冬景色
                   小川村/厳冬


今日は、鍼灸師だった日々に、もっとも驚嘆、感動した本。
デビッド・スノウドン著 『100歳の美しい脳』を紹介しましょう。


ノートルダム寺院のシスターたちは、そのほとんどが長寿で、
病気に罹ることも少なく大往生した人が多かったようです。

しかも、彼女たちの中の678人は、アルツハイマー病理究明のために、
死後、自らの脳を検体として提供したそうです。

後に脳を解剖してみると、驚くべき結果が得られました。
病理所見は重度(ステージ5,6)でも、
全く認知症症状を示さなかった例が少なくなかったのです。

病理所見があるのに症状がなかった。
σ(◎◎;)これは一体、どういうことか?
なんてスピリチュアな現象だろう!
病は気からって、端からスピリチュアそのものだったんだぁ!

オバちゃんは、彼女たちの生活環境と精神性にフォーカスしました。
読み進むと、彼女たちの暮らしぶりは次のようなものでした。

修道院のコミュニティは献身的で温かく、ある意味で本当の家庭より家庭的だった。
そこで老いていくシスターたちは、最後まで元気な人も、
心身に病を抱えた人も、同じように尊厳に満ちて輝いていたというのです。

もっとも、シスターたちは若い頃(平均22歳)自伝を執筆し、その後の活動
記録を含め知的活動の歩みが多かったそうです。
研究者は次のように結論ずけています。

“若い頃に、肯定的な感情表現にあふれた、
複雑な文章を書いていた人ほど、老齢期の脳が健康である”


そのとき思いました。
ワァ~ォ! 耳痛~い!(>_<。)ゝ
若い頃からいろいろ書いてましたが…。
生意気な批評判断が多かったかも?
(・_・)……ン? 遅すぎることはなかろう!
今からでも“美しい脳”になろうっと!(^_^ ;)



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一人しずか



『もう、ほんまに……。うちの娘、何考えてるか。わかれへんわ。
○○さんにこう言われたとか、ムカついたとか、傷ついたとか。
友達との電話なんか聞いてたら、年中、傷つきっぱなしやで。
そうやって人のせいにして、
バイト先もしょっちゅう変わるから怒ったんやけど……。
私に、なんて言うたと思う?

「悪かったなぁ。おかんと違って私は繊細なんよ。
おかんみたいに鈍感で図太くないだけや!」

だって……。アホらし。
ほんまに風ちゃん、なんか、ええ薬ないかぁ……』

かつての同僚が、珍しく愚痴りました。

『ハハハ……ないなぁ。
今どきの若者相手に我慢、辛抱、忍耐なんて言葉使ったら、
アレルギー反応起こして病気になるし、
否定でもしようものなら即、パワハラじゃなんじゃ騒ぐし、
理屈と自尊心だけはエベレスト級なもんで、
“選民意識”たらなんたら理論武装するしなぁ……。

ほっといたら?
傷つきまくったらいいやん。
どこ行っても、何しても、同じような人はいるからなぁ。

『傷ついた』って言葉の多くは、
自分を正当化するための手段にすぎないって、
本当は知ってると思うわ。
人のせいじゃなくて、自分が傷つくことを選んでるって、
わかる日が来るん違うかなぁ』

『そやなぁ、それしかないか……。
私らでも腹の立つことはあるやんなぁ。
けど傷ついたとは思えへん。
大事な自分が傷ついてたまるものか、やんなぁ』

『そうそう、その精神。
人の言うこと、すること、それぞれやし。
さらりと受け流しといたらええやんなぁ。
鈍感で図太いように見えて、実は、
オバちゃんたちは悟りの境地に至ってるわけよ。
それが場数……年季ちゅうもんやろなぁ。

そや! 80歳になっても頑なで、
他人に説教すんの趣味みたいな爺とか、たまにいるけど、
人生は何度でもあるからなぁ。
好きなだけやり直したらいいんやけど?♪~( ̄ε ̄;)』

『(・_・)……ン?風ちゃん、どゆ意味?』


心が傷つかない方法って意外とたくさんあります。
オバちゃんの思考は、次のような感じ……。(*^^*)

