二足のわらじ

 15, 2015 14:17
マーフィのおまじない


1993年2月、M東洋医学院昼間部の合格通知が届いた。

昼間部の授業は、午後1時から5時までだ。
となると、早朝から昼までと、夜間の仕事を探す必要があった。
生活費や学費はもとより、息子の大学費用も必要だったからだ。

行きつけの喫茶店主からスナックの仕事を紹介してもらい、
中央市場で早朝のパート職を探すことにした。

『心の準備ができていれば、全ての準備は整っている』

暇さえあればジョセフ・マーフィの言葉を唱えていた。
願いは、すでに叶っていると信じれば、
それを成し遂げるためのバックアップ機構が始動するという。

もっとも仕事を選べる状況ではないし、
意識のどこかで自分の決断を疑っていた。
(大丈夫かなぁ。体力、持つだろうか? 
いや!やるしかない。他に効率のいい収入源はないし……)


すると、不思議なことが起きた。
退職して4年も経つのに、もとの上司から電話が入ったのだ。

「東京の通販会社から、蓄積した自社リストで
営業所を開きたいという相談があってね。
責任者にふさわしい人物の紹介を頼まれて…」 

「責任者?…営業所を開くなんて大役はお受けできません。
鍼灸の学校に行くんです。
営業職は刹那的で未来がありません。
だから辞めたんですよ……」 

自分でも驚くほど、即座に断わった。

「まぁね、君がいつまでも一介の営業マンでいるはずはないと思ってました。
鍼灸の学校ですか? いや感心しました。」

もと上司が、落胆するように言った。

「誰か、大阪在住の元営業員にでも声をかけたらどうですか。
責任者やれるとなったら、飛びつくんじゃないですかね」 

他人ごとのように言った。

「いや、他の者に任せる気はない。
営業所開設となれば最低でも700万円ほどの投資になるんだよ。
私利私欲の強い営業員はいても、
君ほどの責任感や統率力を持っている人物は他にいない。
紹介するからには責任があるからね。
君にその気がないのなら、この話はなかったことにするよ。

ところで……学校は1日に何時間ほど行くことになるのかね」

わずかな可能性を探るかのように、彼が言った。 

「通学時間を合わせれば、5時間は仕事になりません。
もう、仕事も決めていますし……」

そう言いかけると、彼は仕事内容をしつこく訊ねた。
惨めな気分だったが、開き直って詳細を話した。
そうでなければ、諦めないとわかっていたからだ。

「そりゃあ無理だよ、身体を壊す。どうだろう? 
半日は留守にするという条件で社長に交渉するから、
その返事次第で、もう一度考えてもらえないだろうか」

支店長時代の、哀願するような声で彼が言った。

そんな条件が認められるとは思えなかったが、
彼に任せることにした。

2、3日たって彼から返事があった。

「午前中と、学校から帰った夜間の2、3時間でいいから
所長職を引き受けてくれないだろうか?
オーナーはそれでもお願いしたいと言ってるんだけどね」

一瞬、神に感謝した。 

「ですか…。
けど、学校が始まるまでに2ヶ月の猶予しかありませんからね。
2、3日、考えさせてください」

事務所を借り、営業員を募集して販売部隊に仕上げる期間を想像すると、
2ヶ月という期間に自信はなかった。

「わかりました。その気になったら社長に面談する手はずを整えますので。
君は僕を警戒しているようだけど、それはそれでいい。
しかし、今度のオーナーに関しては、会ってもらったら人間性は保証するよ。
掛け持ちの仕事なんかやめなさい。
疲れ果てて、肝心な勉強に力が入るわけないよ……」

彼が、妙にやさしい言い方をした。

確かに、私は彼を警戒していた。
会社が経営不振に陥ったとき、真っ先に保身に走った男だった。
(ふむ、この親心はなんだろう…。
私の営業力を絶賛し、信頼されていた当時のまま、
彼の純粋思考による言葉だろうか?
いや!転んでもただでは起きない男だ。
私を利用して社長からバックマージンを得ようとしているに違いない。
だとしても……私は自分に与えられたノルマを消化すればいい。
彼と経営者の間でどんな契約が交わされていようが、
私の目的には、なんら関係ない話じゃないか)

