あるがまま って?

 05, 2018 00:05
犬猫



あるがままに生きる』……。
あるがままに愛する』……。
悟り系のメソッドから映画まで、
ここ10年くらい、よく見聞きするフレーズですよね。

はて…『あるがまま』って、どんな状態を指すんでしょう。
何を考え、どう振る舞っていても、
自分も他者も、あるがままを愛する……。
そんな意味でしょうか?

これ、典型的な『言うは易し行うは難し』ですよね。
自分を愛することは比較的に容易ですが、
あるがままの他者を愛することは難しいです。
ってか、それができれば争いは消滅するでしょうから。

この『あるがまま』……スピ系ブログなどで検索すると、
いかにも模範解答のような言葉が並んでいます。

『自分という小さな存在の判断ではなく、
宇宙とか、自然の法則といった大きな秩序にゆだねる……』



( ̄~ ̄;)……これ、納得できます?
良識ある解釈としては、
“エゴに支配されがちな人間の判断”ではなく、と言いたいのでしょうが、
意味も知らずに“お経”に唱えているように聞こえなくもないです。(^_^ ;)

というのは……。
端から自然の秩序に委ねる前に、
人には成すべきことが、た~くさんあります。
過度な欲望のコントロールはもとより、
自然を破壊しないための自主的な規制や、
共有し、分かち合う精神などなど……。

第一、人間は小さな存在ではありません。
ひとり、ひとりの判断や価値観が集合意識となって、
この世界は天国にも地獄にもなります。
だから“人事を尽くして天命を待つ”じゃないですが、
自然の大きな秩序に判断を委ねる前に、
まず人は、自然の秩序を乱さないように努力することが肝心。
森を守り、海の汚染(プラスチックなど)を防がないと、なんですねぇ。


さて、『あるがまま』について、判りやすいのは、
幼児の頃の状態かもしれません。
ただ無邪気に、泣いたり笑ったり怒ったり……。
理性はなく、ほぼ感情だけで生きているのに悪意がない。
あなたも私も、小さい頃は純粋無垢でしたよね?

それが本来のあるがままだとしたら、大人も同じでしょう。
過激ですが……人殺しや強盗、利己的、悲観的に生きていてもOK。
そんな自分を信じ、愛して生きるという意味だろうと、
私は解釈しています。

って、身も蓋もない説明ですが……(^_^ ;)



( ̄~ ̄;) ウーン……。
やっぱ、身と蓋の部分を少し書き加えましょう。

『あるがまま』とは本来、
哲学の中の『形而上学』の中の『一元論』に始まります。
ちょっと説明を加えると……。

この世界がどのように存在しているかを調べるのは物理学ですが、
形而学は、この世界がなぜ存在しているのかを調べる学問です。
形而学は、形而上学形のないもの・タオ“道”)と、
形而下学形のあるもの・器)に分かれます。
形而学に、上と下があるというのも面白いですが…。

形のないものを研究する『形而上学』では、
一元論、二元論、多元論などがあります。

その中で私たちに馴染みのあるものは二元論で、
陰陽、昼と夜、善と悪、男と女、天国と地獄、白と黒など、
この世は全て二つに分けることができるという考え。

一方の一元論は、この世は“ひとつ”という考えなんです。
善も悪もない、男女も同じ一人の人間、人間も動物植物も地球上の生物、
宇宙はひとつ、神と人間は同じ、陰と陽は表裏一体みたいな……(^_^ ;)

いきなり『ひとつ』とか言われても‥‥でしょうが、
信じるか否かは別として、“シャングリラからの伝言”では、
それを超シンプルに表現しています。

遥か遥か昔、まだビッグバンが起きる前、
そこには意識というエネルギーだけが存在していた。
ビックバンによって宇宙が創世され、
分割された意識(私たち)は、
さまざまな星で体験を積むようになった。
シャングリラからの伝言

!(・。・) そうそう、宇宙は英語だと解りやすいです。
宇宙 = UNIVERSE
分解すると、UNIは『ひとつ』で、VERSEは『ふるまい』
ひとつの存在のふるまいが、
あらゆるものになって現れ出てきている。
それがUNIVERSE。
遥か昔の出来事なのに、
語源を辿れば、宇宙創世に由来しているって、
不思議ですよねぇ。


さて、『ひとつ』で総括される一元論は、
『非二元』であり『ノンデュリティ』とも言います。
その意味は完全性、または全体を指す言葉で、
ワンネス、ホールネス、アドヴァイタ、真我、タオなど、
国によってさまざまに表現されています。

(*′☉.̫☉)えっ?‥‥。
それ、誰かが見たとでも……って?

たぶん“幽体離脱体験”によって、だと思います。
人の意識が森羅万象に浸透、拡散した状態になると、
自己と万象の境目がなくなります。
わたしは、海であり、雲であり、風であり、光。
『ワ~ォ!‥すべてはひとつなんやぁ』と体感します。
肉体はないのですが、五感はあるので体感できるんです。
心臓バクバク、冷汗タラタラもリアルに感じますが、
実態(物質感)はないんです。(^_^ ;)

もっとも、その内容は個々によって違うようです。
私の場合は、自分が光の一部(粒子)だと理解しました。
しかも光は、高密度の愛(エネルギー)を放出。
意識の目で見たそれは、巨大で永遠とも思われる光。
キリストでもアラーでも仏陀でもなかったので、
以来、『愛の光』と表現しています。

この場合、カトリック信者なら光り輝くキリストの姿を、
仏陀に傾倒している人なら、それを見るかもしれません。
私たちの本質は『意識する粒子』ですから
観念の根底で信じているものを見るんですねぇ。
ちなみに私は無神論者でしたから、
直球でただ『真実を知りたい』と懇願しました。
渇望

原初の意識から個々に分割された光の粒子たちは、
人間界での体験を切望するようです。
『思い出しました。ごめんなさい。もう一度、やり直します』
光にそう告げて、私もその世界から戻ってきましたから。

新しい命として生まれ出るとき、
意識する光(魂)は、その環境を選びます。
学びたいカリキュラムのための舞台とスタッフを
自由意志で選ぶわけです。
準備ができたら振動数を落として物質化。
物理次元で肉体レベルの人生を生きるわけです。
もちろん、肉体の衣を脱ぐと(死)、光の源に帰ります。


(*′☉.̫☉)……ありゃ?
どこまでも脱線しそうですので戻ります。(^_^ ;)


さ~て、『あるがまま』の続きです。

『あるがままに生きる』というのは、
魂の成長度合いに沿って、そう生きるしかない。
私は、そう解釈しています。


どんなに理想を並べ立てても、自分に嘘はつけない。
言葉と行為が分離していれば意味はない。
理屈や理論よりも『そう在る』のが本物。
そうなるまでは、『あるがままに』生きるのがベスト。
シビアに言えば、そんな感じだと思っているわけです。

もちろん、私も本物ではありません。
本物はブログなんて書く暇もなく、一心不乱、
『愛の行為を実践』しているでしょうから。(^_^ ;)


どのみち一度の人生(体験)で学べる事など知れています。
奴隷や農民、貴族や王、金に仕え、神に仕え、異性に夢中になり、
子供を育て、失い、学び、研究し、賞賛を受け、名誉や権力に溺れ、
希望や失意、喜怒哀楽の全てを味わうなんて、一度の人生では不可能ですよね。
だから、輪廻転生があるんでしょう。

その筋の書物によれば、
人生は何度でもやり直せるようですよ。
マザー・テレサで600回以上。
キリストで1000回以上、転生した魂らしいです。
ちなみに仏陀は輪廻転生に関して言及しませんでした。
生まれることも死ぬこともなく、
形を変えて継続すると説いているようです。

強欲に、非道に、利己的に見えても、
別の魂のために、その役柄を演じたという場合もあるでしょうし、
強欲や非道、利己的とはどんな状態なのか、
体験したいと願った魂もいることでしょう。

何度も々生まれ変わった“平均的な人々”にとって、
『あるがままに生きる』というのは……。
現時点での自分を肯定的に捉え、
自信を持ち、自らを励ます、という意味もあると思います。
加えて過去や現状への執着、逆に抵抗もせず、
時代の流れや、世の中の動きを含めて、
『自然の摂理』に身を任せるという意味合いも、です。
そんな意味で、批評判断、理論武装している間は進化の途上。
本来の『あるがまま生きる』までには、
相当の輪廻を重ねるんだろうと思うわけです。

だとしても、書くことで自らに言い聞かせる。
わたし、そんな半端な魂なんですぅ。(^_^ ;)



なぜ波をコントロールできないのか?
なぜ望ましくない波が現れるのか?
それは、この二元性の世界においては、
相反するものは必ず一緒に出現することになっているからだ。
この事実を理解することも、とても重要だ。

私たちが体験することは、完全に均衡が取れている。
美しさがあれば、必ず醜さがある。
成功があれば、必ず失敗がある。
悟りを得ることがあれば、悟っていないことが必ず存在する。
愛されることがあれば、愛されないことが必ず存在する。

世の中とはそういうものであり、それが問題にはならない。
人がそのあるがままに闘いを挑み、
人生の均衡に歯向かって初めて問題となるのだ。


ジェフ・フォスター著
『もっとも深いところで、すでに受け容れられている/
普段の生活の中で根本的に目覚める』より



★著者紹介
ジェフ・フォスター
イギリス、ブライトン周辺に在住。ケンブリッジ大学で天文学を学ぶ。
長く鬱を患ったのち、20代半ばスピリチュアルの悟りの概念に夢中にな
り、実存の究極の真実に対する徹底的な追及を始める。
ワトキンス・レビューによる、世界の「最もスピリチュアルな影響力
のある現存する100人」の2012年の投票で51位。
 