● こうあるべき、そうすべき的な説教好きには
  (あんた自身が自分の法律に縛られて生きるんや)

● 誹謗中傷好きには
  (過去性で誹謗中傷に晒されてた?お気の毒に…)

● 被害者意識をまき散らす(自傷)タイプには
  (自分を憐れむのが好き? その状態に酔ってる?
   同情を買いたいわけ? 素晴らしい自分を知らない? 
   可哀想な人なんやぁ)




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宇宙④



イギリスのヒースロー空港を発って4時間あまり。
飛行機がシベリア上空にさしかかったとき、それは起きました。

『σ(◎◎;)あの!エンジンから火吹いてんねんけど……』

窓際の座席にいた私が、同僚の膝をつつきました。
彼女はそれを確かめ、そのまま固まってしまいました。
直後、機長からヒースロー空港に引き返す旨のアナウンスが流れ、
機内は騒然となりました。

『飛行機ってエンジン、何個あったっけ?
一個くらい火吹いても飛べるもの?』

バカみたいなことを口走りましたが、同僚も首を横に振るばかりです。
眼下には、荒涼としたツンドラ地帯が延々と続いていて、
奇跡的に不時着したとしても、生存は不可能に思えました。

それでも、1時間ほど過ぎると、恐怖感が薄らぎました。

『ちゃんと飛んでるやん。4時間、飛べるかも。
いや!……。やっぱ、遺書、書いた方がいいかなぁ。』

同僚が私に聞きました。

『うん、その方がいいかも……』

その後、私たちは黙りこくったまま時間をやり過ごしました。
脳裏に、人生のさまざまな出来事が浮上し、
死んだ場合の家族の感情はもとより、次の生の“なりたい自分像”まで
それはそれは濃厚に思いをはせました。
なにしろ4時間ですから……((((;゚Д゚))))))) o(;△;)o ウルウル・・・


『ただ今より、ヒースロー空港着陸態勢に入ります!』

沈黙の長い時間が過ぎ、その機内アナウンスを聞いたとき、
人生がばら色に変わりました。(((o(^。^”)o)))

着陸した瞬間、機内が拍手と歓喜にわいたことは言うまでもありません。


その他……。

小1の頃、転覆した伝馬船の船底から死に物狂いで脱出した。

国際結婚の下見旅行中、タイとビルマの国境でゲリラの襲撃に遭い、
(後部座席に、タイ陸軍の勲章が付いた帽子を置いていたため)
急発進して逃げる車の中で聞いた銃声音のすさまじさ。

など、オバちゃんには3回もの『九死に一生』体験があります。
どの場合も、反射的に『神さま~!』と叫んでいました。

『九死に一生』体験って、ありがたいです。
運が良かったではなく、
生かされたんだろうと思えるからです。
生かされていると思えば、
人知を超えた意図があるんだろうと思います。
その意図とは、たぶん……。
自分を愛するように、
他者を愛するレッスンなんでしょうね。




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            風を待つ
                  旅立ちの風を待つ


その日、オバちゃんは解剖実習をしながら、
クラスメート(Aさん・45歳)を待っていました。

解剖実習といっても鍼灸科のそれは、
メスを入れて開いていくものではありません。
阪大の医学生たちが解剖した遺体を利用させてもらうわけで、
一体を4人一組で再解体し、検証して復元する作業に過ぎません。
いわば、全工程をピンセットに委ねるわけです。

『ゴメン、遅くなって……』
こそ~と入ってきたのか、Aさんの手が肩に触れました。

『良かったぁ……。あんまり進めると元はどうなってたのか解れへんし。
ほら、今、腹直筋外したところで、見て!すごいねぇ……』
興奮する私とは対照的に、Aさんの表情が曇りました。

『あの……あのさぁ。
主人が末期の肝臓ガンで、余命3か月って言われて……』

σ(◎◎;)……よりによって、解剖しながら聞くなんて……。
遺体が動き出しそうに感じて、思わず、肉片を落としそうになりました。

『いつ判ったん? 』
『今朝……。朝起きたら主人の顔がひどく浮腫んでて。
病院行ったら即、宣告されて……』
『それで……なんだって学校なんか来たん?』
『主人が行って来いって言うの。お互い、一人で考えたいっていうか。
明日から入院なんだけど……。学校は行けって言うんだよねぇ』



