時間とはなんだ

 22, 2018 00:05
時空  時空のゆがみ



暑いですねぇ……。
ミニバイクで信号待ちとかしていると、脳が半熟になりそうです。
そこで、ついでといってはなんですが、
脳がショートしそうな記事、アップしてみます。

死んだら終わりだと信じて疑わない人。
スピリチュアルにまったく興味のない人が読んだら、
狂人の戯言に思えるでしょうが、まぁ、お付き合いください。(^_^ ;)

冒頭は、『時間』について質問したニール・ドナルドウォルシュに
神(高次の意識体)が答えたページからの抜粋です。




①時間というものはない。
 一年を⒓カ月に分けたり、年代や世紀を創り上げても、
 それらは空間の中の対象物の動きを計算する方法に過ぎない。
 それも、あなた方が空間と呼ぶ静止した場を
 回転しているだけだと解るだろう。

 アインシュタインは、時とは、
 頭脳で創りあげた相対的な概念に過ぎないと気づいていた。
 『時とは』物体と物体の間に存在する空間の関係なのだ。

 アインシュタインは、動いているのが『時』ではなく、
 一定率で場を移動している自分自身であるなら、
 時間を『変える』には、物と物の間の場を変更するか、
 移動する速度を変更すればいい、ということを理論化した。
 (一般相対理論)

 高速の推進力を得て宇宙旅行をしたら、
 離陸前の地球に戻ることさえできるし、
 宇宙船で10年過ごして地球に戻ったら、
 たった4歳しか歳をとってないかもしれない。
 さらにスピードが増せば、宇宙の10年が、
 地球の10分になることだろう。

 『空間』という布の『ひだ』に行き当たった場合、
 あなたは極小まで微小な『瞬間』に、『場』を突き抜ける。
 そのような時空現象によって、『時間』を逆行することができる。


②物理的な物質は速度によって制限されるが、
 非物質的なもの……思考や魂は、
 信じがたい速度で空間を移動できる。
 それが夢や体外離脱、超能力というものだ。
 これでデジャビュとはなにかわかるだろう。
 あなたは以前、その場にいたかもしれないということだ。

③あなたは過去、現在、未来に、終わりのない世界に、
 常に同時に存在している。
 あなたは聖なる存在で、
 同じ『時』に複数の経験をすることができる。
 自己というものを、自分で選んだだけの数の
 『自己』に分割することができる。
 あなたは『同じ生』を何度も繰り返して、
 別のやり方で生きることができる。
 さらに、時空の中で異なる『時』に、
 異なる『生』を生きることもできる。
 だから、いま、ここにいるあなたでありながら、
 他の『時』、他の『場』で、他の『自己』になることができるし、
 実際にそうしてきたんだよ。

④いま起こっていることを全て認識したら、
 人生という素晴らしいゲームは、難しくて続けられなくなる。
 そもそも解ってしまったら『ゲーム』は終わりだ。
 このプロセスは完成の途上にあるということが大事なのだ。
 この段階ではプロセスを完全に理解できないということも、
 そのために必要なのだ。
 だからプロセスを大切にして、あらゆる時を通じて、
 最も素晴らしい創造を行うツールとして活用しなさい。
 あなたの神聖な自己を実現するために。

      

このページ、10年以上読み続けています。
②③④は、体験として解っているのですが、
①だけは、脳で理解できないんです。


子供の成長に伴って、親は老化していく家族写真。
発掘などで見る土器や人骨、集落跡。
巨大大陸「パンゲア」が分かれ、現在の世界に。

それらの、いわゆる『歴史』=『時の流れ』に思われる全てが、
私たちが空間と呼ぶ、静止した場を回転しているだけだって?
それもアインシュタインが、時とは、
頭脳で創りあげた相対的な概念に過ぎない、って?(。・?_?・。)ムゥ…。

時間って……
未来へ向かって進んだり、過去に流れていくものじゃないんですねぇ。

!(・。・)そうだ!……苦肉の方法として、
こんな解釈、どうでしょう?

ある部屋の空間(静止した場)にフィルムがあったとします。
フィルムの一枚、一枚は静止画です。
その静止画を連続して映し続けると、動いているように見えます。
動いているので、時間の経過があるように思えます。
ですが、実際には静止画は動いていませんし、時間の経過もありません。
ただ、映写機をまわすスピードで、時間というものが発生するんですねぇ。
アインシュタイン説の……。
時間を『変える』には移動する速度を変更すればいい、の証明です。

動画の中では主人公の人生が展開していきますが、
フィルムの一コマ、一コマには、さまざまに動く主人公がいます。
フィルム全体を眺めると、それらのストーリーは同時に起きています。
主人公は、コマ単位で見ると多次元的(パラレルワード)に生き、
適度なスピードが加わることで、
ひとつの人生を生きているように見えるんですねぇ。

但し、これはフィルムのある部屋で、だけの現象です。
主人公は、他の部屋に行ったことがないんです。
他の部屋……すなわち四次元以上の部屋に。(^_^ ;)


時空とは、わたしたち住んでいる空間、宇宙そのもの。
それは物質の存在によって歪むそうで、
その歪みが重力の正体のようです。
重力(ゆがみ)があると、光さえ速度が遅くなるようです。
その理屈はつぎのようなもの……。