ガイヤの意識

 02, 2018 00:05
佐田岬半島
半島のつけ根辺りが『二見集落』
伊方町 加周
小学校があった隣村の『加周』


わたし、佐田岬(愛媛県)のつけ根にある、
『町見町・二見』で生まれ育ちました。

山を越えた瀬戸内側にある村(義兄の実家)の入り江は
形状がハワイの真珠湾にそっくりだったことから、
真珠湾攻撃のシュミレーション訓練に使われたことで有名でした。

リアス式海岸の佐田岬半島は県指定の自然公園で、
春先はサザエや貝、ウニ、牡蠣などを採る磯遊びに夢中。
うっかりすると、いつの間にか潮が満ちて
渡った小島から戻るのに、腰まで海水に浸かるなんてことも。

夏は自宅から徒歩3分の距離で海水浴三昧。
ときには仲間たちと“海中ソフトボール”をやりました。
ピッチャーは腰下くらいの海中に立ってビニールボールを投げ、
バッターは陸から打ち、一塁めがけて泳ぎます。
守備は塁、外野ともに立ち泳ぎというルールなので、
参加者全員、かなり体力を消耗します。
干潮だと岩場の牡蠣なんかに足先をぶつけ、
切り傷もしましたが、潮水だと傷は早く治りました。
時間や季節ごとに変わる潮の満ち引きも、ですが、
切り傷の早期治癒も、海の不思議のひとつでした。

基本、わたしは正義感の強い親分肌の女子でしたが、
夕暮れにはひとり、好んで浜辺に行きました。
水平線に沈む夕日を眺めながら、
打ち寄せる波の音に耳を傾けるためです。

子供のくせに、ですが……。
ひとりきりの静寂な時間は、わたしにとって宝物でした。

『陽が沈んでいるわけじゃない。大地が動いてるって本に書いてわ。
けど、どう考えても大地が動いてるって、信じられへん。』
『潮の満ち引きは月の引力って、父ちゃんが言ってたけど、
池や川の水は、なんで引っ張られへんのかなぁ‥‥
!(・。・)…川は、それ自体の流れがあるし、
池はたぶん、規模の問題かもなぁ……』

そんな、たわいもない思考が収まると、
打ち寄せる波の音や、頬を撫でる風に身を任せます。
すると、それらの動かし手……。
目には見えないエネルギーの存在を感じて、
家族や友達では得られない多幸感に包まれるのです。
今思えば、かなり変な子供でした。(^_^ ;)


最近のこと……。
そんな子供心の好奇心を思い出させてくれたのは、
グレートネイチャーSP『地球事変ギガミステリー』。
こんな番組を子供の頃に見ていたら、今頃は博士か、
サイエンスライターになってると思うのですが。(^_^ ;) 


さ~て、皆さんは深層水を含む海の水が、
2000年という時をかけて一巡するって知ってましたか?

水は冷たいほど重く、塩分濃度が高いほど重くなります。
世界の海洋を巡る最も大きな循環は、
冷たく重くなった水が、ドーンと深層まで沈み込んで、
それが徐々に湧き上がってくる循環のことで、
2000年かけて一巡りするんだそうです。

(*′☉.̫☉)どの辺で? 
これは意外ですが、どこででも沈み込むのではなく、
北大西洋のグリーンランド沖と、
南極海の2ヵ所でのみ、沈み込むんだそうです。
下記の画像が「海洋のコンベアベルト」と呼ばれる
循環図のようですよ。
海洋のコンベアベルト


さて、NASAに勤務していた大気学者であり、
化学者でもあるジェームズ・ラブロックは、
今から60年前に『ガイヤ理論』という仮説を発表しました。

地球をひとつの生命体として捉え、
『地球と、その中に住む生物』が、
相互に関係しあって環境を作っているという考え方です。
(地球…アース 生命を含めるとガイヤ)
★ガイヤ…ギリシャ神話/大地の女神


『ガイヤ理論』では、
地球で異常気象などの災害が起きている理由を、
地球自身の自浄作用によるものだと考えるそうです。
人間で例えると……。
体外からの異物を排除するアレルギー反応や、
病源菌を殺すために熱を出すという自浄作用を指します。

とはいえ進行ガンだと人は死ぬこともありますし、
難病だと治癒は望めません。
人間の自浄作用には多くの限界があるんですねぇ。

それはガイヤの自浄作用も同じです。
レイチェル・カーソン著『沈黙の春』から60年近く……。
ガイヤにとって、人類はとうとう『癌細胞』になってしまいました。

⒈ 過剰な動物の殺傷、植物の伐採
⒉ 有害化学物質による空気、水、土壌、その他の汚染
⒊ 放射性物質の利用と廃棄
⒋ オゾン層破壊による紫外線増加
⒌ 急激な温暖化
⒍ 温暖化による洪水、干ばつ、台風の増加、海面の上昇
⒎ 地盤沈下
⒏ 酸性雨
⒐ 砂漠化、森林減少
⒑ 塩害
⒒ エネルギー、水、食物、その他資源の不足
⒓ ごみ問題/海洋に溢れる深刻なプラスチックゴミ汚染
⒔ 電磁波による健康障害
     
ざっと挙げても13項目の問題があります。
絶妙なバランスで健康を保っていた『地球システム』。
多少のことは自浄作用でカバーしてきた地球も、
人間の強欲で“超特急進行性のガン”に罹ったようなものですよねぇ。

で……ガイヤの意識は決断を余儀なくされます。
『だめだ、こりゃあ!……。
悪の根源(人間)を殺すしかないのか…』 なんてね。

実際、異常気象や地震、エボラやペストなどは、
地球の自浄作用によって発生したものではないか、
という説まで浮上する時代になりました。
温暖化でシベリアの凍土が溶け、
未知のウィルスが蔓延する、みたいな話も‥‥。

もっとも『地球事変ギガミステリー』によると、
地球は13世紀~19世紀にも低温と異常気象に晒されたようです。
そのとき、引き金となったのは火山の噴火でした。
アイスランドの超大噴火→太陽の光が遮断→小氷期の始まり
作物が育たず農民は飢え、フランス革命や産業革命の
きっかけになったようでした。

一方で、太陽の活動を研究しているグループがあります。
ノーザンブリア大学(イギリス)のバレンティーナ・ザーコバ教授らが、
厳密な数学モデルを用いて太陽活動のデータを分析したところ、
2030年までに太陽の活動が現在の60%まで減少。
97%の確率で地球が「氷河期」に突入することが分かったといいます。
これは前述の小氷期相当の規模になると予想されているそうです。

(*′☉.̫☉)だから?……。
それがどうした? って?

( ̄~ ̄;) ウーン。
人間はよく生きて70~80年。
悲しいかな人間って、70~80年スパンでしか、
物事を考えられない生きものなんですかねぇ。
国も企業も労働者も、利益、利益、もっと利益を……。
自分が死んだ後のことなんか、知ったこっちゃない。
みんなが、そう思っているんでしょうね。
そうやって無責任な世代交代を続けて、
この星の環境を破壊し続けてきたんですねぇ。

現状を立て直す手立ては、ガイヤの一員であり、
動物の中で最大の脳を持つ、私たち人間の意識しかなさそうです。

その道の良識ある研究者たちの存在はもとより、
さっさとエコ暮らしを実行している人々や、
戦争や、地震や津波の『語り部』たちは尊い存在です。
さらに、ふつうのオバちゃんにも、できることがあります。
資料を集め、実態を知り、それを隣人と共有するだけでも、
集団意識が変わります。
例えば次のYouTube動画を
拡散させることだって簡単にできるのですから‥‥(^_^ ;)
MAN
アニメーションですが、適格に描いています。
この感性で『MAN/アフター偏』を制作して欲しいほど。


地球はそれ自体が大きな生命体である。
全ての生命、空気、水、土などが
有機的につながって生きている。
これをGAIA(ガイア)と呼ぶ。
       ジェームス・E・ラブロック


平穏死

 26, 2018 00:05
金さん銀さん


都会ではあり得ない、過疎の村での日常的な話です。

春先になると有線放送による“「熊」目撃情報”とともに、
“悲しみのお知らせ”が、やたら増えます。

『〇月〇日、〇〇地区の、〇〇さんが、
お亡くなりになりました。〇〇歳でした。』
こんな放送が連日…いいえ、(((ʘ ʘ;)))日に2回~3回のことも。

有線放送は村人にとっての『ニュース速報』。
足腰が弱って容易には行き来ができなくても、
縁者や、友人の状況を認識できるシステムというわけです。

2001年に入村したとき、村の人口は3,620人でした。
そこで“悲しみのお知らせ”を聞き続けて12年暮らし、
大阪に戻った現在、人口は2,611人に減少しました。
(((ʘ ʘ))17年間で1,009人が亡くなったわけです。
若者は都会に流出して当時から希少でしたし、
新生児誕生や、移住者などの出入りはわずか。
ほとんどが高齢者の減少(逝去)なんですねぇ。


今から思えば、村には優れた風習がありました。
高齢者の大半の死が、自宅での“平穏死”だったことです。

かつては陸の孤島のような僻地で無医村時代も長く、
入院、点滴、胃婁など、病院での“延命治療”を嫌う人ばかり。
しかも村の診療所では、訪問診療を旨とする池田医師指導の元、
地域包括医療体制が整っていたんです。

池田医師は鹿児島出身。(父と兄は地元で病院経営)
東京での勤務医時代、終末医療の在り様に疑問を感じ、
在宅診療の必要に迫られる小川村の診療所所長に就任。
高齢者が要介護状態になったとしても、
住み慣れた自宅で、自分らしい生活を送れるための
地域包括医療体制に力を注ぎました。
お年寄りたちは、足腰が弱ったら介護サービスを利用し、
寝込めば池田医師の在宅診療を利用。
最後まで自宅で過ごすスタイルが浸透していたんです。