Aさんの夫は、整骨院を経営していましたが、
柔道整復師の免許自体に疑問を感じていました。
ホットパットや、低周波を当てるだけで、
鍼灸のような、治療につながる技がないからです。
妻が鍼灸免許をとれば強みが増える。
そう考えて妻を口説き、学校に通わせていたわけです。


Aさんの夫が入院して1か月が過ぎた頃、見舞いに行きました。
彼女とは特に親しい間柄ではなかったのですが、
いつものように、私の中の直観が会うことを勧めるのです。

病室に入るとAさんの夫が言いました。

『ああ……僕、この人知ってるわ!』
(・_・)……ン? なんで、どこで?
反射的に思い、Aさんが、いたって平常心なのが不思議でした。



さらに1か月が過ぎ、学校でAさんの心境を聞くことが増えました。

『口内炎がひどくて何も食べれないし、
痛みもひどいからモルヒネ三昧でさぁ……。
けど、すごいよ。モルヒネ打ったら、天国だぁ~って言うの』
『誰かが傍に来た夢、見てるみたい?』
『しょっちゅう……。亡くなった叔父さんとか来てるみたい。
で、あるとき、うわごとのように「俺は死を選択する!」って……』

そんな会話をした2週間後、Aさんの夫から会社に電話がありました。

『僕です……明日来て欲しくて……』
『σ(◎◎;)…えっ?……今どこから…』
『ベッドの上。携帯で……』
このとき、彼は明日死ぬんだなと思いました。


病室を訪ねると、親戚の人々が彼を取り囲んでいました。
他人の私ですから身の置き所がなく、
挨拶だけすませて帰ろうと、ベッドに近づきました。

なんと、彼は自力で起き上がり、
『ありがとう!……さようなら』と言い、再び横たわりました。
その翌日の朝方、彼は息を引き取ったそうです。


このストーリーは、全体が“キツネにつままれたような”ものでした。
親しくもなかったAさんが急接近してきたと思えば、
連日のように夫婦の倦怠感の日々の愚痴を聞かされ、
直観に導かれて病室を訪ね、
『この人知ってる…ありがとう…さようなら』と、
言われただけですから……。

強いて言えば、彼の死後、Aさんの娘さん(19歳)に関わりました。
ひょんなことから、その娘さんが一人でわが家に一泊することになって、
なぜか私に、泣きながら心中を暴露しました。

イギリスに行きたい。
イギリスは、自分の本当の故郷に思える。
けど、お父さんが亡くなって……。そんな話でした。

私からのアドバイスは一言だけでした。
『魂が求めてんのやなぁ。行けばいい……必ず行けるよ』

Aさん家族との縁は、そこで切れました。
Aさんとはクラスメートというだけで親しくもなく、
人生観や価値観もまったく違っていましたから。


過去性の関わりは瞬間的、短期的で
意味不明のことが多いです。
(・_・)……ン?  
守護霊ちゃん同志が話し合い、
融通し合って……。
このケースはこの人が適当、
あのケースはあの人が…ってな感じで
使いまわされているのかもしれませんね。




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            リス来る
                 セカンドハウスへようこそ!


日常の何気ない瞬間に“自分が消えた”こと、ないですか?
気絶とか、意識障害ではなく、1~2時間ていど、
どうしても思い出せない“空白の時間”があるという話なのですが……。

そのときのオバちゃんは、豪雨とどろく阪奈道路を走行していました。
息子の親権争いで、元夫の暮らす奈良まで車を飛ばしたのですが、
話し合いは決裂……絶望感を抱えて、そこを出ました。

