○○東洋医学院

 15, 2015 16:36
オバちゃんの期待どうしてくれるのよ!(*`ω´*)


学校が始まり、
私は懸命に医学の基礎知識を吸収していった。

理屈抜きで暗記しなければならない解剖学や、
経穴学には苦労したが、
人体のメカニズムをひもとく生理学や病理学は面白く、
心が昂揚する日々が続いた。

中でも人体の免疫を司る白血球や、
リンパ球の働きに圧倒された。
ミクロの細胞でありながら、
それらが軍隊に匹敵する組織を持っていたからだ。

虫刺されや、切り傷などの

比較的軽い創傷を治癒させるための兵士はもとより、
危険情報を伝達する兵士、
或いは侵入した細菌のレベルによって、
将校クラスの細胞や司令官が登場する。
発赤や炎症、腫脹のどれもが、
白血球の遊走を助けるための生体反応で、
細菌との戦いを有利に運ぶための環境整備だと知って
胸が熱くなった。

破壊された人体の細胞組織を食べて、
交通整理をするマクロファージ。
殺しが専門のキラー細胞。
抑制、助っ人専門の細胞までが存在する人体は、
私の知的好奇心を存分に満たしてくれた。

戦国時代さながら、
人体は常に敵の侵入に曝されている。
天文学的な数ほど存在するウィルスや、
バイ菌はもとより、汚れた空気や、
化学物質の混入した食品などによってである。
実のところ、私たちはミクロの戦士軍団なくして生きられない。
だが、その存在を意識することは稀だ。
病気になって初めて、
抵抗力や免疫力などとクローズアップされるわけだ。

また、人体では刻々と新陳代謝の営みが続く。
微細に消化された食物を吸収しては、
1日で生まれ変わる腸の細胞。
古くなった骨を処理する破骨細胞の傍らで、
造骨細胞が新しい骨を組み立てて行く。
新陳代謝が進行する電子顕微鏡下の人体は、
まさに小宇宙に思えた。

心臓は1分間に5ℓもの血液を拍出する。
1時間では平均的な浴槽2杯分。
1日では小さなプールを満たす。
人の平均寿命を80年とすると、
実に水族館の水槽に匹敵する血液を送り続ける。

そうするための周期的な収縮は、
心臓の壁にある特殊繊維の働きによるものだ。
そのため心臓は中枢神経から切り離されても、
単独で動くことが出来る。

摘出した蛙の心臓を食塩水に入れ、
それが拍動するか否かを実験したのはドイツの医学者リンゲルだが、
彼は塩分濃度が0.3%で心臓が動くことを突き止めた。
それは後に生理的食塩水と呼ばれ、
臨床における点滴のベース液となった。

また“肝心かなめ”や、“肝を冷やす”の語源となった、
肝臓のハイテク機能は驚異だ。

外部から入ってくる薬物はもちろん、
体内で合成されたホルモンであっても、
必要のないものは全て分解処理する。
しかも、食物の消化に欠くことのできない胆汁を作る。
それは人工的には作れない。
胆道閉鎖症の子供が、臓器移植を待つ理由である。

肝臓はまた、栄養の貯蔵や加工、免疫の源である抗体の生産、
赤血球のリサイクルに関わり尿をつくる。

その何万過程もの化学合成処理は、
巨大コンビナートのフル稼働に匹敵するらしいが、
実際に工場を建てたとしても、廃棄物の処理が追いつかないという。
肝臓は、精妙でダイナミック、且つ、神秘的なスーパー臓器なのだ。


現在でも全容が解明されていない脳の魅力は格別だ。
水の流れで晒した本物の頭蓋骨を観たとき、
その美しさに息を呑んだ。

中でも蝶形骨は格別だ。
蝶が羽を広げたような繊細な骨の形に加え、
その中央に位置する窪みが、
脳下垂体の玉座であることを
立体的に認識できたからだ。

ホルモン分泌の中枢とされている脳下垂体は、
眉と眉の間にある“印堂”というツボの奥に位置し、
ヨガでは“第3の目”と呼ばれる。
それは瞑想によるトリップのインパルス起点でもある。

“眉間”に軽い振動が起こり、続いて尾底骨の先端から、
電気エネルギーのようなものが脊椎を駆け上ってトリップに至る。

それを初体験したとき、心臓は高鳴り冷や汗をかいていた。
汗を拭おうとして、さらに肝を冷やした。
手はおろか、肉体そのものがなかったからだ。
オレンジ色の、360度が見渡せる空間に、
私は点のような目で浮かんでいた。
眼球ではなく、意識の目だった。

その状態を解剖学で紐解けるはずはないが、
脳下垂体という宝玉と、
それを乗せる玉座の神秘的な美しさを観たとき、
改めて、そこが宇宙意識への扉だと確信した。


生理学や病理学を学ぶにつけ、
私は臓器と臓器の間にあるものの関係に
焦点をあわせるようになった。

血液やリンパの流れを河川に喩えれば、
毛細血管の先は湿原のような環境だったからだ。

利用価値のなさから疎んじられてきた広大な湿原が、
水の浄化や、動植物の生態系維持に
欠かせない場所だと騒がれるようになって久しい。
まさに湿原の働きは、人体の毛細血管の壁で行われる、
物質交換に酷似していた。