元患者さんが高齢になって寝こんだりすると、
私もウォーキングの途中で立寄って声をかけてきましたが、
皆さん、満足そうでした。
末期癌などには緩和ケアーが施されていましたし、
食べたいものを食べ、お気に入りのテレビを見て笑ったり……。

で……たいていは短期間に、枯れるように亡くなりました。
朝ごはん食べて、いつも通りだったのに、とか、
同居の息子夫婦と機嫌よく話した午後、急に、とかなんです。

もっとも、足腰が不自由な独居老人は介護施設行きですが、
都会のような孤独感や、悲惨さはありません。
入所者は昔なじみや、知人ばかりですし、
介護スタッフも〇〇さんちの嫁だったり、孫だったりで、
接し方も都会ほど事務的ではないのです。
『オラ、いよいよ弱ったら“サンリング(介護施設)”行くだ。
友だちもいっぺぇ、いるし…』……そんな感覚なんですねぇ。

夏は畑、冬は藁仕事などで手先を使うからでしょう。
高齢者が多いわりに認知症は少なく、
呆けて徘徊したとしても、行方不明にはなりません。
プライベート情報が筒抜け状態ですから、
『おめぇ、どこ行くだぁ?……んだか。まぁ、乗ってけ』
ってなもんで、暗黙の保護が行き届きます。
村の自治組織は地区毎に分かれていますが、
〇〇地区は松下姓、▽▽地区は大日方姓など、
村人の半数が同姓縁者という特殊事情の恩恵です。(^_^ ;)


ところが、です。
17年間も医療に貢献した池田医師。
テレビのドキュメンタリーにも取り上げられましたが、
医療機器導入を巡って村長と対立、辞職しました。

その後、鹿児島に戻りましたが、大腸癌を患い、
5年生存率が67%という厳しい宣告を受けます。
それでも短い命ならば、もう一度地域医療に携わりたいと、
たまたま誘いがあった長野県泰阜村の診療所に。

その3年後、泰阜村での活躍が再びドキュメンタリーに。
ドキュメント大賞ノミネート作品になりました。(制作:長野放送)
『どうだい 元気にしとるかい~村民と共に 医師池田忠さん~』
村民と共に 池田医師


2012年、大阪に戻った年に、ある本に出合いました。
在宅ケァ―のスペシャリスト 医師 長尾和宏さんの書いた
『「平穏死」10の条件』でした。

村での終末医療を注視していた私ですから、即、買い求めました。

ある意味、目から鱗の本でした。
子供の頃、家族がとくに大騒ぎすることもなく、
近所の爺、婆ちゃんたちが自然に、安らかに、
死んでいったことを思い出しました。
小川村のケースだけではなく、
人の死とは、本来、こうだろうと得心したものです。

この機会に、2千人以上看取った在宅医が語る
“「延命治療をやめるタイミング」とは”の一部を紹介しましょう。


■平穏死の条件は脱水、その逆は溺れ死に

平穏死とは、一言で言ったらなんなのか。
それは”枯れる”ということ。枯れていく最期なんですよ。

人生とは水分含量の観点からいうと、水分がどんどん減っていくことです。
生まれた時、赤ちゃんの水分は8割。成人は6割です。
高齢者になると5割にまで減っていく。
そして、平穏死寸前は4割くらいになる。

枯れてしぼんで水分含量が少なくなってドライになる。
医学的には脱水という言葉。
脱水と言うと悪い言葉のように思う人も多いと思います。
急に暑くなって熱中症になって脱水になる、これはよくない。
だけど、病気でがんの末期、認知症でも、脱水があったら実は平穏死。
平穏死の条件は脱水なんですよね。
脱水があると、苦痛が少ない。
そして、かつ長生きします。

良かれと思って、最期まで点滴をすると、
ある時点から命を縮めてしまう。
それどころか、苦しみ出す。

平穏死の反対は、延命死です。
最期に良かれと思って、点滴をたくさんすると患者さんを溺れさせてしまう。
もう終末期なのに、高カロリー栄養の点滴をやっている人がいる。
その結果、どうなるか。みんな溺れ死にです。

私は年間100人ちょっとの人を看取りますけど、
みんな平穏死ですね。
みんな枯れてます。
がんの場合でも痛みが少ない。
咳やたんで悩まない。
呼吸困難がない、かつ、長生きできる、
いいことばっかりです。

これはがんでも、認知症でも、心不全でもみんないっしょ。
平穏死の概念は病気の種類を問いません。

心臓も何十年も動いていたら弱ってきます。
水分含量が少ないからゆっくり動いています。
そこにドバーっと点滴をしたら、心臓はパンクしてしまいます。
たったそれだけのことなんです。

病院のご遺体はみんな重たい。
みんなむくんでます。パンパン。
家のご遺体はみんな軽い。
むくんでません。
きれいなお顔ですね。

抗がん剤、点滴、延命治療……。
私はやるなとは言ってません。やっていい。
でも、いやだったらやめればいい。
やるやらないではなく、いつやめるのかという問題なんです。

延命治療をやめるタイミングはわかりにくいですから、
患者さんのほうから「今かな?」って言ってほしいんですね。
クエスチョンがついてていい。
お医者さんもよくわからないですから、
何度も話し合って、家族も含め、
そして納得のいくやめ方をしてほしい。
それをしないと平穏死は難しいんじゃないかと思います。

長尾和宏 医師
.医療法人社団裕和会・理事長
長尾クリニック・院長

日本慢性期医療協会・理事
日本ホスピス在宅ケア研究会・理事
日本尊厳死協会・副理事長、関西支部長
全国在宅療養支援診療所連絡会・理事
近畿在宅療養支援診療所連絡会・世話人
一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会・理事
一般社団法人抗認知症薬の適量処方を実現する会・代表理事
NPO法人つどい場さくらちゃん・理事
前・尼崎市医師会地域医療連携・勤務医委員会委員長
元・尼崎市内科医会会長
元・兵庫県内科医会理事


『「平穏死」10の条件』&『家族よ、ボケと闘うな!』 お勧めです。
中古本なら300円台で買えますよ(Kindle版より安い) (^_^ ;)


つかず離れず

 26, 2018 00:05
         嫁姑ネコ 
                ワーオ!…冷戦?


田舎暮らしの折、
よくショートエッセイを書いたものです。
その中から未発表のものを紹介しましょう。
山間僻地での『嫁姑物語』です。


       寄り添う

過疎の村では、今も姑につかえる嫁が多い。
若夫婦は現金を稼ぐために勤め人となり、
舅や姑は、野良仕事をしながら孫の面倒をみるわけだ。

施術の折、嫁や姑たちの愚痴聞き役に徹して10年が過ぎた。
彼女たちの関係が、線路のように交わらないものかと思いきや、
どっこい、本物の家族になっていくからたまらない。

痴呆を伴う身体機能の低下で施設などに入ると、
婆ちゃん方はたいてい、子供がえりして嫁を慕う。
ろくに顔も見せない息子の顔は忘れても、
嫁を、実の娘のように愛し始めるのだ。

帰りがけに、姑は決まって嫁に言葉をかける。
『気づけよぉ……帰ったら1人じゃけぇ、よ~く気づけよぉ』
どうやら、夫に先立たれた娘だと思い込んで、
その境遇を心配するらしい。

施術を終え、嫁が言う。
『すっかり、憎しみは消えました。
今はね、とっても可愛いし、愛しい』
そう言いきる患者のそばで、涙を潤ませる。
“ああ、救われた”と思える瞬間だ。

浮気を重ねた夫は許せなくても、
姑も、かつては同じ立場の嫁同士。
呆けてしまえば、未来の自分に重なる。
だから赦して、そっと寄りそう。
痴呆も、ときとしてありがたいと思う。



こんな関係、都会では消滅しているように感じます。

もっとも、都会では同居というスタンス自体、すでに少数派。
基本的に住宅スペースが狭いので、まずは物理的に無理。
嫁姑論争は、二世帯住宅、あるいは距離を隔てた
実家への出入りなんかで生じるわけですが……。

『嫁姑問題』は、今やブログにおけるカテゴリーのひとつ。
ペンネーム投稿で素性を隠せるからでしょうが、
ブログは言いたい放題の巨大受け皿になっています。
罵詈雑言MAXの記事に、
コメンターたちの“共感の嵐”が吹き荒れています。

もちろんSNS上の意見交換も盛んですが、
その内容やアドバイスには唖然です。

財産相続が見込めれば我慢も仕方がない。
子育てに口出しなどは言語道断。
仕事や、夫婦で出かけるときは便利。
優柔不断な夫には離婚をほのめかす。

多くのケースで圧倒的に嫁が強いですが、
それらはもう家族とは言えないような……(^_^ ;)
ブログ上の嫁姑は、互いが悪意に満ちていて怖いほど。
他人なら、ここまで憎悪が膨らむことはないだろうに、
なんて思ってしまいます。

!(・。・)b 実はこの状況、他人ごとではありません。

その昔、強烈な姑イジメに遭った母のこと。
息子の嫁には理解を示すだろうと高をくくってましたが、
なんのことはない、気がつくと嫌みな姑に成り下がっていました。

法事などで実家(二世帯住宅)に行くと、
階下に聞こえるような大声で嫁の悪口を言うのです。
優しく諭してもダメ、馬の耳に念仏状態。
自分の味方になろうとしない娘を、非難する始末です。(´-﹏-`;)
私たち三人姉妹は、そんな母を見て井戸端会議。