阪奈道路にさしかかる頃には落雷、突風に続き、豪雨に見舞われました。
阪奈道路は、生駒山を超えて大阪と奈良を結ぶカーブの多い坂道で、
晴天でも要注意の道です。

ワイパーを最大にしても、涙と豪雨で視界が利きません。
それでも全くスピードを落とそうとしない自分がいて、
同時に、そんな自分が恐ろしくてたまりませんでした。

ああ、このまま死ぬのもいいかも……。
そんな思いも浮上しましたが、理性のかけらが生きていました。

『ダメ……運転できない……私を連れて帰って……』
瞬間、何者かに祈りました。


我に帰ったのは、大阪の自宅マンションの駐車場でした。
時計を見ると、奈良を出て2時間ほど経っていました。

どうやって帰ったのだろう?
阪奈道路を下りて門真のマンションに戻るルートは2本。
どっちの道を走ったのだろう?
完全に、記憶が途切れていました。

ただ素直に、光りに感謝して目を閉じました。
すると眉間に振動が起り、そこがスクリーンに変わりました。
息子を交えた奈良での修羅場が映画のように再現され、
感情が安らいでいくのを感じました。
このスクリーンの映像は子供のころからの現象で、
信頼と畏敬の源だったからです。

その映像を見ながら、ふと思いました。
(・_・)……ン?この世界は映画? 幻想なんですか?
身に起きた波乱万丈を、『幻想』と知った上で生きろと?
(-。-;)……へぇ、そうなんだぁ。


その後も、“自分が消えた”体験は3回あります。

仕事で出雲市に出張した帰りに、同行していた専務の体調が悪くなり、
高速道路で交代して10年ぶりにハンドルを握ったときのことです。
経験者の強みで、次のように『お呪い』を唱えました。
『光、高次の私、守護霊ちゃん、みんな、よろしくね!』


で、我に返ったときは、吹田インターの料金所でした。
『あんた、10年ぶりのわりに鼻歌なんか歌って、ご機嫌さんで運転してたやんか。
おかげでよう寝かせてもらったわ』

σ(◎◎;)…鼻歌?…私が?……と、
私自身が感心したことは言うまでもありません。


数年後、同僚から意味深な相談を受けました。

『あのさあ、変な相談なんやけど……。
私、たまに記憶が無くなんねん。
例えば……笑わんといてや!
この前、スピード違反でポリちゃんに追われてさぁ。
逃げまくってんけど、気がついたら家にいて……。
けど、そんな状態って何回もあって……。私、変?』

『いや、全然。私もたまにあんねん。
けどパトカーに追われて……は、ないな。
話せば長すぎるし…まっ、あるある、そんなこと。』

『良かった! 前から風ちゃんて、そんな人じゃないかなぁって思ってて…
で、その間、私たちはどこ行ってんの?』

『さぁ? パラレルワードかも……(((o(^。^”)o)))』


故郷の桜島に戻ったこの同僚とは、今も交流があります。
白人の血が混じったアイヌ民族のような顔立ちの、
それはそれはユニークな価値観の持ち主です。


なんでもかんでもはダメですよ。
ここ一番ってときに、すでに叶っているように、
『ありがとう!』と、先に言います。
すると、宇宙のバックアップ機構が始動!
信じれば、時空が変わります。



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アルプス菜の花 (2)
       北アルプスin小川村


34歳だったオバちゃんが、久しぶりに里帰りしたときの話です。

『夢の中で母親が迎えに来てのぉ。
川の向こうで手を振って、来い来い言うがよ。
わしゃ、もう死ぬけんの。
皆のことは大学ノートに書いといたぜ』

間もなく70歳という父が、何食わぬ顔で言いました。
何十年も、東洋医学と易学を研究していた父でしたから、
子供たちの性格分析と、未来予測をノートに残したというわけです。

内心、ドキッとしました。
その2~3か月前、わが家に来ていた母との会話を思い出したからです。

『今年の味噌はいけん。麹の花が咲かんけんのぉ……』
毎年のように自家製の味噌を作る母が、暗い表情で言いました。

『(・_・)……ン? 麹の花咲かなんだら、なんかあるん?』

『よっ、知らんのかぁ?
麹の花が咲かん年は、その家に死人が出る言うてのぅ。
昔から言われとるがよ』


母の予感を受け入れたくなくて、父の手前、話題を変えました。

『ふ~ん。なんの症状もないんやろ? 夢やし……。
そや! この機会に父ちゃんの死生観を聞いておくわ。
人間、死んだらどうなると思う?
肉体は滅んでも魂は残るって、私は思てんのやけど……』

