バイク事故

 14, 2015 17:30
ふつうのオバちゃんだからバカ扱い? (*`へ´*) 


留守中に届いた書留速達を引き取るため、
私は、バイクで最寄りの郵便局に向かっていた。

土曜の午前中は、目の廻る忙しさだった。
ふだんは行き届かない細部の主婦業をこなし、
何種類もの常備菜作りに励む。
昼には幼稚園児の息子を迎えに行き、
母に預けて出勤する予定だった。

車の多い国道を避け一方通行の脇道に入った。
そこは木々に囲まれた小さな公園や、
小規模なマンションが建ち並んだ静かな通りで、
遠目に国道との交差点が見えた。

そのとき、突如としてブルーの球体が見えた。
直径40~50㎝、距離にして6~7mほどだろうか。
道路との角度は45°ほど。
それこそバイクで走りながら眺めるには好都合の空間に、
それは確かに浮かんでいた。

(どこにも繋がってない? そんなバカな……)と思った。
しかし、目は光の球に釘付けになっていた。
それが呼吸するように膨張と収縮を繰り返し、
粒子のような光を放出していたからだ。

次の瞬間、奇妙なことが起きた。

私は球体の中にテレポ―ションして、
そこからブルーがかった町並みを見ていた。

人や車の動きがやけにスローだった。
(この光景はなに? ここにいる自分は誰だろう) 
それを考えようとしたとき、肉体に衝撃が走った。


細切れの映像と感情が入り乱れ、
夢を見ているような曖昧な時間が過ぎた。
気がつくと、目の前に肉片のついた2本の歯が転がっていた。
それが自分の歯だと気づいたとき、
顔面から滴る血がアスファルトを赤く染めていた。

痛みはなかった。
悪夢から逃れたいようなもどかしさの中で、
迎えに行けそうもない息子の顔が浮かんでは消えた。

「姉ちゃん、しっかりしいや! 今、救急車呼んだるから!」 

小母さんのような声が聞こえた。
すると、事態は急速に現実味を帯びた。
輝く球体に魅せられて茫然自失となった自分が、
ガードレールに激突していたのだ。 

「お願いします」

反射的に応えていた。
すると、自分はしっかりしているような気がした。
だが、立ち上がろうとして、暗闇にのみ込まれた。


茶の間でうたた寝をしている夢を見ていた。

「なんかあったん? 誰?」 
「さぁ? 誰やろ…。ああ、えらい血や!」 

玄関先がざわめき、人々の囁き合う声が聞こえた。
(バイク事故?……なんだ、夢だったんだ) 
私は安堵し、再び心地良いまどろみに浸った。 

「指輪、外せ!抜けなくなるぞ……頭、動かすな!」 

突然、耳元で男の怒鳴り声が聞こえた。
一体、何がどうなっているのだろうと訝っているうちに、
救急車のサイレンが遠のいて行った。

気がついたのは病院のレントゲン室だった。
幸いなことに頭や首の骨に異常はなく、2本の歯は失ったものの、
唇の裂傷と顔面の打撲という軽症ですんだ。


「お家の方に連絡しましょうか?」 

唇の縫合を前に、局部の消毒をしながら看護師が言った。

「大丈夫です。なんとか喋れますので自分で…。

すみません。鏡を貸してくれませんか」 

看護師は軽く頷き、微笑みながらドクターに席を譲った。

「女性やもんな、そら気にはなるやろ。
大丈夫や、跡が残らんように上手に縫ったるさかい。
まっ、鏡見るのは縫うてからにせぇ。
それにしても……、あんた、厄年かぁ。
相手もいないのに、ガードレールと喧嘩したんやて?」 

余裕で茶化すドクターの配慮が身にしみた。


夫に連絡して息子を迎えに行ってもらい、
彼らが病院に来るまで別室で休ませてもらうことにした。

心は混乱の極致にあった。
事故は必然的に起きたような気がしていたのだ。
心のどこかで、不慮の事故死を願っていた。
死ねば楽になれる。
死ねば、ゆっくり眠ることができる。
事故死なら、世間体も……。
そんな思いに駆られる日々が続いていたからだ。

だが、瞬間とはいえ、球体とひとつになったことで
世界観そのものに揺さぶりがかかっていた。
人智を超えた、何らかの意図的な世界が存在するのだろうか。

一体、あの光はなんだったのか……。
事故死願望を思い止まらせるための現象?
球体の中にテレポートした自分は何者だったのか……。

あれが“大いなる自己”と言われる意識だろうか?
それにしても町や交差点、横断する人々の動きはスローモーションで、
モザイクのようなスクリーンに同時進行で映っていた。
その現象は何を意味しているのだろう。

UFOはいい。誰に信じてもらえなくてもどうってこともない。
だが、この事故の成り行きだけは考察せずにはいられない。
少なくても、目を釘づけにされた“呼吸する球体の出現”は奇妙すぎる。
激突した後の夢や幻覚は、脳の仕業だとわかるが、
そうなるように仕向けられた現象だけは、
どうにも棄ておけないではないか。

生きることで、それが解るだろうか?
それを理解するために、生を与えられたのだろうか?



この事故は、UFO目撃から5年目に起きた。
数字の『9』の暗示を心の奥に封印したまま、
ただ金銭を得るために、
馬車馬のように暮らしていた頃の出来事だ。

結婚に失望し、その怒りを仕事に向け、
それでいて幼い息子の存在に
胸かきむしられる葛藤の日々…。
言葉にこそ出さなかったが、
死ねば楽になれる、ゆっくり休むことができると、
意識していたことは否めない。

私の中の宇宙意識(魂)は、
それを回避するために
最善のプレゼントをしてくれた。
重傷ではないが、
二足のわらじ状態の仕事を休ませ、
自分の中心に戻る手助けを、
離婚する勇気を、
人生をやり直す決断の
機会を与えてくれた。



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