長女『私の場合は伯母さんやったし。(従妹同士の結婚)
   病院通いだけで終わったけん、楽やったわ』
次女『けど、お義姉さんも可愛げはないわなぁ。
   何年経っても心開かんというか、他人行儀で近寄られへんわ。
   私か?‥‥同居なんかせぇ~へんよ。ろくなことにならんし』
私 『ほんま、母ちゃんにしても、お義姉さんにしても、
   うちの場合、“つかず離れず”しかないん違う?
   母ちゃんの態度思たら、お義姉さんに感謝やわ。
   せっせと、ご機嫌、とらな。なぁ‥(o´_`o)ハァ』

と、まぁ、こんな感じで20年が過ぎ、両親も彼岸に旅立ちました。
兄嫁は大分の田舎出身で、愛想こそありませんでしたが、
忍耐力に秀でた女性で、長男の妻としての勤めは完璧でした。
今も不愛想ぶりは変わりませんが、それが彼女の自然体。
『あき竹城』が怒ってるような顔してますが、根はいい人です。(^_^ ;)

思うに……。
嫁姑問題は、出口のない迷路のようなもの。
生活環境や価値観の変遷を思うとき、
どう考えても不即不離…“つかず離れず”がベストに思えます。

わが家の場合、息子夫婦は奈良在住。
嫁の実家が近く、日頃から、なにかとお世話になっています。
老いた親にすれば、娘の存在はありがたいでしょうし、
息子は、嫁の実家の両親を大切にして欲しいと思っています。

私たちが暮らすのは大阪。
ちょっとの間には合わない距離ですし、
夫の実家というのは、嫁からは何かと敬遠されやすい。
それが反って幸いくらいに思っているわけです。
(孫、孫と、大騒ぎするタイプでもない)

ついでに、私の個人的な死生観を書いておきましょう。
考え方のひとつ、くらいに受け流して下さいね。

子供がいようがいまいが、夫婦だろうが、お一人さまだろうが、
身体の老化や病気の程度こそあれ、死は必ず訪れます。
だから用意周到に『覚悟』を定めておくことが肝心。
『ピンピンコロリ』が理想ですが、そうはならずに、
認知症や、脳梗塞の後遺症などでボロボロになった場合の話です。

老々介護はまだしも、片方が残された場合の先は見えませんが、
端から息子たちに期待はしていません。
彼ら夫婦の幸せが最優先ですから‥‥。(^_^ ;)

ってことは、選択肢は限られます。
まず有料老人ホームは経済的に不可能。
特養は待機者数37万人の時代で、
要介護4~5か、独居老人優先です。
となると、介護保険で通所型のサービスを受けるしかない。
大半の人に、選択肢はないんですねぇ。

このことを肝に銘じ、
できるだけ健康を維持する他に、手立てはありません。
ウォーキングや、ジム通い、マレットゴルフなどで体を動かし、
頭脳を使うゲームや、ブログ記事の投稿、カラオケで歌いまくるなど、
夢中になれることがあればさらにいいと思います。

正直、この歳になると、癌も怖くなくなります。
認知症や脳梗塞の後遺症を思えば、随分とましに思えます。
だから…!(・。・) 決して大きな声では言えませんが、
頻繁に検査とかしないで、判ったときは手遅れ。
ってのがいいかも……なんてね。(。・?_?・。)


嫁姑に較べてごらんなさい。
夫婦なんて楽なものよ。   永六輔

二人の女を和合させるより、
むしろ全ヨーロッパを和合させることのほうが容易であろう。
                ルイ14世(フランス王)

パートナー

 26, 2018 00:05
            寄り添うライオン



『結婚とは……ズバリ、なんでしょう?』

20歳の頃、当時46歳の上司に訊ねました。
日本初のショッピングセンター総括マネージャー。
ダイエーの中内功と並ぶ経営コンサルタント。
野性的な美女を妻に持つ、やり手の上司に、です。

『( ̄~ ̄;)……。
40%の愛情と、60%の忍耐と努力……だな!』

『ですか……ありがとうございました!』


当時、国際結婚に悩んでいた私には、
貴重なアドバイスになりました。


66歳になった今、
上司の結婚観に、拍手を送りたいです。


で……ここからは、ゆる~い大阪弁の独り言です。
気にしないでください。
独り言ですから‥‥。(^_^ ;)


確かに、上司の言ったパーセンテージなら、
結婚生活は、なんとかやっていけるやろ。
愛情10%、忍耐と努力90%だとダメ……別れる人、多いかも。

嫁さんへの愛情10%ラインって、たいていの男は浮気してへん?
その点、女はさまざま……夫への愛情10%でも、浮気するとは限れへん。
子供のためになんて体裁のいい理由つけて、夫の収入や、
社会的地位にしがみついて、我慢の人生、やってる人多いもんなぁ。

うん?……ってことは、
損得勘定抜きで愛情90%、忍耐と努力10%なんて夫婦、
いないってこと?

いや!……いる。
意外にも子供のない夫婦って、この傾向が強いと思う。
世間から『子育て経験もないのに…』とか思われがちやけど、
私の姉(長女)なんて、夫を息子のように大事にしてるし、
子供のいない友人夫婦も、似たようなもん。
けっこう人間、できてる人、多いように思うわ。
だから、たまに想像してしまう。
彼らは、子育てテーマを卒業した魂たちかも。
今生は、別のテーマを選んだんやろなぁと……。

まぁ、愛情10%の夫婦だったとしても、そこは年季。
老いるに従って、上司のパーセンテージに近づくと思うわ。
それは自主的に、というより、必要に迫られての話。

子供や仕事にエネルギー取られることもなくなり、
体力や記憶力の衰え、慢性疾患なんかを伴なうと、
互いが、いきなり、相手しかいないと自覚し始める。
過去のことは水に流して……うん? 健忘かも?
老々介護の助け合い運動に目覚める、ってことかもなぁ。

けど……夫婦はやっぱ『相性』が肝心や。
人生観や価値観が似てるほどうまくいく。
登山大好き VS  パチンコ行こう!
文学大好き VS  ユダヤ商法にぞっこん。
身の丈に合った VS  人を踏み台にしてでも。
これだと、端から合うわけないもんなぁ。

もっとも、夫婦仲の良さにはカギがあると思うわ。
依存も干渉もほどほどにして、互いの自由を束縛せんことやな!
一緒にいて、疲れる相手はアカン。
互いの素を出されへん相手とは、長続きせぇへん。

誰やったかいなぁ。
うっかり離婚意思ほのめかしたとき、偉そうに、
性格の不一致は『性の不一致』とか言ってたオッサン。
やっぱ、ただの『スケベ』や思うわ。

恋愛初期、あるいは新婚の数か月を除いての話。
性の個性と、性格は比例傾向が強い。
性の営みには人間性が表れると、私は思てる。
テクニック以前に、身勝手さや、優しさ、気遣いの程度なんかが丸見え。
それこそ、心身ともに裸……互いに、ごまかしの効かん行為やと思うわ。

まぁ、男女の何かなんて、世界中の文学や映画が物語ってるやん。
何度も恋に堕ち、情愛を重ね、遅かれ早かれ心は移ろう。

物語の共通点は、個性の『違い』を、なぜか『愛憎』で測るところ。
自分の期待にどこまで応えてくれるか、とか、
『結婚の誓い』を守るのは義務でしかない、とか、
特に女性は、愛情の確認に思考の大半を費やすんだよなぁ。

それが、読み手や聴衆にはうける。
ときめき、舞い上がり、疑い、絶望するプロセスに自らを重ねて、
ともに動揺、共感して、心のどこかで安心するというわけや。
で、人のふり見て学習するかと思えば、それは少なそう。
ず~と、似たようなストーリーに惹かれ続けてるもんなぁ。

ま、少数派だけど、いることはいる。
思い込みの呪縛から覚めて『違い』に気づく人がいる。
恨みつらみを卒業して、『違い』を快く受容できれば
“本物の人生”のスタート地点に立ったようなもの。

で……。
『自分探し』とかなんとか言って、やっと本当の自分を生きようとすんねんなぁ。
端から『本当の自分』生きればいいのに。

あっ、脱線してる……パートナーの話だ、ちゅうに! (^_^ ;)


夫婦は互いに、相手の『もの』じゃない。
一言で言うなら『共同体の夫婦バージョン』。
広義には、いわゆるパートナーに過ぎへんと思う。
それを認識していたら、
お互い依存も期待もせぇへんから不満は減ると思う。
Yesとnoも、笑顔で言えるわ。

『なんでやねん? そんなん、私の勝手やんかぁ』
『そうやったん? そりゃあ悪かったね。へぇへぇ、すんません』
『ありがとね……ええとこあんなぁ。(*^▽^*)』

わが家の場合、適当に自己主張しながら、
たいてい、この三つで丸く収まること、多いわ。
大阪弁は「吉本新喜劇 」のノリ……。
嫌みを感じない、便利な方言やと、いつも感心するわ。

けど、方言は博多弁が一番、好きやわ。
親友が鹿児島、博多は出張でよく行ったもんや。
『ほんなこつ、せからしかぁ』
『よかよ、よかよか……』
『たまには命の洗濯ば、せんね』
…って (*´~`*)。o○ 人のぬくもり感じるし‥‥。


そや!……思い出した。

『風子はのぅ、大器晩成型よ。
若いときは苦労するかもしれんけど、歳とってからは、ええ人生送るがよ』

子供の頃、父ちゃん、私の手相観て言うたなぁ。
今にして思えば、ぜ~んぜん、当たってへん。
真面目にコツコツやってたら、大方の人は“何かを成し遂げ”てん、違うん?
いかにも統計学的な、誰にでもできそうな鑑定やんか。

第一、なにをもって大器やの?
父ちゃんのポリシーだった“ボロは着てても心は錦”が大器なら、
当たってないとも言われへんけど、
“今生的な立身出世”なら、大外れやん。

そや!……よお考えたら、
今のパートナー、どこか父ちゃんに似てるわ。

アウトドアー派、自然大好き、平和主義、器用なところとか。
尻に敷いてるつもりはないけど、パートナーは、尻に敷かれたいタイプやな。
穏やかな性格やけど、頼りにはなれへん。
責任が伴なう判断や決定、避ける傾向が強いもん。
そんなとこまで、ほんま、父ちゃんに似てんなぁ。



キリがないので、この辺で独り言、終ります。
皆さんのパートナーはどうでしょう?
シングルマザーや、お一人様も、良ければご意見をお聞かせ下さいね。

(*′☉.̫☉)えっ?‥『まず、あんたんち、どうなんや?』って?