紙に、適当な直線を引き、その紙をグシャッとゆがめると、
「ゆがんだ空間での直線」になります。
見る角度によっては、それは明らかに「曲線」ですが、
その「紙上」と言う「空間」の中では、立派な「直線」。
ですが、最短距離である「直線」が「曲線」に変わるわけですから、
2点間の長さは、長くなってしまいます。
空間のゆがみが激しい(重力大)ところでは、
移動する時間が長くなるので、その分、時間が遅くなります。
ってことは、絶対速度だった光の速度(真空中 秒速30万㎞)も、
ゆがみ(ひだ)があれば速度(時間)が変わるんですねぇ。 
これ……読んでも、書いても(。・?_?・。)ムゥ…なんですが。

時間とはなにか……。
地球人が、都合で定めている時間、本当は、ないんですねぇ。
問題は、その『本当は……』ってのが、相対性の世界観らしいです。

まっ、UFO見る人も増えてますし、火星移住の計画もありますし、
3重構造の遺伝子を持つスーパー人類も生まれているのですから、
たまには『時間とはなにか』に焦点をあててみましょう。
宇宙への想像力を働かせましょう。
イライラ、クヨクヨなんて、吹き飛びますよ!(*^▽^*)

お時間の許す方にお勧めです。⇩
時間とは何か?『多元宇宙論』    時間とは何か



人生には二通りの道しかない。
奇跡などまったく存在しないかのように生きること。
もうひとつは、すべてが奇跡のように生きること。    
            アインシュタイン





今さらの『ロバート・フルガム』

 12, 2018 00:05
ロバート・フルガム


エッセイストとして敬愛してやまないロバート・フルガム氏。
そのデビュー作『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』を
ご存知でしょうか?

30年ほど前に読んだとき、衝撃でした。
それまではいわゆる文学……言葉を巧みに用いて世界を創りあげ、
様々な人間の生き様を列ねた長編ものを好んでいましたが、
フルガム氏の作品で『エッセイ』の爽快さを知りました。

内容はドラマチックでもなんでもない、
誰にでもある平凡な日常を書いているのですが、
フルガム氏に語らせると、珠玉の人生訓として輝きます。
多くの人が生き方を求めて哲学書なんかを読み漁っているのに、
それは全て“幼稚園で学んだ”なんて……。(*´~`*)。o○
この意表を突いたパラドックス感覚、たまりませんよねぇ。


この本、こんな言葉から始まります。

人間、どう生きるか、どのようにふるまい、
どんな気持ちで日々を送ればいいか、
本当に知っていなくてはならないことを、
わたしは全部残らず幼稚園で教わった。

人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、
日曜学校の砂場に埋まっていたのである。
わたしはそこで何を学んだろうか。

●何でもみんなで分け合うこと。
●ずるをしないこと。人をぶたないこと。
●使ったものはかならずもとのところに戻すこと。
●ちらかしたら自分で後片付けをすること。
●人のものに手を出さないこと。
●誰かを傷つけたら、ごめんなさい、と言うこと。
●食事の前には手を洗うこと。
●トイレに行ったらちゃんと水を流すこと。
●焼きたてのクッキーと冷たいミルクは体にいい。
●つりあいの取れた生活をすること……毎日、少し勉強し、少し考え、
 少し絵を描き、歌い、踊り、遊び、そして少し働くこと。
●毎日かならず昼寝をすること。
●おもてに出るときは車に気をつけ、手をつないで、
 はなればなれにならないようにすること。
●不思議だな、と思う気持ちを大切にすること。


どうでしょう?
幼稚な言い回しですが、ストレートに心に響くでしょう?
難しい熟語を羅列して問題を煙に巻く政治家とかに、
特に読んでもらいたいものです。(^_^ ;)

フルガム氏は1937年生まれ。
作家であり哲学者ですが、カウボーイ、フォーク・シンガー、
IBMのセールスマン、画家、牧師、バーテンダー、画塾の教師など
様々な職業を体験し、その間に父親の責任も果たしました。
『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』の初版は、
全米で400万部を超えるロングセラーとなり、
日本でも大ベストセラーとなりました。


さて、今さらなぜロバート・フルガムを引き合いに出すのか。
その理由をお話ししましょう。

実は私、知性や教養ともども語彙力に乏しいので、
難しい言葉の羅列に弱いんです。
単刀直入に言えば、理屈屋とロシア文学が嫌いなんです。
ロシア文学……なんのこっちゃ、って思うでしょう?
まぁ、聞いて下さい。

ドフトエフスキーの『罪と罰』ご存じですよね。
頭脳明晰な青年が、深層心理に埋没して自問自答を繰り返します。
鬱病になるか、発狂か、みたいな心の葛藤が延々と続くんですが、
その表現の難解でしつこいこと。
同じ状態に対して語彙力を駆使して繰り返す、みたいな……。
読む側も胃が痛く、脳がチョウチョ結びになるような作品でした。

トルストイの『戦争と平和』もしかり。
読み進めば、なぜこうも長編なのかが判ります。
歴史的背景はともかく、主人公の存在が際立つのではなく、
ストーリーの展開には関係なさそうな登場人物たちの、
とりとめのない議論が延々と続くんです。
物語りの構想としては『風と共に去りぬ』に似ていますが、
議論好きなロシア人が書くと、無駄に長編になってるような……(^_^ ;)