『よっ? 人は死んだら、それで終わりよ。
肉体は腐り、風化して塵になるがよ。』

父が、確信に満ちた言い方をしました。

私は、なぜか不満でした。
夢に出てきた母親の現象を、父はどう解釈しているのだろう。
“ボロは着てても心は錦”という、
物質に執着のない生き方をしてきた父だけに、
高尚な直観や、観念を持っているはずだと思い込んでいたからです。

『ふ~ん。けど、死んだ母親が夢に出て来るって、
霊魂みたいなものがあるから違うん……?
まっ、いいか。死んだら判るわなぁ。
父ちゃんがほんまに死んだら、
霊的な部分について終わりかどうか、私に知らせてな!』

そう言うと父は、バツが悪そうに笑いました。



1ヶ月後、父は余命3か月と宣告されました。
肝臓、胆嚢、膵臓を結ぶ三叉路という厄介な場所に癌ができ、
重篤な黄疸症状で入院を余儀なくされたというわけです。

といっても、父は、1か月もしないうちに病院を抜け出し、
夜中に歩いて自宅に戻ってしまいました。(医師に手紙を残して)
医学的知識の豊富な人で、病気の予後と結末を周知していたのです。


『わしゃ、もう死ぬけんの。8畳の間に移して頭を北にしてくれや』

死の1週間前に、父は家族に指示しました。
6畳の間から、なんで8畳間に?
肉体は塵になるのに、なんで北枕?と、
ちょっと不思議でした。


父が亡くなって数週間が経った頃、私に異変が起きました。
連日のようにイリコや、生玉ねぎに味噌をつけて食べ、
熱心に大相撲を観戦するようになったのです。
(私はスケートや、サッカーは見ますが、相撲は見ない)
それらは父の大好物であり、大好きな娯楽でした。

これは私ではない(・_・)……ン?
σ(◎◎;)……ひょっとして、父ちゃん?
私の肉体を通して……知らせようとしてんの?
やっぱ、霊魂は死なないって?…… (o'∀'))ゥンゥン

その奇妙な嗜好は、1か月ほどで終息しました。
父は、すべての煩悩から解き放たれたと思っています。


顕在意識(エゴ)だけが自分ではありません。
父のような死生観を持っていても、夢とか直観は、
潜在意識(魂レベルの自分)や、
宇宙意識(ワンネス)の存在を教えてくれるものなんでしょうね。
『地球卒業生かも?』と観ていた父が、
『人は死んだら終わり』と言ったのは、
今も不思議でなりません。



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ダイヤモンド鹿島槍
      ダイヤモンド鹿島槍



小1の頃、オバちゃんは初めて父親に説教されました。
祭りの小遣いとしてもらった30円を、
その日のうちに使い果たしたからです。

小さな金魚のおかきなら、1円で4個買えた時代でしたが、
甘辛く味付けしたイカの足と、ガム、
せんべいを買って食べてしまったのでした。

母は私を罵倒し、その怒りの矛先を父に向けました。
そもそも、父に甲斐性がないばかりに貧乏だったからです。


父は、穏やかな口調で説教を始めました。
ですが、いつまでたっても30円には触れようとしません。
説教の趣旨は、次のようなものでした。

『人生にはのう、身につくものと、着けるもんがあるがよ(四国弁)
金銀宝石なんかは着けるもんじゃけん、無くしたり盗まれたら何も残らんのぉ。
ほやけんど(だけど)知識や技術や、資格なんかはええわいのぅ。
身についたもんは一生の宝になるがぜ。』