そりゃあもう……。
老いぼれた、冒頭画像のライオンカップル、そのまんまです。
66歳の私と、76歳の連れ合い……ピッタリの感じでしょう?
しかも、過去世(姉妹、親子、婚約者同士)から数えると
“4度目”のパートナーですから。((((;゚;Д;゚;))))カタカタ (^_^ ;)




男は言いよるときだけが春で、
夫婦になってしまうともう冬だ。
女は娘でいるうちは五月の花の時のようだが、
亭主持ちになると、たちまち空模様が変わる。
               シェイクスピア




(*´ェ`*) お知らせ
  『人気ブログランキング』 いろんな意味で堪能しましたので、外しました。
  お手数なのに今までポチしていただき、ありがとうございましたぁ。



ジェラシーor羨望

 12, 2018 00:05
  ニャン①
  チェッ、面白くねえ……                 
 ニャン➁ 
 いいなぁ、憧れちゃう‼ 




営業(美容関連)の世界で1位をキープしていた時代、
よく疎まれました。

(*′☉.̫☉)えっ?…性格悪いから、って?

言い訳するようですが、性格は中くらいだと思いますよ。
とくに善良でもなく、意地悪でもない、
ごく、ふつうのオバちゃんだったと思います。


あるとき、営業員によるクーデターが起きました。
私と仲良しだったナンバー2が扇動。
気の合う5人が突如、他社に移籍したのでした。
会社は倒産危機にあったので、かなり堪えました。

成績が鳴かず飛ばずの、残った営業員たちに聞くと、
とんでもない“ストーリー”が誕生していました。

風子ちゃんが全国1位をキープできるのは、支店長とできてて
特別な顧客リストをもらっているからに違いない。
女社長から風ちゃんに“片腕”の話が来たのも、
支店長が部長に昇格して本社行ってすぐだよ。
彼が社長に頼み込んだに違いない。
風ちゃんばっかりいい思いして、こんな会社でやってられへん。
このまえ言うてた会社な、コミッション今より5%はずむ言ってるし、
この際、みんなで行けへんかぁ。

と、まぁ……私へのジェラシーが原因で、
ざっと1500万/月の売り上げが消えました。

会社は美容関係の通販業で全国展開。
主要都市に支店を持つ大手でしたが、
社長の放漫経営(多角経営に乗り出し)によって失速。
20億の負債を抱えて倒産寸前に陥って社長が交代。
主婦だった奥方が社長になった矢先の出来事でした。

それからの1年というもの、新社長の号令の元、
販売マシーンだった私が、さらに弾丸マシーンになりました。
課せられたノルマは、ひとりで月に600~700万。(盆正月以外は無休)
残りの5人で1000万。
支店の維持には最低2000万/月が必要でしたから‥‥。

自営業出身の私は販売員になっても、
組織を経営者の視点で見ていたことは確かです。

飛び込み営業も体験していたので、
冷暖房の効いた部屋での内勤営業なんて、天国に思えました。
経費もかからず、与えられた自社リストで仕事ができる。
他人の褌で相撲をとれる条件に不満はありませんでした。
仲間内の諍いに介入もしなかったので、
上司から信頼されていたことは確かです。

女社長から、
東京に来て欲しいと懇願されたことも事実でした。
本社の中枢人事の能力に疑問を持っていた社長が、
部長に昇格して本社勤めになっていた上司(元大阪支店長)に相談。
バランスのとれた人格者だと、私を推薦したようでした。

この話には相当、悩みました。
世間知らずの主婦が、20億の負債に挑む決意をした。
その勇気に敬意を表して、力を貸してあげたい。
持ち前の判官贔屓のような同情心はありました。

ですが一方で、不安もありました。
販売員からいきなり社長の右腕になれば、
古株の重鎮たちからイジメられるに決まっています。
元上司だった部長がかばってくれたとしても、
それが男女の噂話に発展する懸念はありました。

さらに、住まいは賃貸に出したとしても、
息子とも頻繁には会えなくなるし、
脳梗塞で闘病中の母の看護も、姉任せになります。
そもそも名古屋以北、特に東京は、
未知の世界に思えたりして……。

それでも、新たに募集した新人たちが育ち、
売り上げが安定した頃、本社勤務を決心しました。
通販システムに対する興味や、宣伝媒体のチョイスなど、
現場とは視点の違う職域に興味もありました。


仕事と身辺整理の、慌ただしい日々が始まりました。
顧客へのアフターフォローを専従者に任せ(自腹で雇用)
締め切りまでの売り上げ確保に専念。
マンションを賃貸に出すつもりで、
休日には業者を物色したりして……。


そんなとき、本社の部長から急ぎの電話が……。

いきなり、この話はなかったことにして欲しい、と言うのです。
社長同伴で大阪まで来て、私に直談判した男が、です。

理由は、女社長の豹変でした。

スーパースターとはいえ、
一介の販売員が社長の右腕に?
そんな噂が本社に拡散。
当然、役員の耳にも入ったようです。
で、瞬く間に完璧なストーリーが創られました。
部長は、もともと大阪支店長。
社長は、部長の口車に乗せられてる。
2人はできてて、会社を乗っ取るつもりでは?
そんな噂を、役員の一人が社長に耳打ち。

(((ʘ ʘ))女社長が、それを信じたようでした。


『(●`∧´)アホらしい‼
20億の負債抱えた会社、乗っ取ってどうするんです?
というより……社長には失望しました。
人事を刷新したいとかなんとか、力強いこと言って。
私の手を握って涙、浮かべて……。
その一方で、女たちの噂話を真に受けるなんて、
世間知らずの主婦に過ぎないと、よ~く判りましたよ。

それにしても、こんな大事な電話。
どうして部長なんです⁉
そりゃあ、口利きしたのは部長でも、
生活基盤を棄ててまで決意した私に、
社長として直接、誤るべきじゃぁないです?

(*′☉.̫☉)……はぁ? その勇気もない? 
元社長夫人のプライドなんですね』

そう言うと、電話の向こうで消え入るような声が。
『すまん……僕としても呆れて』

この部長、4年後に、私が救われるきっかけを提供してくれました。二足の草鞋
人生における人間関係は、摩訶不思議に満ちています。


ああ、長い話ですが……続けます。(^_^ ;)
お忙しい人は、スルーください。



この出来事の半年後、私は退職しました。

部長が昇格して本社転勤になったとき、
新しい支店長とマネージャーは、私が誘致していました。
学研時代の課長と、その友人の息子さんでした。
その責任から、安易に退職することはできませんでした。
沈みかけの船から逃げずに踏んばったのは、
彼らを守るためでもあったわけです。
ですが売り上げ挽回に最善を尽くし、
新人も育てたわけですから、罪悪感はありませんでした。

むしろ、絶好の機会だと思いました。
営業職は、能力次第でお金にはなりますが、
刹那的で未来がありません。
もちろん金銭欲もありましたが、
辞めたくても、諸事情で思い止まっていただけ。

旧社長の、おバカな経営能力も、ですが、
新社長はもっと始末に悪いのでは? 
社会性がないために疑心暗鬼のワナに堕ち、
周囲の意見に翻弄されるなんて……。
60歳過ぎて、人を見る目さえ、ないんかい!…です。


!(・。・)ふと、直観が躍動しました.。

足元と、本社筋、両方のジェラシー騒動が
立て続けに起きた。
これはある意味、運命的な暗示だろうか?
心が求めるものに舵をとれ、みたいな……。

ってことは、この逆転劇……。
本社移動を、何者かが阻止してくれたのかも?
『ジェラシー』という、
この世で最も厄介な観念に満ちた人々を利用して?

そうなんです。
心の奥では、ず~と、精神世界の探求を求めていました。
神秘体験や離脱体験の意義を明確にしたい。
そんな願望を押し殺して、販売マシーンを続けていたんです。

よっしゃあ‼ 
これを機に、しばらくプータローでもしよう。
『本当の自分』を知るための道に進もう‼
そう決心したのでした。


ジェラシーほど、恐ろしい意識はないかもしれません。
殺人や暴力などのように、多くの人の目には見えず、
静かに深く、陰気に、荒く収縮しきった意識だから、です。

『ジェラシー』は心を閉ざし、
自分で自分を貶める気がします。


私が退職した1年後、会社は倒産しました。
早過ぎない? とは思いましたが……(^_^ ;)
私が誘致した支店長とマネージャーは、
ノウハウを元に会社を起こすと決心。
残された営業員の仕事を確保し、安堵しました。


かつて裏切られた仲間の2人とは、
10年後に、自宅近くの商店街でバッタリ再会しました。
お茶でもと、自宅に招き入れました。

『あのとき風ちゃん、裏切って……。
そや!……私、その会社でトップになってん。
けど、トップはしんどいなぁ。
風ちゃんの気持ちが、ようよう解ったわ。
もうな、銭金じゃないねん。
会社のノルマと、自分のプライドにふりまわされて。
営業員はもめてばっかりやし‥‥。
そうそう、このAさん以外は、皆、辞めてしもてん。