物語はもとより、解説書や評論も解りやすいものがいいですよね。
子供の頃、解りやすい授業をしてくれる先生が好きだったでしょう?
子供の“やる気スイッチ”って案外、単純なんですよねぇ。
大人だって同じだと思うんです。
知識も技術も、理解できれば好きになれる。
好きになれば、さらに向上心が湧く。
『好きこそものの上手なり…』です。よね。

ああ、それなのに、難解な書物に挑んだ専門学校時代。
私には、なんとも歯がゆく、虚しい経験があります。

通っていた専門学校‥‥。
学校名が『〇〇東洋医学院』ですから、鍼灸科でも
東洋医学の基礎理論くらいはやるだろうと思っていたんです。
ところが授業内容は西洋医学の各教科がメインでした。
『東洋医学概論』という教科書はありましたが、
『国試には出ない』みたいな理由で、熱心に取り組む教師は皆無。
それを教えられる教師もいないし、時間もなかったんです。

それでも『弁証論治』だけは必死に独学しました。
『スポーツ鍼灸』なら筋肉と神経の関係で事足りますが、
内臓疾患を診るなら必須だと思っていたんです。
で……。
“易しい解説”なんて帯のついた『素問』『霊枢』を買って
2500年前の医学書(中国の春秋戦国時代、紀元前770~221年の書物)に、
なんどトライたことか。(2500年前…日本で弥生式文化が始まった頃)


ですが、結果的にはギブアップしました。

中医学の『弁証論治』はオーダーメイド医学と言われますが、
肝心な概念の根幹が、どうしても納得できなかったんです。
それは古代中国の宇宙観や世界観に陰陽、五行説を加えた概念なんですが、
源を遡ると“亀の甲羅の文様が…”なんて占いのツールを採用しているし、
臓器も季節も食べ物も、全て自然界の要素『木火土金水』に当てはめるんです。
パズルクイズじゃあるまいし、どうにも受け入れられなかったんです。

しかも中医学の基本は、
①湯液(漢方) ②薬膳 ➂鍼灸 ④気功 の四本柱。
鍼灸は、その一部に過ぎません。
『証(治療方針)を立てた』として、
鍼灸施術だけで完結できるものではないんです。
さらにショックな現実が……。
臨床経験の豊かな中医師が10人いたとして、
『鑑別診断』は医師ごとに違う10の診断が出るんです。
(統一されたマニュアルがない)

そのことを知った日の、私の反応です。

『はぁ?‥(。・?_?・。)……
だとしたら、患者さんの病気はどうなるんです?』

すると中国に10年、留学経験のある先生が答えました。

『それがね、不思議なことに、どの患者さんも結果がいいんですよ。
やはり、キャリアの集積ってことでしょうかねぇ……』

『……ですが先生。気功に10数年、脈診に10数年、
メインの鍼灸技術の他に湯液(漢方)まで習得すると、
私なんかは、開業する前に婆ちゃんになって
死んでしまいますやんかぁ……。』

授業内容が不満で、放課後に行われる彼の
『気功』と『脈診』ゼミを受講していたことから、
オバちゃん学生の心境を吐露してしまいました。
実は、その肩書の立派な先生にも疑問を感じていたんです。

以下、そのときの心の声です。

“本場で学んだのに開業もせずに、
なんだって講師なんかやってんだろう?
保険の効かない鍼灸施術。
確かに、患者の定着までに最低3年はかかる。
けど、食べていけないからって講師やってたら、
いつまで経っても肝心な臨床経験ないままじゃん。
ペーパードライバーやってどうする?
運転せな!…運転!
その上で教えてくれるなら、
お金払っても値打ちあるんだろうけど‥‥”


そんなことから『弁証論治』は手放し、
臓器の病に関しては、中医学の『四診』に力を注ぎました。
(スポーツ鍼灸は単純なので悩むことはなし)

①望診…精神状態、顔色、体型、動作、体表各部位の状態
    分泌物、排泄物など。
②問診…生活習慣、環境、自覚症状と変化の状況を尋ねる。
③聞診…言語、呼吸、声など聞き、体臭を嗅ぐ。
④切診…脈をとり、体表に触れて温度、乾潤、痛みなどを観察。

これを基に五臓六腑のどこに原因があるかを探り、
取穴を定めて施術するわけです。

ただし!(・。・)  ここで初めて告白……。

表向きは鍼灸師ですが、この方法は
『ア―ユルべーダー医学』を併用しています。
実は鍼灸専門学校に行く前から、それを研究していたんです。
ただ、日本では国家資格になっていないので、
仕方なく鍼灸科を専攻したというわけだったんです。

ついでに、そもそもの話……。
東洋医学とは、東洋発祥の医療体系のことで、
中国系、インド系、アラブ系などを含みます。

中でもインド発の『ア―ユルべーダー』は中医学より古く、
5000年以上の歴史を持つ世界最古の伝統医学です。
私はもともと、その核となる概念が好きでした。

この世界は、永遠で無限のたった一つの真実しか実在しない。
その真実とは何か?
私たちが体験している世界はどのようにしてできているのか。


どうでしょう?
現代に通じる進んだ概念ですよねぇ。
『ア―ユルべーダー医学』は、それを学ぶことが治療の基本。
それでいて内科、小児科、精神科、耳鼻咽喉科・眼科、外科を有し、
ヨガを併用することで、病んだ人々を物質的、感情的、道徳的、
精神的な熟達へと導くんです。