細胞膜の絶妙な薄さから、ミクロの戦士軍団はもとより、
酸素や二酸化炭素、栄養素と廃棄物の交換処理が、
いともスムーズに行われていたからだ。

臓器移植の前に、
取り組むべき基本的な医療があるのではないだろうか。
そんな疑問に答えてくれるのは、東洋医学の臨床論に違いない。
鍼灸科の1年が終わろうとする頃、
私は専門分野の講義に期待を膨らませていた。

ところが2年生になっても、
視る、聞く、問う、触れる、という四診はおろか、
中国医学の真髄である脈診や、
舌診などの実技指導が行われることはなかった。
東洋医学概論という教科は、ただ机上の解説に終始した。

ならば、と期待した東洋医学臨床論はさらに不可解だった。
風、寒、熱、邪などと表現される診断法に説得力を感じないばかりか、
易経から引用した五つの数に季節や色、食べ物、味覚、感情、
臓器などを当てはめた陰陽五経説に至っては、
占いゲームのルールにも似て覚える気にもなれない。

もっとも、易経というのは儒教の経典のひとつで、
易占い、道徳、哲学、宇宙論からなるテキストに過ぎない。
時の有識者が亀の背中の文様から暗示を受け、
五つの数字を万物に当てはめたことが起源だけに、
無謀なこじつけともいえる。

それだけに教師でさえ疑問を感じているようで、
テストには出ないと前置きしながら、
概要的な講義を終えるのだった。

私は腹を立てていた。

(えぇっ~、肝心な臨床論も、それで終わり? 
鑑別診断の実技は? 
臨床でどう生かすの? 
これなら独学と変われへん。
『○○東洋医学院』なんて看板、おかしいよ。
『○○鍼灸国家試験予備校』じゃん……) 

インドのアーユルベーダーもだが、
東洋医学が伝承の域を越えないのは、
未だ体系的な理論が構築されていないことにある。
いつ、誰が見てもそうだという客観性を帯びたデーターはもとより、
数値化することも不可能な診断法だからだ。
だからといって、学ばずにはいられないのだが……。

東洋医学の臨床論に失望した私は、
放課後に開かれる脈診のゼミに期待をかけた。

会社に戻る時間は気がかりだったが、
中国帰りの講師による実技指導だけは、
必須だと思っていたからだ。

脈診とは、手首の3か所(両手で6ヶ所)で、
脈を感じ分ける診断法である。
左右6ヶ所の定位置は、五臓六腑の状態が反映されるらしい。
もっとも脈の大小や数は、
精神的、物理的な条件で刻々と変わるものだが、
ひとりの患者を長期に診ることで、
微妙な異変を感じとって病を解明するらしい。

朝な夕なに自らの6六ヶ所の脈を観察し、
学生同士で脈をとり合った。
だが、自分の脈でさえ6ヶ所の違いがわからない。
わかったとしても刻々と変化するので、
相手の脈の変化など容易には感じとれるものではない。
一体、何年ほど訓練すれば判るようになるのか。

浮、沈、遅、数などという6~10数種類に分別される脈の質にしても、
その人が健康なときの、標準的な拍動数を知らない限り
比較できないではないか。
韓国ドラマなどで、いきなり脈をとる中医をみるが、
その患者の標準的な脈を知らずに判断が下せるものだろうか。

脈を診る意義に不信感を抱いたある日、
講師に質問してみた。
すると、絶望的とも思える答えが返ってきた。

脈診は経験による統計学で、
仮に10人の医師が10年間に渡って挑んだとしても、
診断の見解に統一性はないというのだ。

(うっそぉ! 最初に言ってよ……)

「そうなんですかぁ……。じゃ、患者さんはどうなるんです? 
診断が違うと治療法も違いますよね」

遠慮がちに言った。

「それが不思議なことに……。
僕が留学してたときはね、
見解が違ったとしても治療結果がいいんですよ。
やはり中医のキャリアってことでしょうかねぇ……」

講師が申し訳なさそうに答えた。
ハンサムで物言いのソフトさに定評のある先生だ。

(えっ? 10年も中国に留学していた先生でさえ習得できていない? 
ということは、脈診のゼミもパフォーマンスってわけ? 
本場で中医学を学んでも開業せずに講師やってること自体、
自信がないんだろうなぁ)

一幅の絵に対する評価が分かれたとしても、
絵そのものが害されることはない。
だが、感受性に左右される診断法で治療された
患者の予後はどうなるのか。
そんな初歩的な疑問さえ解消されることはなかった。
ゼミもまた、専門学校らしさをアピールするための、
演出に過ぎなかったのかもしれない。

それからというもの、易しいと謳われた新書が発売されるたびに飛びつき、
伝を頼って臨床の場に通いつめた。
といっても、総合的な鑑別診断を行う施術所など、皆無に等しかった。

脈診研究会という看板を掲げた鍼灸院、漢方薬を併用させる鍼灸師、
サービスで鍼灸を行う整骨院など、鍼灸界は、
自己流に徹する特殊な業界だったのだ。


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