『(・_・)……ン?
30円で叱られんで良かった。
やっぱ父ちゃん、いいこと言うなぁ』

そう思ったものです。


ですが大きくなるにつれ(頭で理解しても)、
やはり欲しいものは欲しい!
物質的な欲求が消えるはずもありません。

『ああ、一度でいいから100万くらい持って、
オジサン、これ頂戴!…って言ってみたい』
それが、いくつかの夢の中のひとつでした。



30年後、営業職で高給取りになったオバちゃんは、
次々と贅沢な買い物をしました。

それは、上司から課せられる売上をクリアするための、
自分用の『人参』でした。
目標さえ達成すれば、余分なコミッションは、
好きなように使おうとしたわけです。

物は、イタリア製の靴、北欧の手編みのセーター、
サガミンクの最高級コート、宝飾品などでしたが、
実際に手にすると、自分がひどく馬鹿に思えました。

八頭身のモデルならいいでしょうが、
小太りのオバちゃんに毛皮のコートは似合いません。
第一、冷暖房完備の電車の中でなんて暑いし、
脱げば場所とりすぎて……。

ふと、思いました。
これ着て山行ったら、クマに間違われて射殺されそうと。


『父ちゃん、堪忍なぁ……。父ちゃんの言うとおりやわ。
180万のミンク着てパリ行って、ルイ・ビトンの本店で、
メッチャ美しい店員に、どんなに蔑まれたことか……。

パリの庶民って意外に質素でな、ビトンなんて誰も買わない。
買うのは召使10人ほど抱えてる貴族たちなんだって。

マッチ箱のような家に住み、ローンで車買う日本人なんて、
端から軽蔑されてるんやて。
小太りのオバちゃんが、毛皮着て、首にチャラチャラつけて、
ビトン漁ってたら、そら滑稽やわなぁ。』


さらに20年が過ぎ、サガミンクの毛皮は、
原付バイクの腕カバー、安物ブーツの足飾りに化けました。


最初で最後の説教をされた、
父とのスピリチュアな話は次回に……。(⌒ー⌒)ノ~~
~



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               カッパ軍団② ページ
                  カボチャのオブジェ

最近、オバちゃんは週4回、
1日2~3時間というお気楽なスタンスで、
シルバー人材センターの仕事をしています。
内容は、建築事務所のまかない、家事援助、清掃などで、
その日も、道の駅みたいな施設で草引きをしていました。

そのとき、愉快そうなオバちゃん声が聞こえました。
振り向くと、ベンチにシニア組の二人。
植え込みに背を向けているため、私には気づかないようでした。

オバちゃんA 
『ゆうべの“衝撃映像”見た? 呆れたなぁ』

オバちゃんB
『見た見た…鉄塔の上でバク転とか。命綱なしでやるやつなぁ、
 ほんま、アホやわ。命いくらあっても足らんわなぁ』

オバちゃんA
『エベレスト登るとか、ボートで世界一周なんかとはわけが違う。
 そんな人は訓練もしてるし、いざとなったらSOS体制してる。
 けど、あの若い子ら、警察の目盗んでやるんやもんなぁ。
 今までに何人も死んでるらしいやんか……。
 あんなことで命無駄にするやなんて、あんた、どう思う』 

オバちゃんB
『主人とも言うててん。そんなにスリルが欲しいんなら、
イスラム国撲滅戦線にでも行けばいいって。
家族に心配かけるんは一緒や。
中途半端なことせんと、肉体改造して、ゴルゴ13やったらええやんなぁ』

オバちゃんA
『ほんまや。あんた、ええこと言う……。
生きとうても、生きられへん人いっぱいやのに。
臓器移植待ってる人に、命くれてやったらどないや! ほんま…』


ここで、思わず会話に参加してしまいました。(心で)

ふつうのオバちゃん
そやそや!座布団、いちまい~!♪~( ̄ε ̄;)』

これって、罪でしょうか?……:(´◦ω◦`):


大阪のオバちゃんたちは下品で、
あつかましいイメージが定着しているようですが……。
観方を変えると、正直でパワフルだと思っています。


正直でパワフルなのは……。
自信があり、情熱が沸騰しているとも言えます

このタイプ、間違っても『うつ病』にはならないでしょうね。
ボケても……たぶん、場を仕切って、
それなりに楽しい人生を全うするかもしれません。


体裁や卑屈、自己嫌悪は
病気の引き金になりやすいです。
正直が大事…。
自分に対して正直が、
聖なる生き方でしょうね。(〃^・^〃)ノ




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               秋雲
                     天高く(秋空)

哲学、思想系のブログは、
いつ見ても『引き寄せの法則』に満ちています。
とくに、ビジネス成功の切り札として用いられることが多いようです。
(一世を風靡したナポレオン・ヒルの『成功哲学』由来でしょうが…)

はて(・_・?)『引き寄せの法則』を利用したビジネスって、
成功すると思いますか?

