…』

そんなふうに絶賛されたものでした。

ですが、(・_・)……ン?みたいな心境でした。
離婚届の証人依頼は断わられたのに?
『信用してるし、お金なら、いつでも貸してやれるんやけど…』
と、なんだか屈辱的な補足を加えられたのに?

もっとも、12年ぶりに大阪に戻った後は
頻繁に交流していたのですが……。

彼女からの依頼でパソコンを教える日々に、
問題が起きました。

彼女は、横文字が苦手の70歳ですから、
正直、容易ではありませんでした。
復習に2時間、新しい操作を2時間という、
亀の動きにも似たペースで教えていきました。

ネット検索と、メール受送信を教え、ワードくらいまで進んだとき、
突如、長文のメールが届きました。

『どうせ私は、どんくさいオバはんやわ!
あんたみたいに賢ないしな!
正直、あんたと付き合うのはしんどいわ…』
でした。

σ(◎◎;) …(-。-;) …… ( ̄へ  ̄ 凸 でした。

『そっかぁ、ごめんね。
私たちの価値観は違いすぎるかも……

心斎橋筋で流行のファッション見たり、
着飾ってパーティ行ったり、観劇したり、
私、華やかなことって好きくないし…。

今は遊び人やし、パソコン教室なんて
今までの恩返しのつもりやったんよ。
だから、謝礼もらってることが苦痛で。
けど、もらわなかったら、
Tちゃんのプライドが許せへんのやろ?』

ついに、本音を吐露してしまいました。
その後、似たようなメールを2~3度交わして、絶縁したというわけです。



本質的に、両者の価値観は相当違っていたのに、
無理をして付き合ってきた結果だろうと思っています。

なぜ無理をしたのか?
勿論、好かれたいという気持ちありましたが、
さまざまな局面で自分をさらけ出したこと……。
そのことに執着していたのかもしれません。

男への愛情が冷めたにも関わらず、
かつては愛し、尽くし続けた自分の行為に対する執着があって
別れられずにダラダラと……似ていたかもしれません。


交流することで、共に進化できる関係はいいですよねぇ。
妬むことなく、謗ることなく……。
価値観の違いをを認めながら、
互いの成長を喜び合える関係って、素晴らしいですよね。

『羨ましい』と『嫉妬』は、魂レベルの分かれ道……。
『羨ましい』は、それに近づきたいと努力する道。
『嫉妬』は、その状態から引きずり落とす行為の道。

遠慮や気遣いも、時と場合によっては互いを傷つけます。
嫉妬の感情に引きづり落とされることなく、自分を保てば、
やがて相手は諦めることでしょう。

本物の友に巡り合うことは、なかなかです。ヽ(・´_`・。)
 




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 づくがなくて 001
   ああ、疲れちまった…


鼻の付け根あたりに、大きな『瘤』があったら、憂鬱ですよね。
視界不良というか、目障りというか……。

その『たんこぶ』、人生に例えたら下記のような状況でしょうか?

・仕事が嫌だ、転職したい。(人間関係も含む)
・経済的に行き詰まっている。打開したい。
・友達がいない。孤独感、疎外感に苛まれる。
・離婚したい、自立したい。
・人間関係の迷路から抜けられない(職場、夫婦間、嫁姑)
・もろもろの、『こんなはずではなかった』という不満。

大まかには、こんなもんでしょうか?
日常の大半をしめるだけに、どれも深刻な悩みですよね。


このすべてに答えていくと、『○○さんの人生相談』になってしまうので、
オバちゃんの考え方と、行動を書いておきましょう。

国際結婚に敗れ(自己判断)、小商売人と結婚したオバちゃん。
POPライターと自営の二足のわらじ状態で家計を支え、
人の子まで育てましたが、結局、離婚。
(結婚生活では、死にたいと思うことが多かったです)
馬車馬のような13年でしたが、裸同然で再出発しました。