で……私のやり方の続きです。

ツールは鍼灸ですが、理念はアーユルべーダー式を採用。
中医学はアーユルべーダーから枝分かれ、独自解釈に至った医学で、
アーユルべーダーにも鍼治療があると知っていたんです。(^_^ ;)

白目が青みがかり、顔色が黒ずんでいる場合は肝機能を疑い、
背中の肺の位置に産毛が集中していたり、色素沈着があれば、
肺の病対策の取穴をとったりします。
中でも切診(触診)は重要です。
たとえば下腹部全体にゴロゴロした異物発見したとします。
ふつう、腫瘍?‥とか思いますが、話を聞くと便秘がひどく、
毎回コーラックを20錠飲むとか‥‥オイオイ(◎ー◎;)
もちろん、念のために病院での検査を勧めましたが、
予想通り、薬の飲み過ぎで大腸壁が委縮していたんです。

このように望診を繰り返すうちに、なぜか自らの『感度』が上がります。
理由は判りませんが、患者さんが来る前に胃が痛くなったり、
下痢したり、足が痛くなったりするんです。
(これ、はっきり言って迷惑なんですが……)
『胃の調子、悪いの?』
『ひょっとして足、痛いの?』
『えっ?‥なんで判るんですかぁ』みたいな会話に。(^_^ ;)


長~い話でしたが、難解な書物はいけません。
読書意欲が萎えるロシア文学さながら、
理屈理論に囚われ過ぎると、第六感や七感が鈍ると思うんです。
とくに歴史とか威厳に囚われ、必要以上に複雑化させた
中医学の概念は実用的ではないと思います。

ブログなどを見て回ると、
いかにも解ったように講釈する自称『中医師』多いですが、
『証立て』できたとしても湯液、薬膳、鍼灸、気功の
四本柱で患者さんを指導することは不可能だと思います。
漢方処方は医師の許可が必要ですし、
患者さん一人に数時間もかけれませんから。

その辺りをクリアできるのは、やはり大学病院。
資金の豊富さと研究機関としての恩恵にあずかれます。
とくに東北大学の漢方内科は漢方薬と鍼灸の併用治療を行っていますし、
先進漢方治療医学にも力を入れています。


一介の自己流施術家として、今思うこと……。

知識は大切ですが、なによりも大切なのは、
多くの患者さんに接して、状態を体感することだと思います。

体感は、“五感”を使います。

(*′☉.̫☉)おっと!…“五感”は人間の感覚の総称で、
実際には平衡感覚、温覚、冷覚、振動感覚、痛覚などがあり、
さらに同じ感覚でも質の違い(quality)があります。
哲学者バリー・スミスは、五感以外の感覚は22〜33種類ほどあると言います。
インスピレーション、勘、直感、霊感、超感覚的知覚(ESP)などを入れれば、
それ以上かも? と、私も思っています。

で……体感の凄さは、その延長線に必ず、
第六感や、第七感の扉が開くことにあります。

樹木医や仏師が、『樹の声を聞いて……』とか、
モーツアルトが、『音楽が降りてきて……』とか、
神がかったように見える域に達すること、あるでしょう?
それらは“体感の繰り返し”でしか得られない感覚で、
私はそんな……思考を越えた感覚が好きだし、
その現象だと信じられるタイプなんです。(^_^ ;)


ロバート・フルガム氏の『ほっこりエッセイ』も同じ。
人間、どう生きるか?
本当の知恵とは何だろうか?
ロバート・フルガムは、幼稚園の砂場で学んだことを思い出し、
世に解りやすく発信しました。

この本は、私たちの暮しぶりにも被ると思います。
とにかくTVのコマーシャルが氾濫している上に、
美と健康に関する番組の多いこと。
情報にふりまわされて、次から次へと手を変え品を変え。
スーパー食材の特番オンパレードですよね。

ですが健康を維持するための知恵は、足元に転がっています。
無農薬、無添加の食材、山野の植物、適度な運動、睡眠、笑い。
それらはは大昔からの暮しの知恵。
婆ちゃんたちの会話の中で、爺ちゃんたちの野良仕事の中で、
朝ドラやホームドラマの中で、とっくに学んでいるんですねぇ。



子育て中のお母さんにお勧めはこちら。
加藤諦三 著 『アメリカインディアンの教え
初版は平成2年……30年近く経ちますが、
現在でも、これ以上の知恵はないように思います。


批判ばかり受けて育った子は非難ばかりします

敵意にみちた中で育った子はだれとでも戦います

ひやかしを受けて育った子ははにかみ屋になります

ねたみを受けて育った子は、
いつも悪いことをしているような気持ちになります 

心が寛大な人の中で育った子はがまん強くなります

はげましを受けて育った子は自信を持ちます

ほめられる中で育った子はいつも感謝することを知ります

公明正大な中で育った子は正義心を持ちます

思いやりのある中で育った子は信仰心を持ちます

人に認めてもらえる中で育った子は自分を大事にします

仲間の愛の中で育った子は世界に愛をみつけます


「アメリカ・インディアンの教え」
加藤諦三 著 ニッポン放送出版 より引用


歩いて地球1.3周

 02, 2018 07:15
ウォーキング



一日10,000歩、距離にして6~7㎞歩いて25年が経ちました。

そのきっかけは過去記事『きっかけ』に。きっかけ

大雨や台風の日は休みますし、
転居したりすると一カ月ほど休んだりもしますが、
最近、歩いた総距離を集計してみました。

ざっくりですが……。
7㎞/日 × 25日/月 × 12ヶ月 × 25年
ってことで、現時点で『地球1,3周』歩いていました。
我ながら(((ʘ ʘ;)))どひゃあ!……です。
ふつうのオバちゃんでこれですから、
マラソンランナーや競歩などのアスリートなら地球6~7周なんてザラ。