稼いでもな、な~んにもいいことなかったわ。
家出て、自力でマイホーム買ってんけどな。
娘はわがまま放題。嫁に行って半年で出戻るしなぁ。

私な、風ちゃんが羨ましいて‥‥。
若いし、チャーミングやし、
いつだってナンバーワンで、支店長のお気に入りで。
離婚しても息子さんとうまくいってるし、
好きな人もいたしなぁ。

まっ、それでも羨ましい思てる間は、まだ良かってん。
風ちゃんとは気もおうたしなぁ。
けど、支店長やマネージャーの態度見てたら、
だんだん憎らしくなってなぁ‥‥。
今やから正直に言うけど、ジェラシーあってん』

そういうと、5歳年上の彼女が、
大粒の涙を流しました。

神戸商船大卒のエリートだった夫は、大手不動産の役員。
女問題は跡を絶たず、欲求不満から営業に関わり、
高収入を得て『若いツバメ』も作りましたが、
ツバメはホストあがりの『おバカな男』。
小遣いせびられるだけで、何ひとつ、
満たされることはなかったのでした。

『解ってるよ……解ってる、って。
ナンバーワンになって良かったなぁ。さすがや!』

互いに涙して、思い出話に耽りました。
すでに道は違っていましたが、
神様かなんかが、引き合わせてくれたようでした。


生きていると……゜、
『ジェラシー』感じることはよくありますよね。

他人の突出した能力や、多大な幸運、
権力や膨大な財産などに対し、羨望を越えて、
あほらしさ、或いはジェラシーに近い感情が
沸き起こったりするでしょう?

(*′☉.̫☉)えっ?……ぜ~んぜん?
ワ~オ!……あなたはすでに『賢者』かも。

私はというと、その感情を速やかに『羨望』に変えました。
もちろん自分のために、です。
『羨望』は、憧れの思いから生まれる感情で、
そこに不安感はありません。
すごいなぁ、という憧れる気持ちって、
前進していくためのエネルギーになるからです。

一方の『ジェラシー』は、不安から生まれます。
相手を引きずり下ろしたい欲求に駆られ、
相手に不幸が起きると、いい気味だと思ったりしがちです。
これは自らの魂を汚してしまう思考で、ヤバイです。
しかも、そのネガ意識は引かれ合い、類を呼んで、
混沌の中で運命を呪うことになりかねませんし‥‥・。

そんなときは、内なる自分と対話するといいですよ。

自分は何を目指しているのか。
自分はどう感じているのか。
自分はどこまで達成できたのか。

そうやって自分を分析することで、自らを客観的に観察できます。

そうそう、冒頭の『ニャン画像』は、『ジェラシー』と『羨望』を表してみました。
やっぱ、右のロシアンブルー、清々しいですよね。
いや!……左のニャンも捨てがたい。
しぶとそうでしよう? それなりに腹、座ってる感。((´∀`*))、



憎しみは積極的な不満で、
嫉妬は消極的な不満である。
したがって、
嫉妬がすぐに憎しみに変わっても
不思議はない。   ゲーテ

偉大な人間に対して悪口を言う人は、
ふつう道徳的見地からではなくて、
まぎれもない嫉妬心からである。
      ウォルター・サヴィジ・ランドー (詩人)





ポチが、励みになります!…(*´~`*)。o○
        

『憧れ』と『錯覚』

 25, 2017 13:40
小川村スポット 白馬 青鬼集落
         小川村                白馬青鬼集落



かつて……。
冠雪の北アルプスを背景に、
木々の紅葉した里山を眺め、
ただ美しい……などと感動したものです。

ですが、そこで10数年も暮らすと、
その美しさを維持するための、
村人たちのご苦労を思います。

足腰が弱り、痛みと戦いながら行う農作業や草刈り。
都会に出た息子や娘たちは言います。

「そんなこと、やらなきゃいい。
誰も、やってくれって言ってないだろう?」

そして、老婆は愚痴ります。

「痛てぇなんて言えば、息子や娘には叱られるがね。
そのわりに大根でもなんでも、できたら持って帰るだ。
今年なんぞスーパーの野菜は放射能がどうの、ってんで、
種まで買ってきてさぇ……気楽なもんだ。
何でも播きさえすればできる、って思ってんだなぇ。
まっ、無理してやるのはそれだけじゃねぇがね。
草ぼうぼうで、人の畑に迷惑かけちゃなんねぇし……」

「(´-﹏-`;) ウーン、そうだよねぇ……」

施術の折は、老婆の心情に共感しきりの日々でした。


テレビなどでよく“美しい日本/美しい里山”など、
ドキュメンタリーが放映されます。

NHKだと、さすがに深く掘り下げて地域の声も拾いますが、
民放となると、アホらしくて聞いていられません。
(NHK1回、民放3回取材を受けた実感から)

某テレビ局取材のテーマは『素晴らしき夫婦』でしたが、
現地リポーターは、それらしきインタビューもせず、
勝手にダジャレを連発して、適当にストーリーを創ります。

で、放映を観ると……。
田舎暮らしに対する私たちの感想などはカット。
スタジオでは、北アルプスの動画を観ながら
コメンテーターの女優なんかがはしゃぎます。

「美しいですねぇ! ぜひ、里山の原風景を残さなくては……」

\(?。?”) これには虚しさしか感じず、
心の中で呟きました。

『ハイハイ、あなたはいいよ。
美しい服着て、冷暖房の効いた部屋で、
感動型コメントすればいいんだから……』と。


テレビ局って、ウケネタの機会が欲しいだけで、
内容なんてどうでもいいようでした。
北アルプス、田舎暮らし、自給自足可、癒し。
これらのフレーズにピッタリの場所に来て、
マイクさえ向けといたら、みたいな……。(^_^ ;)


美しい里山は、
村人たちの勤労奉仕で成り立っているに過ぎません。
頼りの行政も予算に限度があるし、結局のところ、
自らの田畑に続いている、という理由だけで、
高齢者の善意にすがっているのが実情なんですねぇ。

水面を滑るように進む、美しい水鳥を観るとき、
忙しなく動かす、水面下の足を想像したことがあるでしょうか?
その想像力こそが、美しい里山を創る。
その洞察こそが、知恵や策につながるのでしょうが……。


さ~て、この『憧れ』の微妙さ……。
風景とは限りません。
職業や人物像、生き方など、
何にでも当てはまります。

医師や、レスキュー隊、芸術家や舞踏家、
宇宙飛行士や、深海探査、遺跡の発掘など、
アグレッシブで独創的な世界への憧れ。

スポーツ界のスーパースターや、
メダリストたちへの憧れ。

グレースケリーや、ダイアナ妃、
イヴァンカ・トランプなど、
才色兼備な女性たちへの憧れ、などなど……。

『憧れ』は、人によって『なりたい自分像』であり、
機動力や継続力になりますが、
一方では、無知と軽薄さによる『錯覚』だったりします。


例えば、悲劇のダイアナ妃。
何本かのドキュメンタリーを観る限りですが……。

夫に裏切られ、その喪失感を慈善活動に託しました。
知名度を生かした資金集めです。
ですが、地雷撤去地でのパフォーマンスは、いかにもプロパガンダ。
真心とは、かなり距離があるように感じました。
本物の継続的な利他愛ではなかったのでしょう。
その活動も長続きはせず、次々とロマンスに身を委ねました。

ダイアナは、気まぐれな性格のようでした。
パパラッチを嫌いながら、一方で、
彼らに情報を漏らして自らを追わせたんですねぇ。
その大胆で不可解な行動については、
さすがにナレーションも入りませんでしたが、
船上のセミヌードなんかも、マスコミには予告済みだったようです。

なぜ?
存在のアピール?
見て、見て……私を見て‼
私は自由! 好きに生きるわ。
ってなパフォーマンスだったとか?

で、結果的にですが‥‥。
パパラッチの餌食になったんですねぇ。


それにしてもイギリス国民って、
ロイヤルファミリーに熱狂する人多いですよね。
その理由、ご存知です?

『私はイギリスと結婚しました!』
そう宣言して独身を貫き、生涯を治世に捧げた、
エリザベス一世への敬意が、人々の根底にあるんですねぇ。

エリザベス一世は、国王の愛人の子。(正室の子ではない)
幼少期から波乱に満ちた環境に置かれましたが、
あらゆる分野の学問に秀で、8ヵ国語を操ったようです。

一方のダイアナは、なによりも、誰よりも、
自分自身が注目され、愛されることを望んでいたのでしょうか。

だってチャールズ皇太子なんて、
誰が観ても、神経の細いマザコン男子ですよねぇ。
それも見抜けなかった?
それより王室の魅力が勝った?
皇太子も、自分を愛さずにはいられないはずだと
錯覚したんでしょうかねぇ。(^_^ ;)


!(・。・)…そうそう!
『錯覚』と言えば、現エリザベス女王(第42代)も、
国民から『錯覚』の恩恵を受けているようですよ。

NHKスペシャル『タックスヘイブン(税の避難所)』の続編。
『パラダイスペーパー/疑惑の資産隠しを暴く』では、
世界の権力者たちの“不都合な真実”がスクープされました。

資産隠し、税金逃れ、犯罪資金隠しなどの詳細ファイル、
パラダイスペーパーに名を連ねているのは、
政治家、著名人、経営者など2万5000社。
実名を挙げれば、エリザベス女王、キャメロン元首相、
プーチン、トランプ、習近平、ナイキ、アップル社など、
合わせて58兆円の脱税額だとか……。

もちろん日本でも。
元総理の鳩山さんとかも実名でスクープされ、
日本だけでも1000社が税逃れ。
その税金総額たるや5兆円だそうです。

いやはや‥‥(´-﹏-`;)
汚職で失脚を繰り返す中国共産党幹部たちを
侮蔑してられないじゃないですかぁ。
だって、結局‥‥。
その皺寄せが国民に課せられるのですからねぇ。
消費税値上げなんて、こんな顔になりません?(。・?_?・。)ムゥ…

今回のパラダイスペーパー公開前に、
取材していた女性記者が殺害されたりもしましたが、
世界のジャーナリストが、より結束して挑んだようです。
パパラッチと同類の週刊誌ネタ記者とは大違い。
記者たちの、命がけの取材に頭が下がります。
なんか久しぶりに、
真のジャーナリズム精神を見た気がします。

これはもう、一般庶民としても‥‥。
シンデレラストーリーとか、ロイヤルファミリーとか、
浮かれている場合じゃないですね。
ワイドショーや、週刊誌ネタに洗脳されることなく、
『憧れ』の目を観察眼に変えて、
自らの『錯覚』を払拭しないと‥‥です。(^_^ ;)

1%の人が、世界の50%のお金を牛耳っているんです。
非課税ですから、預けてるだけでも増え続けるわけで、
富める者の懐は“雪だるま”のように膨らんでいくんです。

5兆円の税金を徴収しろよ!
その先の消費税増税じゃないのか! って、
額の血管、浮き上がるほど、怒りましょうかね?