それからの13年は営業一筋。
フルコミッションで、成約しなければ収入はゼロどころか、
活動費がマイナスの世界です。
1日10時間以上、年中無休で稼働してました。

それ以降は、ブログのプロフィール、自叙伝に書いてあるとおりです。

辛くて悲しくてたまらないとき、
オバちゃんはよく、自分で自分を抱きしめて泣きました。
泣きながら、次のようなシーンを思い起こしました。

●ホロコーストや、インデアンたちの迫害、黒人の奴隷制度時代。

●飢えて未成熟の大根を食べようとしたスカーレット(『風と共に去りぬ』)が、
 天に向かってこぶしをつき、『神さま、私は二度と飢えに泣きません!』と誓った。

●脱北のために、凍った川を渡る北朝鮮の人々。

これらに比べると、オバちゃんの苦しみは軽~いものでした。

仕事内容も嫌いだし、人間関係もうざいけど……。
妬まれ、謗られ(トップセールスマンの宿命)、人並みに腹は立つけど……。

今日の食料は充分にあるし、暖かい布団で寝ることもできる。
愛と情愛は、月とスッポンほど違うって知ってるし、
男からの、条件付きの愛情なんていらない。♪~( ̄ε ̄;)
愛(情愛)されなくても大丈夫。
私ほどに、私のことを愛している者など、いるはずないし。

うんうん、 (o'∀'))ゥンゥン
殺される恐怖があるわけじゃなし、まっ、どうってことないかぁ。

すると、涙の量だけ癒しが促進されて(泣くのは癒し)……。
次のように、自分を立て直すことができました。

今は目をつむって邁進しよう。
早晩、こんな仕事は辞めてやる。
『なりたい自分』になってみせる!


どうでしょう (・_・)……ン?
オバちゃんは強い女に思えるでしょう?
どっこい、誰よりも自分が大事だっただけです。
自分のために自分を叱咤激励し、
ときには自分をほめてやりました(自己満足)。

言い換えると……。
自分を愛し、自分の中のスピリチュア(精神性)に、
強く、強く依存していしたというわけです。(これ、お勧めかも…)


人間関係における 『こんなはずではなかった』は……。
大半が、自分の出すものが得るものでしょうね。

波動が引き合って結婚したわけだから、
相手を責めてばかりもいられないんですよね。

半分は自分の意識のせいだと解ったからこそ離婚し、
自分自身を改造しようと再出発しました。
(相手を見つめ、これが自分なんだと自覚することは、
けっこう堪えました)

それを認めずに不満だけ言ってる間は、
『同じ穴のムジナ』ですから……。


一方、物理的な『こんなはずではなかった』は……。
受け入れるしかありません。
例えば突然、家に水が入ってきたとしましょう。
そのときは抗うのではなく、水の通り道を掘ってやるのもひとつ。
もちろん、身の危険レベルなら逃げましょう。

もっとも、身内の障害や不幸などは、特別の試練となります。

医学生だった息子を失った友は、信仰の世界にのめりこみました。
もう……他人がどうこう言える状況ではなく、
ただ彼女の心が癒えるよう祈ることしかできませんでした。

乙武さん(『五体不満足』)を生んだ母のショックたるや想像を絶しますが、
きついカリキュラムを選んだ、ソウルメイトの組み合わせだったんでしょうね。


目の前の『瘤(こぶ)』は切除も可能でしょうが、
『意識のたんこぶ』って、ある意味、
教科書とドリルかもしれませんね。




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    三人娘
      カボチャのオブジェ


未知との遭遇、
ET、
ゴースト(ニューヨークの恋人)、
コクーン……。

これらの映画を見ましたか? ( ◜◡‾)(‾◡◝ )

オバちゃんは、それぞれに3回づつ見ました。
そして毎回のように、感極まって涙を流すのです。o(;△;)o ウルウル・・・

そんなときの涙って、自分と魂の両方が感動し、
共鳴するような感覚を伴いませんか?
愛がテーマだと、魂の琴線に触れるんでしょうかね。


好みの音楽を聞き、
芸術やスポーツを堪能し、
好きな映画や本に浸っているとき、
あなたは、とってもスピリチュアな存在です。
知ってました?