!(・。・)b そうそう、さらにスゴイ人がいます。
日本百名山すべての頂を登り、その間一切の交通機関を使わず、
自分の脚とカヤックだけでつなぐ壮大なプロジェクト『日本三百名山一筆書き』。
それにトライ中の田中陽希さんだと、この番組だけですでに地球0,6周。
シリーズ単位の累積標高差10万m……(((ʘ ʘ;))) まさに鉄人。
彼の人間性が好きで、初回から応援しているんです。(^_^ ;)


ウォーキングはいつでも、どこでも、誰にでも出来ます。
普段使いのスニーカーさえあれば、お金もかかりません。
通勤時代は地下鉄の5駅ぶんを歩き、急行に乗り換えて勤務地に。
休日は長距離ウォーク、あるいは登山を楽しみました。


ちなみに、ウォーキングの効果は下記にのようなもの。

●血液循環 ↑ 
●自律神経のバランスが整う
●肥満防止(脂肪燃焼↑)
●生活習慣病の予防
●脳の活性化(有酸素)
●心肺機能の向上
●筋力の低下予防
●体内時計のリセット
●やすらぎ物質(セロトニン↑)の活性化
●「うつ病」「認知症」「骨粗しょう症」予防
●気分のリフレッシュ

末期ガンを宣告された男性が四国遍路の旅に出て、
帰ったときには癌が消滅…な~んて話も、たまに聞きます。
血液循環、脳内ホルモン活性、気分爽快になることで、
自律神経系、内分泌系、免疫系がパワーアップしたんでしょうね。


確かに、ウォーキングは心身に良いと体感しています。
歩かない日が3日も続くと、気分がもやもやしますし、
寝つきも悪いような気がします。
私にとって歩くことは、洗顔や歯磨き同様、
日常的な習慣になってしまいました。

とはいえ最近、歩幅の縮小が顕著です。
同じ距離を歩いているのに、
数年前に比べて歩数が1000歩ほど増えたし、
時間も余計にかかるようになってきたんです。
これ、老化以外のなにものでもないと、つくづく思います。(´-﹏-`;)

しかも10000歩は股関節に堪えるようになったので、
一日の歩数を7000~8000歩に減らしました。
(そのぶん、ストレッチを念入りに……)
それでも足の疲労感が残っている日は休んだりして、
忍び寄る老化を、素直に受け入れるようになりました。(^_^ ;)


!(・。・)b そうそう、最近、こんな本出てるようです。
『病気の9割は歩くだけで治る』
病気の9割は歩くだけで治る
過去記事『平穏死』で紹介した長尾医師の新刊です。

ウォーキングや、瞑想は、アメリカ企業などでも大流行。
日本人でも、こんな人、いるんですって。
あっぱれ!!  ランチタイムを有効に



ゴミが欲しい!

 25, 2018 00:05
海 ① ゴミ汚染



燃えようが燃えまいが、
とにかくゴミを欲しがっている国があります。

それは100年以上も前からゴミ問題に取り組んできた国。
北欧のスェーデンなんですねぇ。
そのスウェーデンが目指すのは、ゼロ・ウェイスト。
すなわち、ゴミがまったく存在しない世界だそうです。


年間200万t以上の家庭ゴミが出るスウェーデンですが、
埋め立て処理されるのは、たった1%。
99%のうちの半分はリサイクル。
リサイクル商品専門の巨大スーパーがあって、
新品なのに、あらゆるものが市場価格の半額で買えるようです。

残り半分のゴミは焼却され、電力に転換されています。
その電力で25万世帯もの電力をまかなっているのですが、
家庭内から出るゴミの量では足りなくて、ノルウェー、イギリス、
アイルランド、イタリアなどから1tあたり約8千円もらって
ゴミを輸入しているというわけです。

その量たるや年間約80万t。
満員状態のジャンボジェット機が約350tとして
なんと(((ʘ ʘ))2,285機分なんですって!
この国では再生可能エネルギーの割合が57%。(日本は12.2%)
2040年まで100%にすることを目指しているそうです。

基本、スウェーデン人って熱心なアウトドア派が多く、
環境問題や、自然を守ろうとする意識が高いようです。
そのために自分たちが何をすべきか、よく理解しているんですねぇ。
しつこいですが、100年も前からゴミ問題に取り組んでいたって、
その意識こそが先進国ですよねぇ。

そうそう、スウェーデンって税金が高いってご存じですよね。
例えば消費税。日本では現在8%ですがスウェーデンでは25%!