遅々とした『意識の進化』を憂いながらも、
真のジャーナリズムが健在なことに感謝です。
『国境なき医師団』と並ぶ、『国境なき記者団』。
世界中に『見えるシステム』が構築される日まで、
彼らの情熱が継続しますように‥‥。…(*´~`*)。o○


人類の運命、ぼくたちの未来は、
市場(かね)の法にゆだねられている。
どんな手を使ってでも、
手に入れなきゃいけないと思い込んでいる。

お金、お金、お金!
みんなが目を血走らせて競争ばかりしているんだ。
自分たちの実入りさえよければ、
ほかの人たちの人生や豊かな生活、
自然の保護、地球の未来なんかはどうでもいい。

ぼくたちの地球を支配しているそうした哲学の結果は、
火を見るより明らかだよね。

汚職のないところなんてないし、
暴力や犯罪は増えるばかりで、
研がれた爪や牙は隣人にむけられ、
街には錠前や鉄格子や拳銃や壁が増え、
貧しい人々と富んだ人たちの差は
日増しに広がっていっている。

そしてうまみのある”ビジネス”が、
ぼくたちの惑星を汚染し、破壊していく。(ペドゥリート)
            「アミ 3度めの約束」より




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スッポンポンの智慧

 12, 2017 00:05
木の精


本日のテーマは『落葉』

冬を前に、落葉樹はなぜスッポンポンになるのか?
スッポンポンになる前に、なぜ紅葉するのか?
その智慧を知っておくと、生き方のヒントになるかもしれません。


ご存知の方も多いでしょうが、
落葉のメカニズムを、ちょっとだけ書きます。


植物はいろいろな養分を根から取り入れます。
しかし養分以外の、目詰まりする成分も吸い上げるため、
葉は古くなるほど光合成のはたらきが衰えてきます。
加えて、気温が低くなると根のはたらきが鈍くなって
水分が充分にとれなくなります。
それでも葉をつけていると、葉先から水分がどんどん蒸発しますので、
役に立たなくなった古い葉は、体から落として冬を越す、というわけです。

生理学的には葉のつけ根に『離層』という特別の境目ができ、
枝から葉に水分が行かないようになります。
そのため葉は枯れ、離層の所から離れ落ちていくんですねぇ。

その少し前、葉の色に変化が生じます。
イチョウの葉に代表されるように、
緑色の物質が分解され、黄色の物質だけが残る葉。
また光合成で得た糖分やデンプンが多く残っている葉は、
糖分が化学変化を起こして赤色になります。

ふつう、誰もが『紅葉シーズン』とか言いますが、
葉の色の変化は、主に3タイプあるようです。
紅葉(こうよう) → 赤色に変化 → カエデなど
黄葉(こうよう、おうよう) → 黄色に変化 → イチョウなど
褐葉(かつよう) → 褐色(黒ずんだ茶色) → ブナなど


さ~て……。
広葉樹の葉が落ちる理屈は判りますが、
葉を落とす前に、なぜ赤や黄色になる必要があるのか。
その意味については、
まだ解明されていないようなんですよねぇ。(・_・?)


そこで風子流の、勝手な解釈をしてみました。
繰り返し、々、記事にしてきましたが、
森羅万象の全てには『意識』があります。
それを前提にした、
風子流、葉っぱの“つぶやき”です。(^_^ ;)

見て! わたしを見て!
葉として存在した命のフィナーレ。
その輝きに気づいて!
生けるもの全てにサインを放ちます。
潔く落葉して、生き物たちの糧になるんです。
糧になったからって死滅するんじゃないですよ。
在り方を変えるだけ……。
微生物たちとひとつになって、
新しい命を育むためなんです。



紅葉の季節の風情を、人々はこよなく愛してきました。
歌謡曲『天城越え』のフレーズ“山が燃える”とは、
まさしく黄葉や、紅葉の絶頂期を詠ったものなんですねぇ。
燃える、枯れ葉、晩秋、憂い、哀愁、覚悟……。
人は、その情念を秋に重ねるようです。
やがて来る冬を乗り越え、希望の春に思いを託して。


苦しくて、辛くてたまらなかったとき、
休日のたびに、晩秋の山に登りました。
一番電車に乗って、奈良の山々を徘徊。(大阪に高い山はない)
何度も心をリセットしたものです。
コレとか→期待
コレ→落葉


落葉してスッポンポンになった幹に手をまわして、
さすり、語りかけ、愚痴を聞いて(?)もらいました。
その幹の暖かいこと。
『スッポンポンの丸裸だぞ~い!
だけど、どっこい!生きてるぞ~い!』
そんな樹々の意識に、なんど救われたことか……。

人間、物心ともに、どん底まで堕ちたら、
見栄や体裁、プライドや執着は消滅します。
そんなものにしがらんでいた自分が、バカに思えるんです。

すると、視点が変わります。
どん底って『地に足が着く』こと。
それ以上落ちることはないから『落ち着く』んですよねぇ。

本当の意味での『エネルギーの温存』は、そこから始まります。
男女の情愛もですが、お金や地位、存在感などに執着している間は、
それらを失う不安から意識が収縮。
エネルギーは消耗していく一方ですが、
地に足をつけた生き方は、まさにエコ的パラドックス。
しっかりと大地に根を張るので、乾燥や豪雨、
台風や地震にも耐えられる丈夫さを獲得。
あるがままを受け入れることのできる、
拡張した意識を放つことができるんですねぇ。

ってなことで……。
落葉は、あえて身を削ることで大樹の栄養となり、
新たな芽吹きに一役買う植物の智慧。
知恵ではなく、智慧、ですよ。(^_^ ;)
この季節になると、自然界の輪廻転生……。
循環のサイクルを思わずにはいられません。



どの一片(ひとひら)の落葉も、
舞い落ちながら宇宙の最大の法則の一つを満たす。
       オーストリアの詩人 リルケ


リルケは『エネルギー不変の法則』を詠っています。

人が死んでも、物が燃えても、形が変わるだけで、
エネルギーの総和は変わらない。

木が燃えたら、木という個体エネルギーは無くなるが、
気体エネルギーとなって宇宙の要素となる。
宇宙を成り立たせているエネルギーの総量は、
形を変えても一定、という法則である。

落ち葉も、我々人間の命も、
全てが同じ『エネルギー』という一括りであり、
それについて愛しさを覚えることは、
とても包括的なのである。



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セミ時雨

 12, 2017 16:15
クマゼミ セミの羽化
                                動画 クマゼミの羽化
 



早朝ウォーキングの帰り道……。
日差しを避けるように、公園のベンチで小休止。
しばし、クマゼミの『大合唱』に耳を傾け、思いを巡らせます。

よくもまぁ、力の限りって感じで鳴き続けて、
体力消耗せぇへんのかなぁ。(雌は鳴かない)
大きく力強く“鳴いたもん勝ち”って、何かで読んだし。
その甲斐あって、すでに交尾に成功したとか?
(メスに巡り合えないオスの割合、約37%)

成虫になったら3週間~1ヶ月の命……。
ってことは今、セミ生のクライマックス期。
交尾に燃え尽きる、壮絶で熱い夏ってことなんやぁ。

あっ、メスが産卵してる。
枯れ枝に卵産みつけるって、ほんまやったんやぁ。
セミは産みっぱなし。
卵は勝手に地表に落ちて土に潜り、
数年もの間、幼虫で暮す。

木の根に口吻を差し込んで樹液を吸い、
地下でも数回の脱皮をおこなう。
そこにはモグラや、ケラ、ゴミムシなどの天敵がいるし、
菌類に冒されて死ぬ幼虫もいる。

どんな世界でも、生き抜くって大変だなぁ。
  

ってな思いなんですが……。


子供の頃、セミの羽化をよく観ました。(陽が落ちてから)

樹の根っこ辺りから、幼虫がゾロゾロ這い出てきて木に登り、
長い時間をかけて脱皮するんです。
白っぽく柔らかい羽が固まるまでは、
絶対に触ったりしてはいけません。
ちょっとした刺激で、羽が縮れたたり、
死んでしまうんです。

羽化に成功したら、立派な成虫。
翌朝、光の世界に成虫デビューするんですねぇ。


わたし、セミや蝶の羽化シーン大好きです。
幼虫や、サナギからは想像もできない姿で出てくるでしょう?
『完全変態』ですよねぇ。
特にセミの抜け殻は美しい。
背中が割れているだけで、幼虫の形のままですよね。
手に取って、まじまじと眺めても飽きることがありません。

!(・。・)b そうそう、私たち人間も、
変態を繰り返して生まれてきたって、ご存知ですよね。
母親の胎内で刻々と、昆虫の変態以上に大きな変化がおきます
胎児の成長

体の大きな変化にはエネルギーが必要です。
母体から栄養を受け取れる生物は母体の栄養を使って変化し、
そうでない動物は自分でエサを取ってから変化するんですねぇ。


ふと、今の医学生は幸せだと思います。
人体を学ぶにしても、YouTubeなどの動画で観られることが…です。
立体画像となると、私の時代はビデオくらいなもので、
NHK『人体シリーズ』など買いそろえて、けっこう高くつきました。
(教科書や講義では物足らなくて……)
とくに人体の免疫力“ミクロの戦士軍団”なんて、
何十回、見たことでしょう。
人体は、まさに『小宇宙』。
ミクロの宇宙観察は、マクロ宇宙への興味へと変遷。
その気になれば、ネットは無限の知識の宝庫ですねぇ。


おっと…脱線しそうです。(^_^ ;)
セミの話に戻りましょう。

今はネットで鳴き声まで聞くことができますが、
セミたちが時間を譲り合って鳴いてるって、ご存知ですか?