チェリノブイリ、福島の原発事故を観て、
ISに斬首された後藤さんのニュースを観て、
最近の豪雨災害ニュースを観て、
他人事とは思えないあなたも、
とってもスピリチュアな存在なんですよ。
知ってました?

「私はいない…あなたもいない…。
ただ起きることが起きているだけ…」って、
究極論すぎて、アホらしいですね。
この発言通りに在る魂なら、
猫や杓子には姿が見えないはずでしょう?

『無』も『ワンネス』も体験済みですが、正直……。
『嫌だなぁ、それを言っちゃぁ、おしまい!』
『身もふたもないじゃん』
と思います。

何のために地球に生まれたのか……。
オバちゃんは、ごく『ふつうのオバちゃんらしく』
次のように思います。


辛く苦しいことの多い……。
物心ともに逆境のような環境に在りながら、
泣きながら、葛藤しながらも、
自分にできる最善の道を選び、それを全うする。

これでもか、これでもかと辛酸を嘗めつくしても、
『大丈夫……きっと乗り越えられる』と、自分を励まし続ける。
やがて……暗い夜が明け、
自分の中のスピリチュアが目を覚ます。

自分の先生は自分だと気づくと、
ハイヤーセルフや、守護霊ちゃんなんかの
バックアップ機構が始動し、
ついに、輪廻の目的が『無償の愛』だと知る。
と、まぁ、こんな感じです。

あなたは、そのままでスピリチュアです。
ですが、もっと自分を信じ、愛し、育めば(他者への依存をやめる)
宇宙からのバックアップがパワーアップすること、請合いますよ。

『依存』は、自らの成長を止めてしまいます。
日常の、さまざまな出来事から目をそらさず、
『これは何を学ぶため?』と、自分に問いかける……。

すると、必ず答えが得られます。

『お告げ』とかじゃないですよ!(-。-;)
テレビや、本、友人との会話などの中に、
その答えを発見することが多いものです。



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意識のスイッチ

 26, 2015 14:04
 雲の曼荼羅 001
     雲/曼荼羅


どうしても、どうしても……。
なにがなんでも異次元体験をしたいと願う“あなた”に、
オバちゃんなりのアドバイスを書いておきます。

高額のマントラ伝授や、メソッド(方式)にこだわらなくても、
それは何気ない日常の、なにげない瞬間にやってくることが多いです。

通算で7回ほど異次元体験をしましたが、
瞑想の最中に…、というのは2回だけ。
あとは、頭がボーとしていたときばかりでした。( ´△`)アァ-

眠いのではありません。
・思考の連続で、脳が疲れ果てて何も考えられなくなったとき。
・相手の話が退屈すぎて、聞けなくなってボーとしていたとき。
・バイクで走行中、呼吸する球体に遭遇して。
・眠りに入ろうとしていて突如。
・肉体的に疲労困憊し、ベットで横になってすぐに。

と、こんな感じだったのですが、
ひらたく言えば……。
顕在意識(理性)が薄れた場合、白昼だろうと、場所がどこだろうと、
変容意識のスイッチが入ったようでした。

もっとも、そうなるには、
ちょっとした“観念の改造”が必要だと思います。
(オバちゃんは子供のころから奇妙な体験をしていて、
見えない世界への猜疑心は少なかった)

1、死後の世界を信じる。
  魂と守護霊、輪廻転生、次元、宇宙など
2、知りたいと切望する
   存在の理由が知りたい。私は何者なのか
3、ありがとう!


これだけです。(●⌒∇⌒●) 簡単でしょう?