ですが消費税に関しては軽減税率制が採用されていて、
食料品や衣類などを含む日用品、レストランやホテルなど、
主に日常生活で頻繁に利用するものに対しては12%の税金。
本や映画、スポーツや新聞など、文化的価値のあるものは6%。
公共交通機関の利用は6%などと税金が軽減されています。
よく考えられてますよねぇ。

スェーデンはまた、社会福祉の先進国として有名です。
子供が16歳になるまでは金銭的援助を受けられ、
子供1人あたり480日間の育児休暇も与えられ、
出産費用や20歳までにかかる医療費、大学までの学費も無料。
ベビーカー利用の母親はバス無料。
疾病や障害をもつ子供には別途手当が支給されるなど、
税金が高くても安心して暮らせるシステムなんですねぇ。

所得税も高いイメージですが、平均的なスウェーデン人が
直接税として支払う税金は収入の27%を下回ってるんですって。

この国では地方分権が確立されていて、
所得税は基本、自分の住む自治体へ納めるのですが……。
(自治体によって数%税率が前後)
日本でいう都道府県税が平均約10%、市町村税が20%程度。
もちろん自治体によって数%税率が前後し、
収入によって納める税率も異なるようです。
一例として、小学校教諭の給与が339,600円~407,520円。
所得税引かれて250.000円~300.000円。
日本より少し高い給与って感じですが、
年金・社会保険料といった天引き項目、ないんですねぇ。
ちなみに相続税も廃止されたそうです。
もともと相続税が税収全体に占める割合が低く(贈与税と合わせて全体の0・2%)、
富裕層が税金逃れ手段として海外に出ると、
逆に税収全体が落ち込むという合理的な考え方の結果らしいです。


合理的と言えば……。
ストックホルム郊外にある『森の墓地』ご存じでしょうか。
私、何度かテレビで見たのですが、こんな感じです。
森の墓②
丘陵地帯の森に溶け込んだスェーデン最大の共同墓地。
世界遺産になっているんですねぇ。

遺骨は灰になるまで焼かれ、墓の管理人が林に撒きます。
どこに灰が撒かれたかわからないように、家族は散骨に立ち会うことはできません。
先祖を崇拝する日本の価値観とは異なり、
死んだら終わりという価値観が根底にあるのでしょうね。

もっとも、最近では日本でも樹木葬や散骨、共同墓地が増えました。
葬儀費用や墓石費が莫大、墓守ができない、そんな理由もあるでしょうが、
なんと言っても、日本人の死生観自体、変わったような気がしません?

SF映画やテレビで、臨死体験やパラレルワードなどに慣れ親しみ、
“千の風になって”のヒットで完結って感じでしょうか。

♪千の風になって……、
♪きらめく星になって……、
♪鳥になって……、
♪星になって……、

この歌詞のとおり、死者の魂は、そこで眠ってなんかいない。
森羅万象に姿を変えて、私たちを見守っていると、
み~んなが信じるようになったもかも、ですね。(^_^ ;)


それはそうと、スウェーデンの政治って面白いです。
議員の大部分が、政治家とは別に本業を持つ兼業議員なんですって!

彼らは議員職を通じて、歳費をもらっているわけではなく、
会議に出席した時間に応じて時間給をもらっているらしく、
本職は会社員、医師、看護師、大学教員、農家など様々で、
いわばパートタイムの政治家らしいんです。

議会は月に一度。
議員たちが本業の仕事を終えた17時頃から開かれるようです。
(働き方も先進国で残業なんてあり得ないようです)
これ、スゴイことですよねぇ。
“自分たちで行政のルールを決める”わけですから、
向上心はもとより、公平さや合理性など、志の高さがないと続きません。
どこかの国のように、カラ出張や、架空伝票で政治活動費を横領する
ダメ議員が皆無であることは言うまでもなさそうです。


余談ですが、今、スェーデンは難民問題で苦慮しているようです。
この国は世界第3位の難民受け入れ国で、すでに19万人を受け入れ、
なおも増え続ける難民に資金が追い付かない。
難民対応に必要な予算が、2016年には約70億ドル、
2017年には約86億ドル(((ʘ ʘ))……らしいです。

行政は、日本でいう県や市町村単位の自治。
ということは、良くも悪くも住民の意見が大きく反映されます。
そんな政治システムでありながら、
話し合いによって難民を受け入れた、って素晴らしいですねぇ!

それに比べて、トランプ大統領の『アメリカファースト主義』。
オバマ政策をことごとく否定する思考回路のどこかに、
偏見を感じるのは私だけでしょうか?
ですが反面、トランプばかりを批判はできません。
北の“駄々っ子”に対峙できるのは、
支離滅裂論、朝令暮改、自画自賛タイプの
“似た者”にしかできないでしょうから。

(゚◇゚;) ゲッ……。
政治はNGって決めてたのに、舌が滑っちまった! (^_^ ;)


拉致問題は日本人の悲願ですが、
朝鮮戦争による南北の離散家族は、1000万人だそうです。
韓国人から見たら、戦争による離別も拉致も、一括りなんでしょうね。

世界には理不尽極まりない、ムチャクチャなことが起きています。
アフガニスタン、ソマリア、イラク、シリア、スーダンなど、
世界レベルの難民は、今や6530万人(推計)。
あれも、これも、それも、なんともかんとも……O(;_;)o


自分の持っている道具が「カナヅチ」しかないと
すべての問題が「クギ」に見えてしまうものである。
     
                    アブラハム・ハロルド・マズロー
                      人間の欲求の階層「自己実現理論」が有名

恐妻でしょうか?