オバちゃんの見解としては、
長い目で見て、それは無理だと思います。

金持ちになりたいという願望(意識)は、
『引き寄せの法則』によって、
同じ波動の人を引き寄せてしまいます。
争い、奪い合い……。
結果的にはすってんてんだろうと思うわけです。

とはいえ、オバちゃん自身、ジョセフ・マーフィの
『成功の法則』に助けられたことは何度もあります。
(右下の記事『ビッグマン』)
http://max111873.blog.fc2.com/blog-category-4.html


ビジネスに利用される『引き寄せの法則』との違いは、
マーフィの『成功の法則』が、必須意識として
自分と他者への『愛』が鍵だと説いていることでしょうか。

もっとも、ジョセフ・マーフィの説を信じている経営者は、
利他愛や、社会貢献を謳って(イメージアップ)
商品の購入を煽る企業もあります。
これらは、本物か否か、見極める必要があると思います。

偽物の多くは大抵、システム販売の形態をとります。
他者にも儲けさせる、ねずみ講のようなシステムを作り、
それを『愛』にすり替えてアピールするわけです。
どっこい、根柢の思惑(意識)が『欲』に満ちている場合は、
早晩、崩壊することでしょう。


ならば!と、
『引き寄せの法則』で、宝くじの当たり券を引き寄せたらどうでしょう?


そうそう!♪~( ̄ε ̄;)
この方法を試し、あっけなく挫折しました。
以下、オバちゃんの意識の流れです。(笑ってやってください)

ああ、三億円当たったら、どうしよう。(((o(^。^")o)))
まずは身内に200万くらいづづプレゼントし、
兄弟、従妹、合わせて20人で4,000万かぁ。
(・_・)……ン?
少ない(ケチ)と思われるかなぁ。
500万づつにするかぁ、それで1億円だけど、
なんてったって3億円だもんねぇ……。

けど、友人にも分けてあげたいじゃん。
まっ、100万ずつでいいかな?
けど、友人の範疇を、どこまでにしたらいいんだろう。
もらった、もらわないって、どうせ耳に入るし……。

そうそう!……恵まれない子供たちや、
『国境なき医師団』にもしなくっちゃ!

けど、そんなことしたら、身内から不満が噴き出すかも?
他人にくれてやるくらいなら、もっとよこせよぉ…みたいな。

で、配り終わったら残りが1億円?
1億円では、私の夢が実現できないじゃん。(-。-;)

ターシャ・テューダーのようなナチュラルガーデン。
その中央に建つモダンなシェアハウス棟。
スーパーや銀行、郵便局などがあって、
介助の必要な老人を含め、
動ける老人たちが働いて生きがいを保つ夢の場所。( ◜◡‾)(‾◡◝ )


とまぁ、こんなふうに迷いに迷って……。
オバちゃんはお金をコントロールすることができないのです。

多くの人が、命の次に大切だと信じる『お金』は、
霊的進化のパラドックスだと言われています。
それをコントロールできずに、
情や、欲レベルの思考が揺れていると、
まずは当たらない。
当たったとしても、
ろくな結果にならないって、
知ってるんですよねぇ。



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  寄りそう
        寄り添う
 


かつて9歳年上の、とても尊敬する友(kちゃん)がいました。

Kちゃんは、シュタイナーに傾倒していたことから、
自宅で子供たちのための塾を営んでいました。
ふつうの子供たちでありません。
俗にいう発達障害や、多動性、アスペルガーなど、
両親の手には負えない子供たちに寄り添っていたわけです。