そうだ! 大切なことを忘れてました。
(オバちゃんにとっては、必須の好みなんですが……)

・1日に1~2時間は、一人きりの静寂な時間を持つこと。
・木々の緑や、水の流れ、空や雲などの自然を見つめること。
・眠るとき『さあ、魂の故郷に戻ってエネルギーを充電するぞぉ!』と思うこと。


確かにワンネス体験は、人生観を一新するほど魅惑的です。

そこに自分はいません。
ですが……、
風のそよぎ、波の音、木々のざわめき、空気そのものの中に、
自分の意識が溶け込んでいます。
私は空気であり、風であり、水であり、陽光でした。

地球の言葉で表現するのは難しいですが、
私の意識のはずが、それが全てのものに浸透し、
どこまでも拡散している感じ……。
オバちゃんは全て。すべてはオバちゃん。
確かにワンネス(ひとつ)状態で、多幸感に満ちていました。


どうしても、どうしても……。
なにがなんでも異次元体験をしたいと願う“あなた”

意識のスイッチを入れ替えることでワンネス体験でもしたら、
人生は何倍も楽しくなること、請合いますよ!

頭のよすぎる人、無理ですよ。
完璧主義の理路整然派、時間、かかりますよ。
なにしろ “ボー……” が秘訣ですから……。



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 柿とアルプス横
    望郷(小川村の晩秋)     


『悟り』とは、真理を会得することらしいです。
では、真理とはなんでしょう?

仏教界の?
キリスト系?
宇宙系の?
それぞれが体験した神秘パターンなどの……?

どうでしょう?

真理というものは、人間の数だけ、多種多様な形をとっています。
真理は「相対的」であり、「絶対的真理」がないと言われる所以です。

だとすれば、スピ好きの人々が切望している『悟り』って、なんでしょうね?
光、覚醒、ワンネスなど、多種多様な一瞥体験でしょうか?

オバちゃんが思うに、
それらは確かにありますが……。
『スピビジネス界のCM用語』として修飾され、
『悟り』に至る秘儀、秘術であるかのように、
プロモーションされているように思えます。

確かに、ワンネス体験なんかすると、悟ったような気分にはなります。
しかし、エゴが消滅するわけではないですから、
反ってジレンマに陥ったり、無力感を感じることも多いです。

知ったからには…みたいな気負いが生じ、
世界の飢餓や、資源の搾取、ISの暴挙などが捨て置けなくなり、
悲しく苦しい思いが増えていきます。

といっても、個人にできることなど、たかが知れてます。
悩んで、悩んで……、最終的に行き着く考えが、
“人類の意識を進化させる”しかないだろうという
考えに至るわけです。


ですが、この考え……。
スピに関係なく実践している人って多いです。
知的な分析能力と、深い洞察力、愛あふれる人は、
すでに行動しているんですねぇ。


精神世界の、多種多様な……。
曖昧模糊とした真理を学んで一瞥を体験した人と、
スピに関係なく(のめりこむことなく)
日々の暮らしを大切にしている人の、
『なりたい自分像』って、
結局、同じなんですよねぇ。σ(◎◎;)


そのことに気づかされたブログを紹介しましょう。

自由人のカルマ・ヨガノート
http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/ (リンクは右下)

神秘体験などなくても、日々の暮らしの中で
ここまで真理に近づける人は希少だと思います。

冒頭のコンセプトである…、
【日々の生活を通じて、意識の進化を加速中!】だと、
心底、感じられるブログです。




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ウェーブ
 実りの秋のウェーブ



名だたる覚醒者の本を読み、
瞑想、マントラ、非二元、スターピープル、アセンションなどの
スピ用語に精通している人が増えました。

あるブログのコメント欄などを読んでいて、
人々の知識の豊富さに圧倒されるほどです。

ところが解釈の仕方を巡る激論や、言葉の揚げ足取りなど、
コメンターたちの応酬パターンを読むと、ガッカリしてしまいます。
知識の優劣を競うばかりで、人間性の未熟さを感じるからに他ありません。

知識は、単に知識に過ぎません。
数学者や化学者、その道の専門家なら問題はないでしょうが、
スピリチュアって、精神世界のことですから……。

精神世界って、もともと人智学です。
『唯物論を超え、人間の霊的諸能力の開発を目指す』学問なんですよね。
意識の在り様、波動、調和を学ぶ分野なわけです。

では、何のために学ぶのでしょう?
もちろん、シュタイナーが実践したように、
日々の暮らしに生かすためですよね。

暮らしに生かすためには、
『知識』を応用(実際に使って)、『知恵』に育てる必要があります。
『知識』だけでは『机上の空論』『絵に描いた餅』に過ぎないわけです。

だから……。
スピチュアルって、暮らしに生かされなければ意味がない。
スピリチュアな生き方って、
人間性に磨きをかける日々なんですよね。


そんな意味から、一瞬の悟り……一瞥や、ワンネス体験をしたからって、
そのときの高揚感や、感動、目からうろこの人生観が持続することはなく
20年も経つと、それらは幻のようにさえ感じます。(私の場合)