この降って湧いたような話を、
マーフィーの“心の準備ができていれば、全ての準備が”と、
受け止めてみるかぁ……。



3日後、オーナーと面談するために東京に向かった。

営業所開設の場所や諸費用に始まり、求人広告の方法や、
教育の全てが、私に任されることになった。

通販で集めた6万件の顧客リストは未使用で、
5~6名の営業員で消化しても2年はかかる。
その間に東京本社で更なるリストの集積が期待できるとなれば、
学校を卒業するまでの収入源には充分だった。
しかも、やり方によっては営業所の増設も夢ではない。

なんという完璧なタイミングだろうか。
私は神に感謝した。
受験勉強の最中や、学校が始まった後なら、
営業所開設など不可能だったに違いないのだ。
後先を考えずに受験し、職探しの最中に浮上した就職口だった。
しかもオーナーは、営業所運営の全権を私に委ねたのだから…。


自宅から徒歩10分ほどの古いビルの一室を借り、
事務員を1名と営業スタッフ5名を採用した。
即戦力となるにしても、プロは雇わなかった。
コミッション欲しさのオーバートークを防ぎたかったし、
先入観のない状態で、研修を受けて欲しかったからだ。
売らんがための方便でも、それが正しい知識に基づいていれば、
商品説明の域を越えることはない。
知識は説得力に繋がり、販売員もアドバイザーとしての
誇りを保つことができる。

私は、過去の営業職に失望していた。
美容関連の電話セールス業界では、
商品がなんであれ1~2日で研修を終える。
センスの善し悪しは実践でなければ判らないし、
続くかどうかもわからない者に、日当を払いたくないからだ。
生き残る者はたいてい、したたかにオーバートークを乱用する。
結果、顧客とのトラブルが続発し、
消費者生活センター問題に発展してしまうことが多かった。

フルコミッションの営業職は過酷だ。
売れなければ、1円の収入にもならない。
だからといってプライドの高い私は、
騙すような売り方はできなかった。
まして、悪質な販売員たちと“同じ穴のムジナ”と思われることには
耐えられなかったものだ。

研修に2週間を費やすると宣言し、
その間の日当の補償を社長に要求した。
責任者としては、美容や健康につながる正しい知識を習得した、
本物の美容アドバイザーを育てなければ意味はない。
そのためには新陳代謝のメカニズムと、
栄養素の種類や、その働きを徹底的に教える必要があった。

研修を終えると、作成したマニュアルでロープレを繰り返し、
リストを使って電話セールスの手本を示した。

ものの30分で数万円の商品が売れると、
営業員たちは一様に唖然としていた。
それでも1週間もすると、商品の売り込みに手ごたえを感じたようだった。
自社製品を使ってもらっている顧客リストの強みである。

所長としての給与体系を断り、
身分は仲間と同じフルコミッションの営業員にした。
他人に700万円ほど投資してもらい、お
金を稼ぐ場所を提供してもらったような感覚で臨んだわけだ。
その方がハングリーでいられる。
その方が、仲間とのコミュニケーションがとれるからだ。

理由は他にもあった。
経営が軌道に乗れば幸いだが、給与泥棒にはなりたくなかった。
自営業者出身の私には、結果がどうでも給料をもらうという、
サラリーマン的な観念がなかったのかもしれない。


営業とマネジメント、さらに所長職を兼任していても、
疲労感は全くなかった。
全てがトントン拍子で、
翌月には営業所としての目標数値だった1千万円をクリヤした。



ナポレオン・ヒルの成功哲学や、
ジョセフ・マーフィ説は、
当時、一世を風靡した。
現在、それらは『引き寄せの法則』として、
スピビジネス市場に氾濫している。

セミナーでも数10万なんてざらで、
中には100万単位の講習会を開く者も多い。
だが短期間に儲けた主催者は、早晩、破たんし、
参加者たちは被害者意識に晒される。
なぜだろう……?

主催者の目的は金集めだが、
じつは参加者も同じだ。
認定や伝授を受ければ、
自分も主催者になれるかも…。
そんな特別意識と金儲けの期待があろう。

マーフィのおまじないは確かに利くと、
私も知っている。
だが、引き寄せ商法の目的は、
唯一『お金』だ。
金という意識を発する者には、
同類が集う。
まさに『引き寄せの法則』によって、
奪い、奪われるを繰り返していくわけだ。

この『意識の法則』の因果を熟慮している者は、
金儲けと同時に、見せかけの『慈善事業』を行う。
難民を救うとか森林の植樹、ボランティアなどで
社会的な体面を繕うわけだ。

はて、結果はどうだろう。
いずれにしても金は、使い道しだいで
魂のレベルが露わになるツールだと言えよう。




エッセイ・随筆ランキングへ

WHAT'S NEW?