 15, 2018 00:05
連れ合い 002 猫「ふん」jpg
         晴れ                    ときどき曇り



わたし、再婚して18年になるんですが、
過去に一度だけ、喧嘩らしい『喧嘩』をしました。
今日は、その話……笑ってやって下さい。



過疎の村で送迎付きの鍼灸院やってた頃、
連れ合いに施術室の棚造りを頼みました。
ですが、いつまで経っても腰を挙げません。
その日も施術に追われ、終ると同時に夕食の準備でバタバタ。
連れ合いのNは、テレビを見てくつろいでいました。

『Nちゃん、ご飯、あと1時間はかかるし、
今の間に棚造り、やってくれへん?』

三度目の催促でした。

『いいけど……ほな、板や大工道具の用意せぇや!』

連れ合いが、またしても命令口調で言いました。

またしても、というのは、私がどんなに忙しくても、
彼が何かをするとき、準備と後片付けを私に強要するんです。
大手ゼネコン勤務が長く、部下や下請け業者相手に
指揮命令を下してきた習慣だと、解ってはいました。
ですが、その日の私は施術に忙殺されて疲労困憊。
機嫌が悪かったんです。

しばらく沈黙したのち、Nの至近距離に移動して言いました。

『あのさぁ、Nちゃん……。
何かをするって、準備と後片付けはつきものやんね。
それ、作業全体の60%ほどの労力と時間を費やするもんやんね。
それを私にさせて、メインの造作だけするんだったら何もせんでいい。
いちいちご機嫌伺って、優しく誘導するのも疲れたわ。

主婦のご飯作りだってそう。
食べるのは、ものの15分。
準備と後片付けに2時間はかかるんよ。
男の人って、テーブルに着席したら、
自動的にご飯が出てくると思ってんのやろうけど、
それなりの準備と片付けがセットなんよ。
しかも主婦業には定年退職なんてない。
よほどの大病でもしない限り、死ぬまでやわなぁ。

Nちゃん、なんか勘違いしてへん?
写真の大家かなんかで、助手、使ってんのとは違うんよ。
ましてゼネコンの小川出張所でもない。
偉そうに! いつだって命令口調で‥‥。
わたし、Nちゃんの部下でも事務員でもない。
ましてNちゃんの元嫁のように、
専業主婦やってるわけじゃないんよ……。』

と、まぁ、10歳も年上の連れ合いに、
本気で説教したわけです。
不平不満とかじゃなく、『説教』です、説教!(^_^ ;)

Nは、日頃から後片付けのできない性質でした。
服は脱ぎっぱなし、引き出しから物を出したら開いたまま。
日に何度も、なんであろうが元に戻すことができません。
結果、いつまで経っても収納場所が判らずに、
あれは何処や、これは何処やと命令口調で、
嫁に持ってこさせるという悪循環の日々だったんです。
何十年もの間、会社では部下や事務員が、
自宅では専業主婦の元嫁が、
黙ってフォローし続けていたことは明らかでした。

わたし、けっこう忍耐力あるし、5年、我慢しました。
ですが共に暮らすからには(自分のために)、
伴侶の性分を矯正する必要に迫られていたわけです。


連れ合いは無言で、スゴスゴと動き始めました。(^_^ ;)

してやったり( ˘ ³˘)……とは思いましたが、後味は悪かったです。
ですが、優しい口調の時期は過ぎていましたし、
こんな単純なことで壊れる関係なら、それも良かろうと腹をくくっていました。
結果を恐れずに腹をくくる(バカヤロウ!の心)……。
人生に何度か、そんなことありません?


1時間半後……。
施術室を覗いて『ごはんよぉ!』と明るく声をかけました。
この切り替えこそが大事。
これはNから学んだ態度、というか知恵でした。
多少ギクシャクしても、Nは決して感情の根を引きずらず、
何事もなかったかのようにコミュニけーションをとる
好ましい性格の持ち主でもあったんです。(^_^ ;)


すでに棚は、完成しかかっていました。
腕が良く軍のお抱え大工だった“カエルの子”の作業。
その出来栄えは大したものでした。

『ひゃあ、さすがNちゃん! 
角の面取りまでして、大したもんやなぁ!』

ちょっと大げさに褒めて、ディナータイムにしました。
で、この際と思って、間髪入れずに言いました。

『ところでさあ、その腕見込んで頼みがあんねん。
寒くなるまでに25畳の部屋、暖房効率悪いし、
壁とドアで仕切って二部屋にしてくれない?
一部屋は施術室。もうひとつはNちゃんの書斎とか。
あと、寝室と居間の仕切りも、ふすま外してドア付きの壁にして。
Nちゃんは遅くまでテレビ見るし、
正直、音が漏れて寝られへん。我慢するのも苦痛やねん』


白馬村の大工(知人)に頼んで材料を分けてもらい、
施術時間を避け、夜なべ仕事で1か月。
(燐家と距離を隔てた田舎なので可能)
プロ並みに見事に改装ができました。(費用20万)
もちろん、この時ばかりは誉めそやしましたよ。