オバちゃんは未だに欲もあるし、都合によって嘘もつきます。
自我が旺盛で、好き嫌いもはっきりしています。
しかも、タバコは大好きで……。
キュープラー・ロス博士が脳梗塞で医師から禁煙を強いられたとき、
『私の人生よ!』と激しく抗議したページで、『同感!』と声を出したほど。

ただ、一瞥や、ワンネス体験は、
次のような副産物をもたらしてくれたことも確かです。

・腹を立てることが少なくなった(気が長くなった)
・他者に期待することがなくなった。
・『できごと』に翻弄されることが少なくなった。
・『ありのまま』を……愛するまではいかなくても、受けいられるようになった。
 (人が100人いたら100の正義がある)
・今日を、今を、この瞬間を慈しみ、楽しめるようになった。
・病気や、死に対する恐れが薄らいでいる。
・所有欲が薄れ、自然の摂理に畏敬の念が強くなっている。

人にもよるでしょうが、オバちゃんは今、『幸せな状態』です。

究極的には、この世は『幻想』だと知っていても、ただ、知っているだけ。
究極的には、世界は『無』だと知っていても、ただ、知っているだけ。
この知識を応用して『知恵』に育てたいとは思っていません。
本当の自分は何者なのか?
なかなか思い出せないからこそ、この暮らしに意味がある。
七転八倒、波乱万丈を味わい尽くせるのは、
地球だからこそと、魂のどこかで気づいているから……。 つづく (⌒ー⌒)ノ~~~




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幻想妖精


ネットでは、スピリチュアルブログ、多いですよね。
なにが、人々をスピリチュアに向かわせるのでしょう?

A 純粋に、見えない世界(神、妖精、エネルギー、宇宙人など))
  などへの興味と探求心から。

B 現実(仕事、人間関係、理不尽、空しさなど)
  から目をそむけたいから。

C  覚者に憧れる自意識。
   悟れば世界が変わる)から。

D すでにワンネスや、一瞥体験を経ていて、
  更なる高みに到達したいから。


大雑把に分けると、こんな感じでしょうか。

確かに、Dタイプの人って、今やもの凄い数に達しているようで、
多くの方が、その体験をブログで発信していますよね。

ただ発信するだけなら読み物としても楽しいし、
「へぇ…そうなんだぁ。こんな人もいるんだぁ」
で終わるのですが……。

ここ数年、有料のセミナー、セッション、チャネリングが氾濫し、
大天使や、宇宙人(高次の意識体)やらの『お告げ』を売り物にし、
それに依存する人々が増えているように感じていました。

中には『引き寄せ』商法の伝授(講習)にウン十万とか、
高額でのマントラ伝授なぁ~んてのもあります。

えっ?……手の込んだ詐欺商法?
うん?……マントラって、お金と引き換えるもの (・_・?)
しかも、マントラ買って消化できなかったからって、
その原因にカルマは関係ないでしょう (・_・?)etc…。

オバちゃんが思うに、( ´△`)アァ-
セミナー、セッション、チャネリングともに否定はしませんが、
費用は2000円/1時間くらいが妥当でしょう。

1000万近い学費をかけて鍼灸師免許をとっても、
施術の実質報酬は、時間換算すると2000円/1時間
くらいですし……。(て、関係ないかぁ(*’U`*))