日の出とともにシャン、シャン、シャン → クマゼミ
音量が大き過ぎて、他のセミの鳴き声など聞こえません。
ですが午後にはたいてい、ジー、ジー → アブラゼミとか、
ミーン、ミーン → ミンミンゼミとかに変わります。

比較的涼しい日の山間部では、ツクツクボウシが多く、
夜明け前とか、夕暮れが近づくと、カナカナカナカナ → ヒグラシ。
こんな感じで、時間と場所を譲り合って、
雌にアピールするんですねぇ。

ヒグラシの鳴き声、いいですよねぇ。
どういうわけか、わたし、たまらなく好きなんです。

雨上がりの静寂な森の中から、カナカナカナカナ…♪…♪
哀愁を帯びたような、魂に刻印されているかのような、
“故郷”を思わせる懐かしい響きが、です。



今現在、午後4時30分です。
パソコン操作するデスクの、窓に広がる林からは、
クマゼミに代わってミーン、ミンミン……。
時折、遠慮がちに、ジー、ジー。
野鳥のさえずりにコラボしています。

まもなく陽が落ち、過ぎ行く夏を愛しむように、
ヒグラシの優しい鳴き声が響きわたることでしょう。
ビルや、街並、人影もない、この静寂な風景が、
私の精神の安定には欠かせないようです。


さて、お知らせです。

しばらくの間、ブログ、お休みします。
『死ぬまでに伝えたいこと』の記事数は243件。
すでに伝えきった感で、今は惰性のようなもの。
こんなこと……なんて思いながら書いてる自分がいて、
日に日に、意欲を失っているんです。(^_^ ;)

こんな時期は休むに限る。
そう思ったものですから‥‥。

セミのように『脱皮』できるか、
はたまた失敗して土に潜るか。
それが問題ですが……。(。・?_?・。)

数少ないでしょうが、
楽しみにして頂いてた方には、申し訳ありません。
また、そのうち、お会いしましょう。 (* ・´з)(ε`・ *)chu♪




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バイブレーション

 25, 2017 00:05
チャクラ
     チャクラ(正面から)

チャクラ②
     チャクラ(身体の位置)



シャン、シャン、シャン……。
日が昇ると、クマゼミの大合唱が聞こえる季節になりました。
この音に風鈴の音色でも加われば、まさに夏の風物詩。
音は、さまざまな記憶を蘇らせてくれます。

海辺育ちの私は、波の音の違いで天気が予想できましたし、
雨や、風の音で物語の世界に思いを巡らせ、
母の声のトーンで、その日の機嫌などを予想したものです。

これら、さまざまな音は、空気の振動によるものって、ご存知ですよね。
空気や水、金属など、音源の振動を伝えるものがあるから聞こえる。
宇宙空間のような真空では、音はしないのですねぇ。

もっとも音が聞こえなくても、空気を振動させている物質は沢山あります。
太陽から放出される光や、そのスペクトル(光の色の帯)。
赤外線・可視光線・紫外線、X線、γ線なども、
それぞれに、振動の揺れ幅(固有の周波数)を持っています。

さらに、さらに……ここからが肝心。

周波数を持っているのは、音や、光だけではありません。
森羅万象の全ては、固有の振動(周波数、波動)を発しています。
植物や樹木、水も土も岩も……もちろん動物や人間も、です。
よく聞くでしょう?
この場所は波動が高いとか、低いとか。
この人とは波長が合うとか、合わないとか……。
人は無意識のうちに、波動を感じ取っているんでしょうね。

そうそう、人が放出する波動の種類について、
あえて分けるとすれば、収縮拡張かの二種類しかありません。
収縮……縮こまる、停滞、思考をコントロールできない、など。
拡張……偏見のない心、無限、思考をコントロールできる、など。

とはいえ、人の波動は意識の質ですから、
二種類の中に、無数の段階があります。
ざっくり言えば、
独裁者~キリスト意識までの幅があるわけです。

前にも書きましたが……。
自らを犠牲にして、線路に落ちた人を救った中国人とか、
気がついたら神戸に来ていたと言う、東北の大工さんとか。
考えるより先に体が動いて隣人に奉仕する人々や、
無償の愛を実践する人々は、かなり波動が高い人だと言えます。
当人はまったく意識下にはないでしょうが……。


で……、いきなりの注記です。

Web上で『波動を上げる○○メソッド』とか、
やたらスピビジネスが氾濫していますが、
人の波動って、レッスンで上昇するようなものじゃないと思います。
まして、高額のマントラ買って、唱えたからってねぇ……。
人の波動は意識……『在り方』で決まるわけですから。(^_^ ;)


ってことで、話を元に戻して……。
『波長』とは元来、波であり粒子の性質を持っている『光』の、
山から山、谷から谷までの距離を指します。

もっとも光は、空中を飛び交っている
様々な電磁波の内のひとつです。

電磁波の中には波長が数1000kmにも及ぶ電波から、
10億分の1mm以下のγ(ガンマ)線まで、さまざまな種類があります。
私たちの目で見ることのできる光(可視光線)は、
波長380~780nm(ナノメートル)。

可視光線とは、
太陽の光のスペクトル部分(光の色の帯)の、
七色の波動をもつ電磁波のことで、
プリズムによって、太陽の白い光は七色に別れ、
その七色を収束すると白色光に戻ります。


★プリズム…光を分散・屈折・全反射させるための
         透明な媒質でできた多面体。


“光の七色を合わせると『白』になる”

この現象は、私にとって神秘です。

というのも、暗闇の中で瞑想しているにも関わらず、
閉じた視界を満たした『七つのチャクラの色』には続きがあって、
八番目の『白』に変わった瞬間、離脱したからです。神秘体験

この体験の後、思いを巡らせたものです。

自然界の光の七色と、チャクラの色が同じなのは、なぜ?
暗闇で閉じた視界に、色彩が展開するのは、なぜ?
展開する色彩に、順番があるのは、なぜ?
離脱前に起きる、チャクラの微細な振動(パルス)は、何?
とどのつまり、人の魂(幽体)はエネルギーを持った光?
幽体が抜けても、肉体が代謝を維持できるのは、なぜ?

そんな、誰も答えを知らない疑問の数々に
悶々とした日々を過ごしたわけです。


★チャクラ…サンスクリット語(インド))で『車輪』の意。
 人間の精神的エネルギーの中枢を司り、
 身体の中心線上、経絡に重なる位置にある。


そんなある日、旅先で、光り輝いている木々を見ました。
(大山神社の境内 → 場所そのものの波動が高い?)
幹も葉も、全体が微細に振動。
葉の一枚一枚が光に覆われていて仰天。
見つめていると、眩暈がして倒れそうになりました。

それは、ほんの数分のことでした。
ですが、前記の疑問は払拭され(百聞は一見に…)、
森羅万象の全て……。
どう見ても固い、硬い物質にしか見えないものも、
固有のエネルギーと、バイブレーションを発していると
体感したのでした。


さて、チャクラや、その色に興味のある方は、
まず陽に向かって目を閉じてみてください。
すると、閉じた視界は真っ赤になるはずです。
それから時間の経過とともに、
オレンジや黄色、黄緑、曖昧な色に変化していきます。

これは人の瞼が薄いためにフィルターのように働き、
光のスペクトルを映すのでは? と思っていますが、
その時の環境が静寂で、心が平安だと、
色はどんどん濃くなって、紫色に到達。
原色を思わせる濃紫が現れれば、
あるいは、そのままワンネス状態になるかも……。

周囲の雑音が聞こえているのに、それらは遠い感覚。
陽の光や風、水の流れや雲などに自分の意識が浸透し、
どこまでも拡散して、森羅万象と“ひとつ”になる感覚です。

このワンネスや、神秘体験のメリットは、
自らに起こる波乱万丈や、やりきれないできごとも、
まるで舞台劇や映画のように、客観視できるようになることです。
そうなると、腹が立っても長続きはしませんし、
できごとや成り行きも、相手側に立って考察したり、
その心中を推し量ったりして、寛容になっていきます。
そのリアルな体験はこちら  空白の時間・私はどこに

心から、そう思えるようになったら、人生はただ、愛しい。
自分を含める全ての人が、人生の主役だと解ることで、
少しずつ、批判メカニズムが剥がれ落ちていくんですねぇ。

(*′☉.̫☉)……ってか、わたし、ま~だ、まだです。
災害とかあっても、ボランティア行動する前に思考に取りつかれるし、
今生を終えるまでに、残りの批判メカニズム、消滅するでしょうか。
それが問題です。(。・?_?・。)ムゥ…。



ポチが、励みになります!…(*´~`*)。o○

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