その後、紆余曲折を経て、
Kちゃんは鉱物の世界に没頭していきました。
マダガスカル産の水晶たちに魅せられ、
それを仕入れてシステム販売を始めたのでした。

そんなある日、高野山の顧客から電話があり、彼女を紹介されました。

『学友やねんけど、この前、数年ぶりに高野山に来てな。
参道の大木に抱きついて「パワーください」とか言うねん。
昔とはえらい変わって、木の意識が…とか、
インドの哲学者がどうとか、わけのわからんこと言うんやんか。
けど、なんや風ちゃんに似てんなぁ思て。
一度、会うてみいへんかぁ』

この誘い。
実は、私はカモとして紹介されたのでしたが……。


会ったとき、Kちゃんはこう言いました。
『あんた、宇宙、好きか?』

『好きです…』
そう応えると、全身に鳥肌が立ったようで、
Kちゃんの目から涙がこぼれました。


1年後、私は営業職を辞め、道草を楽しむような気分で
Kちゃんと行動を共にしました。
原石販売の仕事をする気はありませんでしたが、
彼女のすべてを知りたいという衝動に駆られ、
定期的に開催される自宅での勉強会や、
セミナーに参加しました。

Kちゃんは、販売組織作りの名人であり、
商品ストーリーを創る天才でした。
“聖母マリアの涙”と命名された水晶の原石たちは、
リッチな奥様方を虜にして数日で完売。(200万相当)
“闇夜に光るダイヤモンド”という黄水晶原石も、
数日でなくなりました。(30万~100万)

Kちゃんに語らせると、道端の石でもダイヤモンドに思えてくる。
そんな珠玉のトークを編み出す天才なのです。

20人ほどのメンバー教育の一環として、
私はKちゃん語録の通訳的な立場にいました。
精神世界系の用語は得意でしたし、
そばにいて欲しいと切望されていたからです。

そもそも彼女の話は高度すぎて、
理解できない者が続出していたました。
しかし不思議なことに、その不可解さが神秘的らしく、
Kちゃんの人気は不動のものとなりました。

“なんか……よく解れへんけど、スゴイ!”
『ねえねえ、風ちゃん、さっきのKちゃんの言葉の意味って…』
みたいな感じです。

定期的な勉強会は、
やがて販売成績の叱咤激励会になっていきました。
顧客にローンを組ませてまで勧める販売員も増え、
離婚騒動になるメンバーもいたほどです。
Kちゃんは家を新築し、次々と原石を買い集めました。
彼女の懐が豊かになるにつれ、
なにかが狂っていきました。

共に精神世界を楽しみ、意識の進化を図りたい。
大好きな原石に関わっていたいグループの……はずが、
拝金主義の集団へと変わっていったのです。


ある日、Kちゃんに聞きました。
彼女のカリスマ性を“魂の天秤”で量りたかったのです。

『Kちゃんさぁ、お金儲けて、どう使うん?』

すると彼女は、目を輝かせて言いました。

『モルジブの海に潜って、ジャック・マイヨールみたいに
海底で瞑想したいねん。
京都の嵐山にサロン持ってなぁ、
満月の夜、水晶に囲まれて瞑想に浸りたいねん。』

『ふ~ん……私、かつて話してくれたように、
子供たちの塾やってるときのKちゃんが好き。
お金儲けても、ジャック・マイヨールではなぁ…。
まして、四億年の眠りを妨げられた水晶が、
ステイタス状態を喜んでるとは思われへんし……。
判ってるよ、好きなことやったらいいって……。
けどKちゃん以外は、楽しんでるようには観えへん』


こうしてオバちゃんは、超人的カリスマ女性の元を去りました。
もし、Kちゃんがコピーライターになっていたら、
商品は、何でもかんでもメガヒットしたに違いありません。

彼女との出会いで気づいたことがあります。
一流の詐欺師とは、抜きんでた頭脳とカリスマ性はもちろん、
創作能力に長けたコピーライターだろうと……。


この構図、どことなく……。
今どきのスピ商人 VS 被害者意識に似てますよね。


Kちゃんの集めたお金が、個人的な趣味の世界ではなく、
世のため、人のために使われるなら、
オバちゃんは今も、そばにいたかもしれません。



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