恍惚の人

 15, 2015 06:27
旅立つ準備をする母ちゃんo(;△;)o ・・・


母が脳梗塞で倒れた。

半身麻痺と言語障害を免れることはできなかったが、
数か月もすると、母は、すっかり好々婆になっていた。
ネガティブな感情野が破壊でもされたかのように、
童のような澄んだ目で、誰にでも微笑を浮かべるのだ。


「玉ちゃん、夜は良く眠れる?」

公園内の花壇の前で一休みしながら、
車椅子の母に話しかけた。
闘病生活も3年目を迎え、
私たちは散歩の度に短い会話を楽しめるようになっていた。 

「はい、よく眠れます」 

母が丁寧に答えた。
脳梗塞を患ってからというもの、
母はなぜか『です、ます体』 で応答することが増えていた。

「それは結構なことやねぇ…。
ところで玉ちゃん、夢見ることはあるん?」 

「はい、あります……毎晩」

「へぇ、どんな夢?」 

「これです」 

「なんて?……これって、なに」

母はじれったそうに私を見つめ、花々に視線を投げた。
そこにはジャスターデージーの白い可憐な花が、
背後の色とりどりのチューリップに映えていた。 

「ここと同じ夢よ」

突然、普通の喋り方に戻ったこともだが、
その答えにはさらに驚いた。

「えぇっ! 花がいっぱい咲いてる場所に行ったん?」

「そうよ。そりゃあ、みごとな花畑じゃが」

「へぇ~、毎晩、そんな夢見んの?

ひょっとして、そこで誰かに会った?」 

一抹の不安はよぎったものの、俄然、好奇心が湧き起こった。 

「会うたぜ。皆、おるがよ」

そういうと母は嬉しそうに私を見た。
自分の世界を理解してくれる人間に、
やっと会えたとでも言いたそうだった。

「へぇ~、たまげた。誰、誰、名前、言って」

「ヒロコ、ユミコ……正夫……ええ~……」 

戦後まもなく伝染病で亡くなった二人の姉と叔父だった。
あとは思い出せないのか、忘れたという。

「父ちゃんは?」

そう聞くと母の顔が曇った。
父はそこにいないというのだ。

「なんでいないんやろ。玉ちゃん、父ちゃんはどこにおるん」

「地獄よ」 

母はさらりと答えて、クスクスと笑った。

「なんで、父ちゃんが地獄におるん? 
面白いなぁ、そこで何してんの」

物質に執着せず飄々と生きた父が地獄にいるはずもなかったが、
おかまいなく話を先に進めた。


書物によれば、死後の居場所は人の意識しだいで変様するという。
三途の川や閻魔大王などは、日本人的概念の投影でしかない。
白人ならバスローブのような衣を着た賢者が登場し、
インドならヒンドゥーの神々が現われる世界なのだ。
だからこそ、母が観た『あの世』にも興味津々だった。

「よぉ、勉強しとらい。本読んどるがよ。
なんで地獄におるがか、それは解らんのぉ……」

どうやら母は、自分のいる場所が天国だと思い込み、
それ以外の場所を地獄と表現したようだった。
地獄で読書に耽っているというのも面白いが、
母の意識に父との地獄が刻まれていたとすれば、
特に奇妙でもないわけだ。

いずれにしても、花園で身内と再会する夢を見る母は、
肉体を去る準備段階に入っているようだった。

「ふーん…。また同じ夢見たら父ちゃんに聞いてみて。
いつまでそこにおるんやぁ、生まれ変わる気はないんかぁ、言うて……」

切なさを紛らわせたつもりが、母ははじけたように笑い転げた。 


雲行きが怪しくなり風が吹きはじめた。
病室に戻る前に、母に滝を見せようと公園の入り口に向かった。

それは間欠性の人工滝なのだが、水が沸き起こるたびに、
初めて見るかのように歓喜する母の顔が好きだった。
その無邪気さや、可愛らしさに母の魂の本質を見ているような気がした。

滝のそばに命の水と循環を詠った碑があって、
私は決まって、そこに刻まれた詩を母に読み聞かせた。


『万物の命の源である水は雨粒の一滴から生まれ、
せせらぎや小川、幾筋もの川や大河となって海に注ぐ。
命の水は変幻自在で雪や氷、あるいは蒸発して雲に変身し、
再び雨粒となって大地に降り注ぐ……』


そういう意味合いの詩だった。
自然界の水の循環は人の生涯や輪廻転生に重なった。


物心ついた頃から、母は反面教師以外の何者でもなかった。
ハングリー精神こそ旺盛だったが、些細なことで怒鳴り散らし、
母親としての優しさや思慮に欠けていた。
もっとも、貧困と継母という逆境に育ち、
結婚後も甲斐性のない父に代わって四人の子供を養う必要に迫られた。
それだけに、母の無知蒙昧ぶりを責められないことは解かっていた。

私は母のような人生を送らないために学業に励み、
いくつもの資格をとって経済的な自立を目指した。
しかし、その努力の代償は失望と挫折でしかなかった。
夫の依存心を助長させ、仕事仲間からは疎んじられた。

物質的には満たされても、
人間関係の迷路から抜け出せないのはなぜなのか。
その答えを得るために長い時間を費やしたものだ。
なかでも神秘体験は特別で、私の死生観を根底から覆した。

それ以来、母への愛しさは格別なものとなった。
家族や親しい人々は魂の約束を交わして輪廻を繰り返すという。
母は反面教師となって私の成長を促し、
母と正反対の性格をした父は、
対極的な意識の在り方を見せてくれたのかもしれない。


元来、物質欲が欠落していた父は、
母から甲斐性なしという烙印こそ押されはしたが、
博学で卓越した死生観を持っていた。

人体の生理や解剖学に通じ、大抵の病気を自己流で治したばかりか、
幼い私の知的好奇心を満たしてくれる大切な存在だった。

69歳になったある日、三途の川で母親に手招きされる夢を見たという父は、
半年後に余命3ヶ月というガン告知を受けた。
重篤な黄疸症状で入院したのだが、処置過程を推測したのだろう、
医師宛てに、自宅で死なせてもらう由の手紙を残して帰宅してしまった。
それも真夜中7~8㎞の道のりを歩いて、である。

自宅療養になった父は、ほとんど苦痛を訴えもしなかった。
気丈にも自らの病状と結末を淡々と語り、葬式を簡略化することや、
墓石に関する希望を伝えた。
家族の誰もが拍子抜けしたのは言うまでもない。

それからしばらくして、父は肝臓ガン特有の昏睡状態に入った。
そのとき家族は人間の神秘を目の当たりにする。


うとうとと眠り続けていた父が、
突然、8畳間に寝床を移して北枕にするよう指図したのだ。

それから1週間後に父は逝った。
物事に執着することなく淡々と生き、さっさとアストラル界に旅だった。


母は飽きもせず滝を見ていた。
何年でもいい。
寝たきりで娘たちの手を煩わせても、
ただ、生きていて欲しかった。

「さぁ玉ちゃん、今日はこれぐらいにして帰ろか。
ちょっと風が出てきたしな、熱でも出たら大事やし。
また来週、来よな」

顔を覗き込むと、母は満足そうに頷いた。



屋外に出るたび、
ふつうにしゃべる母のことを、
私は姉たちに話せないでいた。
左脳にあるブローカーの言語野ではなく、
魂の言語で……。
そんな話、
とても言えないではないか。(-。-;)




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