『大工でもないのに……現場で下請けの作業みているだけで、
こんなふう完成させるやなんて、ほんまに天才的やなぁ。
ゼネコンとか勤めずに、自営の大工やっても良かったかもね。
ほんま、お世辞抜きで上手いと思うわ!
嬉しいわぁ!“お抱え大工”と暮らしてるような気分』

達成感はもとより、誉め言葉が嬉しかったのでしょう。
連れ合いは満面の笑みを浮かべました。



夫婦は、我慢も必要ですが、主張も必要だと思います。

最初の結婚では我慢し過ぎて(13年)大爆発しましたもんねぇ。
相手を殺しかねないほど完璧に、理路整然と理由を羅列。
冷静沈着だけに反って言葉の威力は凄まじく、
相手は愚の根も出せないまま、泣かせてしまいました。
文句でも言おうものなら、即、顔面蒼白。
怒りを、その辺の物にぶつけて壊す厄介な性質で、
依存心とプライドだけは高い男でしたが……。

その経験から学んだんです。
たとえ暴力を振るわれようと小規模にでも怒っていたら、
大爆発することはなかったのでは?
自分の場合も、ひょっとしたら我慢ではなく、
自らのプライド故に、怒れなかったのでは?
しかも、逃げ場がないほど追い詰めるって最悪かも……なんてね。(^_^ ;)


現在の私たち……。
私が19歳、Nが29歳のときからの知り合いでした。
勤めていたショッピングセンターは大手ゼネコンの施工で、
その責任者だったNとは定期メンテナンスや、
改装のたびに顔を合わせていたんです。
大規模改装で工事中の壁に壁画を(横幅20m高さ4m)、
店内の至る所に工事中の『お詫びPOP』を頼まれたりして、
ある意味、仕事仲間みたいに気心は知れていました。
安全管理や防災担当の同期の男子と共に、
私たち3人はよく行動していました。
元夫(結果的に)の経営するコーヒーショップで、
打ち合わせしたりして‥‥。(^_^ ;)

!(・。・)……そうそう、面白いエピソードが。

元夫と離婚したとも知らずに、Nは数年ぶりに
コーヒーショップに立ち寄ったそうです。
そこに私がいなくて、見知らぬ女性が‥‥。
すると元夫、慌ててN を店の裏に誘って、
『実は、別れてん……アレ、今の嫁で‥‥』

それから5年後、Nと電車でバッタリ再会。
詳細は過去記事『性と霊魂の旅』に。
http://max111873.blog.fc2.com/blog-entry-158.html

で……その続きです。

電車から降りるなり、友人が言いました。

『風ちゃん、あん人、なんね?』

『なんでもないよ。長年の知人ってだけ』

『なんの、知人じゃなか!あん人、私を突き飛ばしたとですよ。
あの勢いは、知人じゃなか。絶対に!
想い人にやっと逢えた感、ムンムン‥‥』

『∵ゞ(´ε`●) ブハッ!! ……いやいや、知人だって。
兄のように慕ってはいたけど、男女とかじゃないよ。
仕事仲間で、結婚後も10年ほど店の常連さんだった、ってだけ。』

そうは言ったものの、内心、ドキドキでした。
Nと再会した瞬間、ある種の“直観”が伴なっていましたし、
友人は、私の想念をパーフェクトに受信するタイプだったんです。

鹿児島の友人は特別な人でした。
『神秘体験』のきっかけをつくってくれた元顧客で、
私とはなぜか、テレパシーが通じ合いました。
その詳細は過去記事に → 神秘体験
(後に目指す道が変わり、その現象は消えましたが……)


この特別な友人との関りは、過去記事の
『ただ起きることがおきるって?』にも。
今思えば、唯一無二の“ソウルメイト”だったのかも……。
http://max111873.blog.fc2.com/blog-entry-96.html


自叙伝である過去記事『性と霊魂の旅』のプロセスを経て
Nと再婚したのですが……結婚とは残酷なもの。
恋心や敬愛、遠慮や羞恥などの“飾り気”が剥がれ、
互いの全てが赤裸々になったときからが、
本当の意味での『スタート』なんですねぇ。


それでも12年の田舎暮らしを経て大阪に転居した日、
連れ合いが言いました。

『さて、奥様! なにからしましょう? 
風ちゃんが思う優先順位、指示してや。』

『(((ʘ ʘ))‥指示? へぇ!
ほな、遠慮なく言わせてもらいます。
アレして、コレして、その後はソレ、ネ!』


爆弾落として13年。
連れ合いは、今も後片付けができない性分ですが、
かなり改善はされました。
10回中6回くらいは自分で気づき、
あとの4回は黙ってフォローしておきます。
もっとも性分に関係なく、健忘期に入っていますが……(^_^ ;)

!(・。・)そうそう! 激変したことがひとつ。
あの日以来、偉そうに指図命令する癖は完全に消失。
全ての決定権を、わたしに委ねます。
ですがこれ、ありがたいようで、迷惑なことも多いです。
物件購入の決断から車のチョイスまで、
決断する者は常に、その判断の責任を背負うわけですから。

よ~く考えると、連れ合いは覚者かもしれません。
『風ちゃん天下で負けるが勝ち!』……なんてね。(*^▽^*) 



夫婦間の愛情というものは、
お互いがすっかり鼻についてから、
やっと湧き出してくるものなのです。

     オスカー・ワイルド(詩人、作家、劇作家)

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