ですが、厖大な知識を取り込んで、熱弁を奮う『賢者テラさん』でも、
そんな価格設定ですよね。


歌謡ショーや歌舞伎に行く感覚で、
例えば『さとうみつろう』さんのセミナーに参加。

ゆんゆん……UFO呼ぶ会に参加して、
男前のみつろうさんにハグしてもらって
『ああ、楽しかった! 』って思えるなら、
8000円でも、オバちゃんたちは満足しているようです。

ブログは、確かに『笑えるスピリチュア』だし、
トークセンスとハートはずば抜けていて、
面白おかしくスピリチュアに浸れる感覚が、
魅力なんでしょうね。

ただDタイプに関して、
オバちゃんを含めて…( ´△`)アァ-
今現在、地球で生きている人の一瞥、ワンネス、神秘体験って、
はっきり言って、大したことではないです。
全てを捨てて、世のため人のために、って人生やってませんし……。



その体験ゆえに反って厄介なのは、それに囚われること。
一瞬の体験に執着するあまり、
それにしがみついていたいがあまり、
セミナー、セッション、チャネリングを
『飯のタネ』にしてしまうこと……。
中には高次意識どころか、悪霊に取りつかれて操作されているのでは?
と思うような人もいますから……。


一瞬の悟りを得ても、たとえ奇跡を目撃したとしても、
その瞬間の高次の意識を持続することは不可能に近く、
たちまちエゴに引き戻される……。
もっとも、それが三次元に生かされている理由ですから、
それでいいと思うんですよね。


テーマ数が天井になったアメブロから、
ブログを引っ越してまで更新したかったのは、
B 現実(過酷さ、理不尽さ、空しさ、退屈さなど)から目をそむけたいから。
という理由で大金をはたき、結果的に被害者意識に晒されている人々のことです。

苦しくて々、辛くて……なけなしのお金をはたいて救いを求め、
結果的にスピ商人を太らせるって、ほんとに悲しいです。

次回からは
『お金のかからないスピリチュアル/方法と効用』
みたいなこと書くつもりです。(⌒ー⌒)ノ~~~



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 月と妖精
       月と妖精



小川村から大阪に戻った『ふつうのオバちゃん』は、
上記のようなクレイアートを制作する傍ら、
ジム通いをして、存分に栄気を養いました。

で、暇にまかせてと言ったらなんですが……。
この3年、熱心に多くのブログを見て廻りました。

とくにスピ商人 VS 脱スピブログの攻防などを傍観するにつけ、
『意識のアセンション』が加速していると感じています。
まもなくスピ系は自然淘汰され、気の合う者同志のコミュニケや、
自主的な学びが主流になることでしょう。

歌舞伎やオペラ、歌謡ショーを観にいくような感覚で、
ファンとしてスピセミナーに通っているなら趣味の範疇でしょうが、
オバちゃんとしては次のように思います。

被害者意識に苛まれないためにも、
そろそろ『自称覚者』への依存は卒業して欲しいです。

どう考えても、本物は悟りを飯の種にはしないと思います。
外国人を含めた超有名な覚者たちも、
その取り巻き達によってビジネス展開(ブーム化)され、
飽きられ、早晩、消滅に至ってますから……。

私たちはもともと、神であり、光りそのものです。
純粋に、真摯に、情熱をもって『知りたい』と願えば、
ある日突然、それは来ます。
セミナー、セッション、瞑想とかって、
さほど必要なものじゃないです。

そんなスタンスを経たい人、
そうすれば気分が乗る人はすればいいですが、
肝心なのは意識……。
自分に、自分の中の高次の意識にフォーカスしたいと願えば、
ハイヤーセルフや、守護霊たちは放っておかないと思います。

もっとも、肝心なことは……。
出来事から逃げないこと。
出来事は必然であり、私たちを成長させるカリキュラムそのもの。
人生の苦難は、その魂が乗り越えられるギリギリの難易度で、
設定されていると言っても過言ではないと思います。

依存をやめて、誰よりも自分を信頼すること。
自分の先生は自分だから……と、オバちゃんは思います。

次回から、テーマを絞って発信するつもりですので、
皆さんのご意見などもお聞かせください。
冷やかし、誹謗中傷などのコメントは
削除させていただきます。 (#^.^#)




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